※当記事は2024年10月の内容です。
まえがき
令和2年(2022年)頃に、委託者死亡により信託が終了した場合の債務控除に関して議論になりました。特にアパート経営に携わる地主さんが、金融機関から資金を借り入れて建物を建築するケースでは、大きな話題となりました。それから時間が経ち債務控除の論点が立ち消えのようになってしまい、最近家族信託に携わることになった方は、この論点に気づいていないこともあります。
しかしながら、この論点はいまだ残っている事項ですので、今一度注意喚起をさせいただきます。
委託者死亡終了信託の相続税の申告にあたり、「アパートローン等の債務控除は特に税務署から指摘がないですよ」「そんな問題がまだあるのですか?」と思われるかもしれません。そこで、本稿ではまだ認識されていない方も、どのような問題点があるのかをご理解いただきたく、再度書き記しました。
令和4年12月20日の「相続空き家特例における課税上の問題点」にあるように、法律解釈を厳密に行うことにより、特例の適用ができない、という国税庁からの回答事例が存在します。特に課税上の取扱いとして問題視されるようになれば、厳しい対応を迫られるかもしれません。実務上は十分にご留意ください。
第1 実務上どのような論点が課題となるか
1 税務処理の現場では
税務処理を行う場合でも、指針が明確に明示されていないようなものがあります。
租税法律主義とはいうものの、実務の詳細にわたる部分までは法律だけではなく、政省令や国税庁から発遣される通達、情報、質疑応答事例、課税庁に属する者の論文等、様々な媒体から実務が修練されていくことが少なくありません。
法律 政令 省令 通達 情報 質疑応答事例
裁決事例集(公開、非公開)
税大論叢 パブリックコメント
税務専門誌
平成19年度税制改正において、新信託法への対応がなされましたが、当時の大改正からはあまり指針のようなものが追加で示されていません。平成19年の信託法の改正まで、信託の利用はほとんど商事信託でしたが、新しい信託法になり、最近では一般社会においても民事信託の普及は進んできています。しかし、民事信託を実務で利用する場合でも、税務上明確には指針が示されていない箇所がいくつか存在します。相続税法の規定における債務控除に関しても実務家は手探りで進めているという部分があります。
2 典型的な事例
相続税対策として、借入金をして建物を建築すれば相続税の節税が可能であるとして、相続税対策が多く進められています。個人が不動産を取得した時は、一般には賃貸不動産を取得したことにより相続税評価額は債務の方が大きくなります。相続税対策として借入金で賃貸不動産を取得して相続財産を圧縮することが目的です。
<通常のケース>
☆ 賃貸土地建物から引き切れない借入金はその他の財産から債務控除できます。
このような実務は一般的であり、相続税の課税実務でも認容されています。
しかし、賃貸不動産が信託受益権である場合にも同じように考えて良いのかが問題となります。
<信託受益権のケース>
☆ 信託財産賃貸土地建物から引き切れない借入金は信託財産以外の財産から債務控除できますか?
3 税理士に尋ねると?
