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一般公開

#家族信託~税理士の視点から

第5回 自社株(会社オーナーの株式)信託のニーズ~事業承継の対策~

一般公開期間:2024年4月1日 ~ 6月30日

※当記事は2024年4月の内容です。

今回は、世の中の問題になっている「事業承継」と信託について、取り上げることにしました。

第一 事業承継対策に家族信託が活用できる場面

1.非上場会社の現状

 会社オーナーの資産管理において、オーナーが所有する株式を今後どのように管理し承継していくかについて、その問題はオーナーごとに異なり様々です。会社オーナーが所有する自社株を亡くなるまで所有するとすれば、会社オーナーの相続時に相続財産である会社株式の分割とそれに伴う相続税の負担が生じます。この相続時の会社株式にかかる対策が、会社オーナー相続対策、事業承継対策です。また、相続が発生する前に計画的に他者に会社オーナーの株式の移転することに関して、昨今、金融機関などの提案が増えています。会社オーナーとは全く関わりの少ない先に移転するM&A、その会社の役員や従業員など会社オーナーの親族外に移転する親族外承継、会社オーナーの親族である後継者等に移転する親族内承継があります。信託を活用して事業承継対策を検討する場合、親族へ承継するケースが多いようです。特に家族信託では家族等が受託者を務めるため、親族への承継が前提となります。

会社オーナーの株式の承継において、対応策として重要なことは以下のようなことが考えられます。

① その承継が円滑に行われること
② 株式が分散せずに後継者に集中して承継されること
③ 承継者の負担金額が少なくなること
④ 承継の時期は会社オーナーの希望する時期に実施できることが重要になります。

 事業承継では、株式に、配当等を得る利益を受ける権利(自益権)と議決権を行使する等の会社を管理する権利(共益権)の2つの権利があるため、株式の承継における上記の重要な事項を全て満たした状況で後継者に承継することが難しく課題があります。

2.承継に係る負担額の軽減と議決権の移転時期

 例えば、長男を後継者とすることが決まっている会社オーナーの株式について、ある事情から株価が低くなっている状況において、後継者の長男への株式承継の負担金額(贈与税額または買い取る金額)を少なくすることを考慮すれば、今、株価が低い時点で長男に株式を移転することがよいでしょう。
 しかし、後継者は長男と決めましたものの、会社オーナーはまだ自身で経営を続けたいという場合、今すぐに、長男に全ての株式を移転することは、そのオーナーの議決権を全て長男が得ることとなり、会社オーナーの希望するところではありません。株式の2つの権利を皆が望むよい状況で承継することは既存の制度では難しく、信託活用のニーズがあります。

3.所有財産のほとんどが自社株式という会社オーナー

 所有財産のほとんどが自社株式という会社オーナーの場合、その状況で相続をむかえますと、株式が相続人に分散する可能性があります。会社の安定のためには、後継者に株式を集中して承継することが必要です。しかし、他に承継する財産が少ないと、株式を分割して相続せざるを得ないという会社オーナーの相続対策には信託の活用が有効です。信託は受託者に株式を移転し、受託者が信託財産である株式の株主として株式を管理する仕組みです。そのため、相続発生前にあらかじめ自社株式を信託した場合、その自社株の株主は、会社オーナーが亡くなる前も亡くなった後も受託者であることは変わりません。すなわち、会社オーナーの相続が発生してでも、信託が継続されるならば、株主は変わらず受託者です。議決権は株主、すなわち受託者から行使されることになります。一方、株式の配当を得る権利(自益権)は相続人に分散されます。株主である受託者の議決権の行使については、議決権行使の指図者である後継者が受託者に指図します。議決権指図権の詳細は後述します。

