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一般公開

#コーディネーターの立場から

第9回 コーディネーターからみた信託の現場 ~組成の途中でお断りする勇気~

一般公開期間:2025年7月1日 〜 2025年9月30日

※当記事は2025年7月の内容です。

円満な相続対策か?

「家族信託の組成は紛争性のないご家族が大前提で、委託者、受託者または取り巻く家族みんなが一枚岩であること」

 その大原則に基づき相談を聞き、受任へアプローチしているものの、今回は、組成の途中でこちらから辞退を申し出た“カッコ良くない”事例を、同じく全国で家族信託の入り口部分、また全体を担っているコーディネーターの皆さんにシェアできたらと思いご紹介させていただきます。

 ご相談者は九州の50代の女性、双子の妹さんのBさん。
 関西に離れて暮らす独居のお母様のお世話に毎月通っているものの、最近ではお金の管理が心配で詐欺被害に遭わないように、認知になる前に自分が任せてもらう話をしている。というのがことの発端でした。
 九州に呼び寄せる前提で、近いうちに実家の処分も検討していらっしゃり、何となく後見制度は名前程度知っているものの、どんな準備がベストでしょうか? とお母様共々そんな内容でご相談を受けました。

 ご連絡をいただく手段は、通信アプリの「ライン」でしたが、ご相談者のアイコンは双子姉Aさんと二人仲良く映っている写真だった為、「この年齢で姉妹一緒に映った写真をアイコンにしているなんて仲がいい双子姉妹だろう」と、とても微笑ましく感じたものでした。

 ご相談者である双子妹Bさんがご実家に帰省するタイミングで、私もあらためてオンライン打合せをセッティングしていただき、パソコン上での面談ではお母様との会話はなんの問題もなく進みました。こちらの説明や質問にもすらすら応えられ、コーディネート委任確認書や契約書の読み合わせや署名捺印も非常に速やかに終了しました。当初から双子の姉Aさんの同席もお願いしていましたが、
「彼女は休みが取れないので、この相続対策のことは全て了承を得ている」
というお話のもとまずは、お母様と妹Bさんと私三人での打合せが始まっていきました。

 その後、関係書類も速やかに揃えてくださり、私の方でも財産目録作成や家族信託の組成内容のヒアリングを済ませ、いざ今回チームに入っていただく司法書士の先生を交えて対面面談手前までこぎつけたタイミングで、どうしても双子の姉Aさんが打ち合わせに入られないのが気になり、こちらから一旦個別にご挨拶と趣旨説明と同意を確認したいとご提案させていただきました。

 するとお母様と双子の妹Bさんがとても焦った表情で
 「いやいや彼女には全部伝えているので、お電話しなくて大丈夫ですから」
 と、何かとても気まずそうな雰囲気が漂いました。 

 「基本は家族会議から」というフレーズがぬぐい切れず、ここはコーディネーターとしてやはりご家族である双子の姉Aさんの同意を確認できないことには前に進めることはできないと思い、なんとかご了承いただき直接お電話してみたところ、

 「何も聞いていません。妹が母を丸め込んで、勝手に自分の都合のいいように何かやり始めたんですよね?佐藤さんは母が探してきた人ではなくて、妹が探してきた人ですよね!」

 というきつめの口調の返事が返ってきました。
 聞くところによると、相続対策や家族信託の話は、やはり何も耳に入ってはいなかったようで、逆に、 最近姉妹で大喧嘩をした直後であることを知らされました。
 理由は、お母様が双子の妹Bさんだけを受取人とする大きな生命保険につい最近内緒で加入したことを知ったことが直接の原因だったそうです。

 一旦、お電話を切り、状況をお母様と双子の妹Bさんにご報告したところ、お母様とAさんとの母子関係が良好ではない為、今後のお金の管理はBさんに任せたいということがようやくお母様の正直な気持ちとして出てきました。
 その上で、なんとかこのまま家族信託を進めてもらえないだろうか? というお二人の要望でしたが、ここまで紛争性がある以上、私の方で先に進めさせていただくことはできない点を心苦しさいっぱいにご説明し、もしこの先どうしてもというのであれば、弁護士の先生に入ってもらうことになる点をご提案したところ、「それは避けたい」と。
 ひとたび弁護士に入ってもらうことになれば、姉妹の亀裂は更に大きくなる気がするということでした。
「たしかに……」私も同感でした。

 結局、お預かりしたコーディネーター費用は全額ご返金して丁重に謝罪した上で、辞任をさせていただくことになりました。
 中途半端なまま離脱することになり、申し訳なさでいっぱいでしたが、このまま進めることのリスクはやはり取ることはできず、不完全燃焼の事例です。

「途中で投げ出すんですか?!」
と、クレームになるのでは?と覚悟もしていたのですが、最初の相談者である双子の妹Bさんからは、
「佐藤さんに嫌な想いをさせてしまって申し訳なく思っています。姉からはかなりひどい言葉を浴びせられたはずです。母と姉と三人で冷静にもう一度今後についての話をしたいと思います」
と言っていただいたことが、せめてもの救いでした。

あれから2か月が経ちました。
心配していたように、お母様の認知症が発症していないだろうか?
親子三人の溝は埋まっただろうか?
とても気になります。
ちなみに、双子の妹Bさんのラインのアイコンは、仲良く微笑む双子姉妹の写真ではなくなっていました。


 よく一緒に信託組成チームに入っていただく司法書士の先生から聞いたことがあります。
 「コーディネーターさんの中には、進めるべきでない信託を無理に進める人、信託の必要性より自分の受注売上を優先する人がいるので困ります」

 少なくとも、こういうご指摘のようなコーディネーターにならないように、慎重に取り組んでいかなくてはならないなと、「コーディネーターとしての役割のあり方」を考えさせられる経験となりました。