借入金債務が信託財産責任負担債務である場合でも、被相続人の固有の財産から債務控除が可能なのか。そもそも借入金そのものは信託することができないので、借入金債務は信託外にしておかないと、債務控除ができないのではないか、という論点となります。
税理士は慎重に回答することになります。受託者に対する融資なのか、信託内の借入なのか。受託者への融資が受託者個人への融資であれば、税務上も債務が受益者に属することはないと判断されることになります。受託者が信託事務として借り入れた融資が、受益者への融資とされるにはどのような手続が必要となるのか。たいへん重要な論点が存在しています。
金融機関から債務引受や債務保証と要求される場合があります。
税理士として、どこまで対応しなければならないか。
委託者兼受受益者が信託前に借入により取得した収益不動産を信託し、借入を「信託財産責任負担債務」とは定めず、受益権に基づき給付された利益から委託者兼受益者が自ら返済する場合は、信託内借入には該当しません。
既存の借入金を信託財産責任負担債務にした後の債務引受けの手続きは、債権者の同意があれば、免責的債務引受の効果が生じますが、債権者の同意がないまま当事者だけで進めれば併存的債務になるのか、という疑問が生じます。
4 受託者個人の借入金
受託者本人への融資が、名義がどうあれ受託者個人への融資であれば、税務上も借入債務が受益者に帰属することはありません。受託者として信託内借入であれば受益者の債務として債務を認識することになりますが、信託財産責任負担債務になるためには、受託者の権限内かつ信託財産に帰属させる意思が受託者において存在すれば足りる(信託法21条1項5号)はずです。
融資契約において、受益者への融資である旨や、借入が受託者であることを明示する必要がどこまであるか。信託契約の中に「受託者は受益者のために信託財産を担保提供して銀行から融資を受けることができる」旨の条項がある信託契約書においても、「借入者=受託者個人」ということにはならず、その他にローン契約書で手当をするところまでがどこまで必要であるのか。信託契約上の受託者が借入者となるだけでは不足なのであろうか。別途の契約が必要なのか等の検討が必要となります。
5 債務の確実性と債務控除
信託が終了していない場合においては、被相続人=委託者=当初受益者の自益信託で開始した信託において当初受益者の相続開始により、相続人が第2次受益者となった場合、第2次受益者は相続税法9条の2第6項、第2項により、負債を承継したものとみなされることになります。負債を承継したものとみなされることから、当初受益者が第2次受益者にとっての被相続人であれば、負債は当初受益者たる相続人に承継されたこととなり、「被相続人の債務」として債務控除されます。
では、信託の終了時においてはどうか。信託法177条に受託者の職務として、「残余財産」の算出順序を定めています。また、信託法183条の1項では、帰属権利者が残余財産の給付に係る債権を取得すると定め、別段の定めを認めているということは、信託行為による別段の定めで、現物と債務引受を記載することで債務控除は認められるということではないかとも思われます。
解釈通達上は何も定められていませんが、信託契約書に別段の定めを置けば、税務上も債務引受を認め、被相続人の債務控除ができるのではないかとも思われます。
第2 債務引受について
1 債務引受の内容
債務引受は、債務者が負担する債務と同一の内容の債務を契約によって第三者が負担する制度で、新たに債務を負担する第三者を「引受人」と呼び、債務引受には、「併存的債務引受」と「免責的債務引受」があります。
「併存的債務引受」の場合、引受人が債務を負担したあとも、元の債務者は引き続き債務を負担します。これに対し、「免責的債務引受」の場合、引受人が債務を負担した後、元の債務者は免責され、債務を負担しません。
2 併存的債務引受
併存的債務引受は、①債権者・債務者・引受人の三者契約、②引受人と債権者の契約(民法470条2項)、または、③引受人と債務者との契約(同条3項前段)によって成立します。
なお、②の場合、「判例では(大判大正15年3月25日民集5巻219頁)債務者の意思に反する保証が認められるところ、併存的債務引受は、債権の履行を確保するという点において、保証と同様の機能を有することから、債務者の意思に反する併存的債務引受も認められるとしている」(民法改正部会資料38)という見解です。
①と②の場合、債務引受の効力は契約時に発生するのに対し、③の場合には、債権者の承諾の時点で効力が発生します(同条3項後段)。
3 免責的債務引受の成立要件
免責的債務引受は、①債権者・債務者・引受人の三者契約によるほか、②債権者と引受人との二者間の契約によってもすることができ(民法472条2項)、または③債務者と引受人となる者が契約をし、債権者が引受人となる者へ承諾することによって成立します(同条3項前段)。