4.少数株主の相続による株式

 以前の商法では、株式会社設立に発起人は7名必要でした。そのため親族以外の者が株主となり一定の株式を保有することがありました。戦後、日本の経済が発展するなかで設立された会社の多くは、設立時から株主である少数株主が存在しています。また、歴史の古い会社においても親族内の相続が繰り返されてきたことから、少数株主が存在しており、親族ではあるものの中心的株主である者からは遠い親族が株主となっている会社は多数存在しています。今後、少数株主に相続が発生した場合、その少数株主の相続人のなかで誰がその株式を承継するかは、その親族の問題です。会社の中心的な株主にとり、意図しない者が株主となり株主の権利を行使することで会社の経営に支障をきたすことは避けたいことです。少数株主の相続において、さらに株主数が増えることは避けていきたいことでもあり、その課題の解決に信託活用のニーズがあります。

5.一般社団法人を受託者とするニーズ

 血のつながった親族で株式を承継したいと考える企業オーナーの株式承継では、委託者となる企業オーナーが第2受益者、第3受益者を定める受益者連続信託を活用することがあります。受益者連続信託は長期間にわたるため、受託者の継続性の問題から法人受託者であることが求められます。家族の株式を承継する信託の受託者は家族が関与する一般社団法人がよりふさわしいと思われます。
 後継者に株式を承継する信託では、多くのケースで後継者が受託者を務めます。委託者の企業オーナーが高齢となり意思能力を失っても後継者が議決権を行使することができ議決権行使に滞りがありません。後継者が受託者を務めることで企業オーナーの自社株信託は特に問題がないように考えられますが、委託者の目的を実現するためによりガバナンスを強化する方法として家族が関与する一般社団法人を受託者とする方法があります。企業オーナーの親族に株式が分散され、その親族の株式を受託する少数株主の信託についても企業オーナーの家族が関与する一般社団法人が受託者となる信託のニーズがあります。

 会社の運営は企業オーナーに任せてはいますものの、先祖より承継してきた株式を引き続き子供たちへと相続したいという親族少数株主のニーズがあります。しかし、現物株式を相続することでさらに株式が分散し、親族といつでもあまり関わりのない親族に株式が承継されることになりその状況は会社の経営において心配です。親族株主が企業オーナ一家と対立していないという前提が必要ですが、企業オーナー家が関与する一般社団法人に株式を信託し、受益権を次世代以降に承継していくというニーズもあります。

 新しい事業承継の方法として、後継者個人の力量だけではなく、集団経営体制の中核として一般社団法人を位置づける「ファミリーガバナンス」という考え方が発想として取り入れる場面もでてきています。この場合には信託という手法が大いに活用できる場面です。

第二 事業承継信託~信託を利用して事業承継の流れ

1.自社株を信託財産とする信託の仕組みの基本パターン

 企業オーナーが所有する自社株式を後継者に承継する方法として、自社株式の贈与、譲渡、遺言そして信託があります。信託の活用はまだその事例が少ないのですが、信託の活用により後継者に自社株式承継する方法のバリエーションが増えます。
 自社株承継では、後継者に議決権を集中することが最も重要です。
 一方、後継者に議決権を集中する時期と集中することによる後継者が負担するコスト(税や譲り受けの資金)には多くの課題があります。信託を活用することで、事業承継方法にバリエーションが増え、それぞれの企業オーナーの独自の事情に対応することができます。事業承継における信託の活用は有効であり、検討するに値します。一方、信託を活用すると事業承継税制(非上場株式等についての相続税及び贈与税の納税猶予及び免除の特例)を適用することができず税制上のメリットを享受することができません。平成30年度の税制改正では、後継者に株式を承継する場合、以前の制度に比べて税制上のメリットを享受することができるようになりました。信託を活用するのか?事業承継税制を活用するのか? 企業オーナーの事業承継のニーズに応じてとるべき手段が変わります。

2.概要

 事業承継の場面で信託を利用は、中小企業庁から「信託を活用した中小企業の事業承継円滑化に関する研究会」から「中間整理」(平成20年9月1日)が解説され、ここに記載された手法が実務でも採用されている場面をよく見ることが出来ます。信託法の改正に伴い中小企業庁から解説された資料ですが、あまり知られていないようですが、現在でも十分に活用が可能です。
 ポイントは、信託を活用して、株価が低いうちに、支配権をオーナー経営者(委託者)が支配権を維持したままで、財産権は後継者に贈与してしまおうとする手法です。

