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一般公開

#コーディネーターの立場から

第10回 コーディネーターからみた信託の現場 ~遠方のコーディネーター仲間との連携の中で~

一般公開期間:2025年10月1日 ~ 12月31日

※当記事は2025年10月の内容です。

 ご相談が親子でそれぞれご遠方に住んでいる場合、現地の家族信託コーディネーターと連携をとることがあります。今回はそんなケースでの一例をご紹介します。

母の老後を心配する実の娘さん

「一人で暮らす80代の母を、これから近くで支えていきたいです」

 保険会社の担当さんが、このお客様を連れてきて下さったのは、月に一度の相続個別相談会の席でした。
 もともとは、ご主人が経営する会社の事業承継について聞きたいということでいらっしゃったのですが、私からのヒアリングの中でご家族全体の詳しいお話を深掘りしていくうちに、会社の事業承継以上に離れて暮らすお母様の相続対策が心配になってきました。

 ご相談者は60代の女性で福岡に暮らしています。小学生の頃、ご両親が離婚されて その後父方の祖父母に育てられたという家庭環境でした。
 当時の離婚理由はわからないものの、年に一度大阪から必ず会いに来てくれる母親との関係は良好で、現在に至るまでずっと続いてきているそうです。
 しかし、そんなお母様も82歳。 できれば九州に呼び寄せて、これまでできなかった親孝行のつもりで介護をしてあげたい、というのが娘さんであるご相談者のお気持ちでした。
 そんな中で、介護施設を一緒に探していくお手伝いや、認知症対策のフォローもご提案したところ、「家族信託」に一番関心を持たれました。
「自分でこの先お金の管理ができなくなったら、ケアマネさんに通帳を預けると言っていたのが心配です。母に一度家族信託の話をしてきます」と大阪へ説明に行かれました。

 親子の話で、お母様も「家族信託を使いたい」ということになり、専門家からあらためて詳しい話を聞かせてほしいというご依頼が来た為、私の所属する繋ぐ相続サロン®の現地のコーディネーターが、私に代わってご自宅へご説明に伺いました。
本来でしたら、
・福岡から:ご相談者である娘さん&私
・大阪から:お母様&現地のコーディネーター
の4者でオンラインにてご説明の時間(親子会議)を取らせていただくのが通常なのですが、今回はどういう訳かお母様が、
「大阪のコーディネーターさんが一人で説明に来て下されば十分です」
と、4人での打合せを受け入れて下さらず、ここは大阪の家族信託コーディネーター仲間に任せることにしました。

 これまでの経緯の情報共有は了承いただき、私が聞き取ったご家族の詳しい状況を引き継いで、現地のコーディネーター仲間がお母様のご自宅を訪問した日の晩、早速結果の連絡がきました。

「後見制度との違い等も理解いただいた上で、お母様は認知症対策として家族信託を是非お願いしたいと言われました。 ただし、受託者は福岡の娘さんにお願いしたい訳ではないそうなんです」 と。

血の繋がらない育ての娘さん

 聞くところによると、どうやらお母様は、離婚後 大阪に渡って別の男性と暮らすようになり、籍は入れていないものの新しい家族を作って、男性の連れ子であるお嬢さんを迎えて過ごしてきたという事実が判明しました。 つまりは離れて暮らす実の娘以上に、近くで頼りにしている血のつながらない娘に今後のお金の管理を頼みたい。というのが本音であるということをありのままに話して下さったのです。

「この話は福岡の娘には絶対に知らせないで下さい」
 と強く念を押されて、現地コーディネーター仲間はヒアリングを終えました。

このご相談は、まだ実際に受任する手前でしたので、これからのアプローチを専門士の司法書士の先生を交えて検討しましたが、
・お母様が相談者である実の娘さんに大切な事実を伏せたい点
・家族全員が一枚岩になって家族信託を進められない点
・将来少なからず紛争性がある点
等を踏まえ、家族信託としてはハードルが高くて受任が難しい点をお母様にお伝えすることになりました。

この時点でも
「福岡の娘には絶対に言わないで下さい」と釘を刺され、どうしても生きている間には新しいご家族のことは伏せておきたいようでした。
 お母様は再婚されている訳ではないので、亡くなった後に戸籍上でそのご関係を知ることはないにしても、これからの余生 頼りたいのが実の娘の自分ではなく、血の繋がっていない女性であるとお母様が思っているのを知ったら、相談者の娘さんは何を想うのでしょうか?
「近くにそんな頼れる存在がいてくれるのであれば良かった」
と安心されるのか?

 私だったら、なにか寂しい気持ちになりそうな気がしてなりません。
 その後、お母様は任意後見で血の繋がらない娘さんに将来のお金の管理等を任せる準備に取りかかりそうですが、ご相談者のことを考えると私はお手伝いをお受けする勇気が持てず、今回は「対策のご提案のみ」で終えました。

「受託者を誰にお願いするか?」

 もちろん委託者たるお母様のご意向が一番ですから、諸々の事情で今回の家族信託は組成をスタートさせられなかったこと、実は内心少しほっとした気持ちもあったりします。
 これから親孝行したいお嬢さんの優しい気持ちと、そんな娘さんを傷つけたくないお母様の気持ちを思うと、
「では、早速士業の先生と一緒に、任意後見とトラブルに備えて遺言だけでも準備に取りかかりましょうか」
という割り切ったその後のご提案は、私には何故かできませんでした。

 家族信託ではお手伝いをすることができませんでしたが、「お互いが思いやりをもって認知症対策を検討していた」という事実が伝わるような相続であればいいなと思います。

 遠方の案件でしたが、チームとして連携してくれる同じ普及協会のコーディネーター仲間にも感謝した案件でした。