①の場合契約時に効力が発生します。②の場合、債権者が債務者に「契約をした」旨を通知しなければ効力を生じません(同条2項)。すなわち、債権者による通知時が効力発生時となります。通知人の主体が債権者とされており、引受人が債務者に通知しても効力は生じない点に留意が必要です。
③の場合、債権者の承諾が必要になります(同条3項)。効力発生時は、債権者の承諾が引受人に到達した時です。
第3 相続における債務について税務に関する取扱い
1 債務控除の取扱い
相続における相続財産から控除する債務は、「相続開始の際に現に存するもの」であり、控除するべき債務金額は「確実と認められるもの」に限られています(相法13、14)。相続税法第14条1項の債務の確実性とは、債務が存在し、履行が確実と認められる債務をいうと解されており、金融機関から融資を受けた場合には、債務の存在も履行の確実性も債務控除は可能です。
2 「相続開始の際現に存する」の意義
控除される債務は、相続開始の際に現に存する被相続人の債務です。「現に存する」とは現に債務の発生していることを意味し、したがって、履行期が到来していると否とを問われません。被相続人の贈与で履行されていないもののような贈与の義務も含まれます(相法13②四)。
3 「確実と認められるもの」の意義
債務控除の対象となる債務は確実と認められるものに限られます(相法14①)。どのような債務を「確実と認められる債務」と認めるかについては、債務の存在のみならず履行が確実と認められる債務をいうものと解されています(平成30年12月改訂相続税法基本通達逐条解説 大蔵財務協会)。債務が確実であるかどうかについては、必ずしも書面の証拠があることを必要としないものとしています(相基通14-1)。
なお、債務の金額が確定していなくても当該債務の存在が確実と認められるものについては、相続開始当時の現況によって確実と認められる範囲の金額だけを控除するものとされます。
4 保証債務
保証債務は、原則として債務控除の対象とされません(相基通14-3(1))。その理由は、相続された保証債務は、「将来現実にその履行義務が発生するか否かは不確実であり、仮に将来その保証債務を履行した場合でも、法律上は、その保証債務の履行は求償権の行使によって補てんされるから、確実な債務とはいいがたい」(平成30年12月改訂 相続税法基本通達逐条解説 大蔵財務協会)とされるからです。
しかしながら、相続開始の現況において、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため、保証債務がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主たる債務者に求償して返還を受ける見込みがない場合には、主たる債務者が弁済不能の部分の金額は、保証債務者の債務として控除することが認められています(相基通14-3(1)ただし書)。
5 連帯債務
連帯債務では各債務者はその債務の全額に対し債務の負担を負いますが(民法432) 、一人が全額を弁済した場合または自己の財産をもって共同の免責を得た時は、他の連帯債務者に対してその負担すべき金額の弁済を求めることができます(民法442)。
連帯債務者の一部の者は、債権者から債務額の全額や大部分を請求されても、これを拒むことができません。しかし、連帯債務者の相互間では、その連帯債務について債務者各人ごとの債務を負担すべき割合を取り決めることができ、この債務負担割合を「負担部分」といいます。負担部分は、これをもって債権者に対抗することはできませんが、債務者間では拘束力を生じ、この負担部分を超える弁済をした場合には、この負担部分に基づいて求償権の価額を算定して、他の連帯債務者に求償することができます。
したがって、被相続人の債務が連帯債務としての債務であっても、被相続人の負担部分に相当する部分は、その債務金額が定まっているものとして、債務控除の対象となります。
連帯債務者間の負担割合は当該契約時に定められますが、契約時に定めがない場合は、その利益を受けた割合により、これによっても定まらない場合は均等の割合によります。
なお、連帯債務者の中に償還をする資力のない者があるときは、その償還をすることができない部分は、求償者及び他の資力のある者の間で、各自の負担部分に応じて分割して負担することとなっています。
以下のように複数の連帯債務者がいる場合、連帯債務者間の負担割合が判定できるため、債務控除できます(相基通 14-3(2)) 。
(1) 債務控除を受けようとする者の負担部分が明らかとなっている場合その負担金額を控除できます。
(2) 他の連帯債務者の負担すべき債務についても、次の事実が認められる場合には、その金額についても控除することができます。
① 連帯債務者のうちに弁済不能の状態にある者がある
② 求償して弁済を受ける見込みがない
③ 当該弁済不能者の負担部分をも負担しなければならないと認められる
第4 受益者等課税信託の場合
1 平成18年信託法改正前の取扱い