(中間整理【スキーム3】より)

3.他益信託を利用して株式を贈与する

 現オーナーが株式を信託し、自身が受益者となる(自益信託)場合、受託者が後継者であっても、信託設定時課税はありません。一方、信託設定時又は信託期間中に受益者を後継者としたとき(他益信託)、後継者には贈与税が課税されます。
 その際の信託財産の評価額は、信託財産の株式の相続税評価額となります。そこで、自社株対策では株式の評価をできるだけ引き下げる方策により、株価が引き下がった時点で受益権の贈与を行えば将来の相続税の節税にもなります。しかし、必ずしも株価引き下げ策のタイミングと、オーナー経営者の退任の時期が同時期になるとは限りません。

 そこで信託契約において、議決権行使指図者(オーナー)の指図に従い議決権を行使することとする信託を設定します。通常は受託者(後継者)が議決権を行使しますが、会社の財産権(信託受益権)は後継者に渡しても、後継者が育つまで支配権(議決権)はオーナーが自分で行使をすることができます。

 信託契約において、先代経営者(委託者)は議決権指図権をもったままで、株式の自益権を受益権に変更して他益信託として後継者に設定すれば、財産権は後継者に移動します。ここで後継者はみなし贈与としての贈与税が課税されてしまいます。信託法では議決権指図権に関する規定はありませんが、上記の「中間整理」でも公表されているように、実務では利用されている手法です。

 事業承継税制と決定的な違いは、受益権という株式の自益権を後継者に贈与等した後でも、一定の時期までは議決権指図権は先代経営者が保持できるという点です。先代経営者は後継者が一人前に育つまで、会社に対する支配権を維持していけます。事業承継税制ではこのような支配権を後継者に移さないと要件が満たされません。

4.議決権行使の指図者でない受益者の有する信託受益権の評価

 この信託では、受益者(受益権贈与後の後継者)が議決権行使指図者ではなく、委託者が議決権行使の指図者として残ります。その場合においても、受益者である後継者が負担する贈与税の対象となる信託受益権の評価額は、信託財産である株式の相続税評価額となり、変わりません。議決権指図権に関しては評価はないものとして扱われています。議決権についての財産価値については後述する「参考資料」にて確認をしてください。

5.自社株式を信託財産とする信託受益権は納税免除の対象外となる

 上記の非上場株式等についての相続税及び贈与税の納税猶予及び免除の特例について、その適用を受けようとする非上場株式が信託財産となっている場合、その信託受益権は納税猶予等の特例の対象となっていません。そのため、後継者が受益者となる信託において、税制上の特例を適用することはできません。事業承継において事業承継税制の特例を利用することを予定している場合、自社株式を信託財産にすることはできません。

 一般社団法人信託協会からの令和6年税制改正要望として、「事業承継における信託の活用」要望、主要要望項目の2番目に、株式の信託を利用した事業承継について、納税猶予制度の適用対象とすること、の要望が出ています。この税制改正要望の図解では信託された自社株の移動が明確に記載されています。信託協会ではここ数年来ずっと要望を出し続けています。しかし依然として税制改正は実現しておらず、信託を利用した受益権に対しては事業承継税制の適用はできません。

(出典:一般社団法人信託協会ホームページより)

第三 実務家としての留意点

1.支配権の継続

 平成30年度税制改正の新事業承継税制を活用して、贈与税・相続税の負担をできるだけゼロにしたいという要望がかなりあります。しかし、事業承継税制を活用するには後継者に支配権を引き継がないとなりません。種類株式等を利用して支配権がオーナー経営者に残ったままであると適用外となります(中小企業経営承継円滑化法施行規則 6①七リ)。
 すなわち自社株式の財産権と経営権も後継者に委譲することが要件となっています。しかし、オーナー経営者の中には後継者がまだ十分に育っていないために支配権はもう少し持っていたいという希望が多いことも確かです。
 議決権指図権を留保している自社株信託方式であれば、一定の時期まではオーナー経営者の支配権は継続させることができます。オーナーは新事業承継税制の適用期限が切れる(令和9年12月31日)までにこの二方法のどちらかにするのか決断を迫られることになります。