平成18年の信託法改正前の昭和61年7月9日、国税庁より「土地信託に関する所得税、法人税並びに相続税及び贈与税の取扱いについて」(通称土地信託通達)が発遣されました。この通達により、土地信託に係る信託財産に帰属する債務がある場合には、信託受益権を取得した者の相続税の課税価格の計算上、相続税法13条及び14条の規定を適用するとされ、信託財産に帰属する債務とは、その信託財産の取得、管理、運用又は処分に関して受託者が負担した債務及び受益者が支払うべき一定の信託報酬をいうこととし、信託財産に帰属する債務が同法14条1項の「確実と認められるもの」であるかどうかは、その信託受益権を相続又は遺贈により取得した時の現況によって判定するとされていました(土地信託通達4ー2直審5ー6昭和61年7月9日)
平成19年度税制改正により、相続税法9条の2第6項が新設されたことにより上記土地信託に対する取扱いが土地以外の資産にも拡充されることとなり、信託に関する権利又は利益と信託財産との関係の明確化が図られ、土地信託通達は新信託法の施行の日をもって廃止されました(課審1ー16他平成19年6月22日)。
「この通達が適用されていた当時の旧信託法36条2項においては、受託者は受益者に対する補償請求が認められており、それにより受益者には旧信託法36条を介した無限責任があり、信託財産に帰属する債務を債務控除することについて特段の疑義はなかったのであり、単なる確認的通達であったといえます。(税務事例2018年8月号齋藤孝一教授)」
2 平成18年信託法改正後の取扱い
(1) 信託の効力が生じた場合異動が生じた場合
受益者等の存する信託について、適正な対価を負担せずに新たに当該信託の受益者等が存するに至つた場合(第4項の規定の適用がある場合を除く。)には、当該受益者等が存するに至つた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の受益者等であつた者から贈与(当該受益者等であつた者の死亡に基因して受益者等が存するに至つた場合には、)遺贈により取得したものとみなされます(相法9の2②)。
そして信託に関する権利又は利益を贈与又は遺贈により取得したものとみなされた場合において、その信託に関する権利又は利益を取得した者は、その信託に係る信託財産に属する資産及び負債を取得し、又は承継したものとみなされ、相続税法の規定が適用される旨の規定が新設されました(相法9の2⑥)。相続人が負債を承継したものとみなされることから、当初受益者が第2次受益者にとっての被相続人であれば、負債は当初受益者たる相続人に承継されたこととなり、「被相続人の債務」として債務控除されます。
従来は、一定の土地信託について同様の取扱いとされていましたが、この規定の新設により、この取扱いが土地以外の資産にも拡充されることとなり、信託に関する権利又は利益と信託財産との関係の明確化が図られました。
(2) 相続税法第9条の2の構成
① 新たに信託の効力が発生した場合(同①)
② 受益者等の存する信託について新たな受益者等が存するに至った場合(同②)
③ 受益者等の存する信託について当該信託の一部の受益者等が存しなくなった場合において残存受益者に権利の移転があった場合(同③)
④ 受益者等の存する信託が終了した場合(同④)
残余財産受益者等は、当該信託の残余財産を当該信託の受益者等から贈与又は遺贈により取得したものとみなす
⑤ 特定委託者(同⑤)
⑥ 第1項から第3項に該当する場合に限り、信託に関する権利または利益を取得した者は、当該信託の信託財産の属する資産及び負債を取得し、又は承継したものとみなして相続税法の規定を適用する(同⑥)
(3) 相続により信託が終了した場合の論点
受益者等の存する信託が終了した場合、適正な対価を負担せずにその信託の残余財産の給付を受けるべき者(帰属すべき者を含みます。)となった場合において、その信託の残余財産の給付を受けるべき者となった時において、その信託の残余財産の給付を受けるべき者は、その信託の残余財産をその信託の受益者等から贈与により取得したものとみなされ、贈与税が課税されることになります。ただし、その信託の受益者等の死亡に基因してその信託が終了した場合には、遺贈により取得したものとみなされ、相続税が課税されることになります(相法9の2④)。
3 相続税法第9条の2第4項の解釈
(受益者等の存する信託が終了した時に贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合)
(1) 内容
相続税法第9条の2第4項では適正な対価を負担せずにその信託の残余財産の給付を受けるべき者(帰属すべき者を含む。以下において同じ。)となった場合において、その信託の残余財産の給付を受けるべき者となった時において、その信託の残余財産の給付を受けるべき者は、その信託の残余財産をその信託の受益者等から贈与により取得したものとみなされ、贈与税が課税されることになり、その信託の受益者等の死亡に基因してその信託が終了した場合には、遺贈により取得したものとみなされ、相続税が課税されます(法9条の2④)。
相続税法第9条第1項が信託の効力発生時における課税規定、本条第2項及び第3項が信託期間中における課税規定であり、本項は信託の終了時における課税規定となっています。そして、第6項では第4項については触れずに、第1項から第3項までを準用しており、第4項は準用されていません。
同項は信託財産であった財産を遺贈により取得したとみなしているのではなく、「残余財産」を遺贈により取得したとみなしています。信託法上「残余財産」は、清算受託者が信託債権に係る債務・受益債権に係る債務の弁済をした後に残った財産です(信託法177条、181条)から、債務は差し引かれています。
これは信託法が終了時には清算受託者による清算が行われることを前提とした規定しか置いておらず、民事信託によくみられる現状有姿での権利義務承継ということを想定していないため、相続税法もそれにならい、信託終了時の規定を置いたものと思われます。
「清算では、信託財産と信託の債務との差し引きが最低ゼロで、通常はプラスが残ることが想定されている。そうでないとすれば、清算ではなく破産のほうにいくべきである〔藤田友敬発言〕(能見 信託法セミナー(9)64頁)。」であり、債務超過の場合には破産手続きへと移行されます。
(2) 適応を受ける者
相続税法第9条の2第4項の規定の適用を受ける者とは、信託の残余財産受益者等に限らず、当該信託の終了により適正な対価を負担せずに当該信託の残余財産(当該信託の終了直前においてその者が当該信託の受益者等であった場合には、当該受益者等として有していた信託に関する権利に相当するものを除く。)の給付を受けるべき又は帰属すべき者となる者が該当します(基通9の2-5)。
第5 債務控除の適用にあたっての留意点
1 終了時の取扱い
相続税法9条の2の解釈上、信託終了時における帰属権利者の債務控除の適用について必ずしも明確ではありません。土地信託に関する個別通達が廃止されて、土地以外の資産にも対象が拡充され相続税法第9条の2第6項が新設されましたが、第2項では、信託終了時の取扱いである第4項は除かれています。
(1) 受託者の補償請求権
受託者は、信託事務を処理するのに必要と認められる費用を固有財産から支出した場合には、信託財産から当該費用等の償還を受けることができる(信託法48①)とされ、償還を請求できる対象を信託財産に限定し受益者への補償の請求を認めていません。
ただし、受託者が個別に受益者と合意をした場合に限り、当該受益者に対して費用を請求できるとしています(信託法48⑤)。
(2) 信託終了時の処理
信託が終了した場合、清算受託者は債務を弁済した後でなければ、残余財産を残余財産受益者等に給付することはできない(信託法181)とされています。
この点に関して、つぎのような見解があります。
以下の条件があれば、相続税法における債務控除の対象になると考えてよいのではないか。
実際には、事実の積み上げにより判断されることになるでしょう。
2 信託財産責任負担債務の承継
信託法上には、信託財産責任負担債務を帰属権利者に承継することができることの規定は存在しません。残余財産は、信託財産中、そこから信託財産責任負担債務のうち信託債権に係る債務と残余財産の給付以外の受益債権に係る債務を弁済した後、残る財産を意味します。なお、信託財産は積極財産のみを指し、消極財産は含まれません。
しかし、たとえば、残余財産の受益者または帰属権利者が、信託財産責任負担債務の一切を包括的に引き受けるといった取り決めも可能であり、信託法181条がそのような関係者の合意による処理を排除するものではない。(「条解 信託法」道垣内弘人著786ページ)という考え方があります。
これに関しては立法担当者からも以下のような解説がなされています。
『なお、信託法部会においては、例えば、不動産流動化のための信託では、信託の終了(信託財産である不動産の売却による信託の終了の場合を除く。)に当たって、清算手続を経ることなく、信託財産である不動産を、これに関するすべての契約関係、債権債務とともに現状のままで帰属権利者に引き渡すと定めるのが一般的であるとの指摘があった。この点については、信託スキームの関係当事者全員が合意しているのであれば、本条(177条)や第181条の規定とは異なる処理の仕方も認められるものと解される(寺本昌広著 新しい信託法(増補版)2007年7月20日)376ページ』
信託の清算受託者は、信託債務がある場合は、信託債務を弁済した後でなければ、残余財産の給付または帰属を行うことができませんが、これらの者が信託債務を肩代わりすれば、残余財産を給付または帰属を行うことができると思われます。なお、債務の肩代わり、求償権の取得は課税時点に行われるので、相続開始時の債務となり、相続税の計算上も債務控除が可能ではないかとう考え方もあります。
しかしながら現時点では、残念なことに上記は法務省の正式な見解ではなく、国税当局からは債務控除が可能という回答はなされていないという現実があります。「相続税法第9条の2第4項の規定は現実の信託実務に対応ができていないと言わざるを得ない」(税務事例2018年8月号齋藤孝一教授)という見解は妥当である考えます。
では、実務ではどう対応すれば良いのか?