2.自社株承継信託のメリットとデメリット

自社株承継信託については以下のようなメリットとデメリットが考えられます。

(1) 自社株承継信託のメリット

① 信託では後継者だけでなく利用できる
  事業承継税制とは違い後継者ということにとらわれることがありません。長男以外の二男であるとか、親族の他の株主についても利用することが可能です。
② 株式数には関係しない
  先代経営者の持株数や後継者の持株数には関係がなく、ご自分達だけの考え方で信託を設定することが可能です。
③ 役員である必要ない
  また、代表者であったことが必要であることもないので、会社の役員以外の株主にも利用が可能です。
④ 合名会社、合資会社、合同会社でも可

(2) 自社株承継信託のデメリット

① 譲渡承認の必要な株式会社では会社の承認が必要
  これは事業承継税制でも同じなので、信託方式でのデメリットではないかもしれませんが、株主名簿の名義が受託者名になるので、譲渡承認株式については会社の承認が必要となります。
② 受託者の確保とサポート
  信託方式では受託者を探すのが一苦労です。親族に受託者がいてそれで長期間に渡り議決権を守り続けられることが必要です。しかし、割と低廉に引き受けてくれる信託会社も現れてきています。その場合にはある程度の信託報酬がかかってしまいます。
③ 相続税または贈与税の負担
  新事業承継税制(特例方式)では、続けることにより相続税・贈与税の負担がなく後継者に対して株式を移譲することができます。しかしながら、自社株承継信託ではなんらかの税負担が生じてしまいます。
④ 遺留分減殺請求への備え
  新事業承継税制でも同様のことですが、非後継者の遺留分に対する配慮が必要になります。

3.事前の対策の方法

 後継者を決める前までは、事前の対応策として信託制度を利用しておきます。
 事業承継税制の特例の適用期限が切れる前に後継者を決めることができれば、信託契約を解除し事業承継税制の採用とする方法があります。つまり継続的なモニタリングが必要となります。

【参考資料】議決権に関する税務上の評価について
 議決権について、税務上の評価がないとされている根拠は以下の国税庁の情報にあります。この情報は現在も国税庁のホームページに掲載されています。しかしながら、議決権には価値がないということに完全に割り切って良いかは懸念が残ります。極端な節税策のようなことに利用されることがないとよいと考えています。


種類株式の評価について(情報)の国税庁からの情報。

種類株式の評価について(情報)|国税庁 (nta.go.jp)

資産評価企画官情報
資産課税課情報
審理室情報
第1号
第6号
第1号
平成19年3月9日国税庁課税部
資産評価企画官
資産課税課
審理室

 平成19年2月26日付課審6-1ほか2課共同「相続等により取得した種類株式の評価について(平成19年2月19日付平成19・02・07中庁第1号に対する回答)」により、三類型の種類株式についてその評価方法を示したところであるが、その具体的な評価方法等について別添のとおり取りまとめたので、参考のため送付する。
1 配当優先の無議決権株式の評価
  (1) 配当優先株式の評価
  (2) 無議決権株式の評価
イ 無議決権株式及び議決権のある株式の評価 (原則)
  無議決権株式を発行している会社の無議決権株式及び議決権のある株式については、原則として、議決権の有無を考慮せずに評価する。


相続等により取得した種類株式の評価について(照会)

相続等により取得した種類株式の評価について(照会)|国税庁 (nta.go.jp)

 標題のことについては、ご照会に係る事実関係を前提とする限り、貴見のとおりで差し支えありません。
 経済産業省
 平成19・02・07中庁第1号
 平成19年2月19日

国税庁課税部長  岡本 佳郎 殿

中小企業庁事業環境部長 近藤 賢二

配当優先の無議決権株式(第一類型)の評価の取扱い
(2) 無議決権株式の評価
   無議決権株式については、原則として、議決権の有無を考慮せずに評価することとなる・・・。