以下の対応が必要になるかと考えられます。
3 受益者連続型信託とするという工夫
当初受益者の死亡を原因とする信託終了ではなく、受益者連続型信託として、いったん第二次受益者を介してからの信託終了とすれば、当初受益者からの受益者変更の段階で相続税法第9条の2第2項が適用されるため 6項の規定には当てはまることになります。このようなスキームにしておけば債務控除の適用上は確実であると思われます。
4 委託者の債務として残す
信託は終了させたいし、相続税法による債務控除の確実な方法をとるのであれば、委託者が金融機関の融資の債務者となり、借入を起こした後に建物・土地を次の世代に信託譲渡し、管理を継続していく方法により債務者は委託者のまま残ります。いわゆる管理信託となるわけです。この場合は、債務の名義も委託者であり、返済の実態も委託者の口座から行われることになります。
このように債務を委託者の残したままで信託を終了させることにより債務の所在は被相続人になりますので、債務控除は確実となります。
5 債務超過部分の私見
遺贈を受けた信託資産から、信託債務を控除できるかについては、上記の論点はありますが、負担付遺贈とみなして信託資産額を限度に控除することは可能であると考えます。しかし、今後の実務により現段階では明確な判断はむずかしいのでしょう。
一方債務控除できなかった超過額は控除できないと考えられます。債務負担者が死亡受益者の相続人で、信託財産以外の死亡受益者の財産を相続した場合において、この超過債務をその相続財産から控除することに対しては、死亡受益者債務は死亡時点の直接の確実な債務ではないので、控除するのはむずかしいのではないかと思われます。
取引の安全性を考慮すれば、国税当局において見解の公表が待たれます。
☆ 信託終了に伴い、受託者が帰属権利者として残余財産を取得する場合の登記
☆ 下記参考のように、将来の税制の手当のリスクも考慮するべき
平成19年度税制改正 不動産所得に係る損益通算等の特例の改正(措法41の4の2①)
(財務省 平成19年度改正税法のすべてより)
特定組合員の不動産所得に係る損益通算等の制限措置は、民法組合から生ずる所得をその組合自体を帰属主体せず、持分等に応じて各組合員に帰属するものとする税制上の取扱いや、貸付けの規模や業務への関与度合いに関係なくその損失の他の所得との損益通算が可能とされている不動産所得の特質を利用した節税を図る動きの顕在化に対応して、平成17年度税制改正において措置されたものです。
このような節税スキームは、信託を利用することにより行うことも可能であることは従来より指摘されていたところですが、今般の信託法の改正により多岐にわたる規定の整備が行われ、信託の利用機会は大幅に拡大することが考えられることから、課税の中立性・公平性を確保する観点から、信託から生じた不動産所得の損失についても民法組合と同様の措置を講ずることとされました。
6 追加
受託者が信託法48条5項により、その合意に基づいて死亡受益者に対して信託費用等の償還の前払いを請求した場合は、信託債務の償還債務が死亡受益者の債務として確実と認められるので、死亡受益者の相続人はこれを控除できるのではないか、という見解がありますが、確定した見解ではなく、相続税法の整備が求められます。