※当記事は2025年7月の内容です。
1.受託者が報酬を収受することがある
家族信託を設計する上では、受託者の報酬は設定しないで報酬は無償で設定していることが多いと思われますが、受託者となる家族の負担を考慮すると受託者報酬を設定するという方法はあります。
不動産を信託財産とするケースでは管理諸費用が発生し、受益者が受託者に支払った信託報酬が、不動産所得の必要経費になるのかという論点があります。
大きく以下の検討が重要となります。
① 信託報酬が不動産所得を得るために直接必要な費用か
② 信託報酬を支払っている親族は別生計か
受託者に支払う報酬は、不動産所得の所得計算上、原則必要経費にはならないことが多いと考えておいたほうが良いでしょう。受託者の信託報酬が不動産所得の経費として認められるためには、下記の要件を満たす必要があります。
2.信託報酬が不動産所得を得るために直接必要な費用か
信託報酬を必要経費とするには、不動産所得を得るために直接必要とされる費用でなければなりません。親の認知症対策として自宅、金銭のほか、賃貸住宅など収益物件を管理するという場合があります。受託者が信託契約で管理する目的が賃貸住宅の管理業務に限定されておらず、親の福祉を目的としたものであり、不動産管理以外の業務についても信託報酬としての対価が発生しています。このようなケースでは、不動産所得以外のためにも信託報酬が発生してしまっており、信託報酬の全てを経費として認められない可能性があります。
3.不動産所得と信託財産に係る費用の必要経費の前提
平成19年6月22日付課審1-16ほか5課共同『「土地信託に関する所得税、法人税並びに相続税及び贈与税の取扱いについて(法令解釈通達)」及び「信託受益権が分割される土地信託に関する所得税、法人税、消費税並びに相続税及び贈与税の取扱いについて(法令解釈通達)」の廃止について(法令解釈通達)』によって廃止される前の、昭和61年7月9日付直審5-6ほか4課共同『土地信託に関する所得税、法人税並びに相続税及び贈与税の取扱いについて(以下「廃止通達」といいます。)』の「第2所得税に関する取扱い 2-15(信託財産に係る費用の必要経費算入)」の取扱いからみると、『業務用信託財産に関する費用で所得税法第37条第1項に掲げる費用に該当するものがあるときは、当該費用は、その者の業務用信託財産の使用収益に係る各年分の各種所得の金額の計算上必要経費に算入する。』としています。
この通達は平成19年に信託法(平成18年法律第108号)の制定に伴う信託税制が整備されたため、既往の通達を廃止する趣旨から現行通達としては存在していませんが、その後の基本通達(所得税基本通達 13-1~同 13-8)の改正・新設の状況、及び個別通達の発遣状況からみて、その趣旨・内容には変わりがないものと考えられます。
国税庁HP 「土地信託に関する所得税、法人税並びに相続税及び贈与税の取扱いについて」
第2 所得税に関する取扱い(信託財産に係る費用の必要経費算入)
国税庁HP 「第2 所得税に関する取扱い」
2-15 業務用信託財産(個人の有する信託財産の構成物で当該個人の事業その他の業務の用に供されているもの又は対価を得て他の者に貸し付けられているものをいう。以下同じ。)に関する費用で所得税法第37条第1項((必要経費))に掲げる費用に該当するものがあるときは、当該費用は、その者の業務用信託財産の使用収益に係る各年分の各種所得の金額の計算上必要経費に算入する。
(注)
1 必要経費の帰属年分の判定については、所得税基本通達37-1から37-3までを参照。
2 業務用信託財産の修理、改良等のために支出した金額が資本的支出と修繕費等のいずれに該当するかを判定する場合の基準等については、所得税基本通達37-10から37-15の2までを参照。
3 不動産所得の基因となっている信託建物の賃借人を立ち退かすために支払われた立退料の必要経費算入については、所得税基本通達37-23参照。
この通達からは、各種費用が家族信託から生ずる不動産所得の必要経費にあてはめるためには、その費用が所得税法第37条第1項に規定するものに該当するかどうかにかかっているところです。この規定は別段の定めがあるものを除き、必要経費に算入する金額は「その総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする。」旨を規定しています。
個人の所有する資産を信託財産とするために要した部分の費用は一種の財産管理費用であり、上記規定(所得税法第37条第1項)が予定している「不動産所得の収入を得るために要した費用」とは認められないものと考えられます。そうすると、各種費用が信託財産(家族信託)の設定のために要した費用である限り、不動産所得の必要経費算入は認められないことになるものと考えます。
なお、上記廃止通達でいう『業務用信託財産』とは、「個人の有する信託財産の構成物で当該個人の事業その他の業務の用に供されているもの又は対価を得て他の者に貸し付けられているもの」をいうものとされています(同廃止通達 2-15 かっこ書参照)。
そこで、不動産管理業務部分に相当する信託報酬を経費としたいという場合には、税務署に対して不動産管理業務部分の報酬の計算方法、親の福祉との明確な区分などを説明できるようにしておく必要があります。また、信託契約書の目的が収益不動産の賃貸管理に限定する、信託契約書の中で不動産管理の条項を設け、受託者が実際に管理業務するなど不動産所得とその経費としての信託報酬の関係性を説明できるようにしておくべきです。
4.同一生計親族の場合には必要経費として認められない
受託者と受益者の関係が同一生計親族に該当する場合には、信託報酬は必要経費として認められません。所得税法56条では下記の通り規定しています。
(事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例)
第五十六条 居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。
所得税法第56条において、不動産所得の事業主が、生計を同一にする配偶者その他親族に対して支払った対価を必要経費として参入することを認めていません。受託者としての不動産管理業務の実体があり、適正な信託報酬を支払っていたとしても、同一生計の配偶者、親族に支払う信託報酬は必要経費として認められないのです。なお、勤務、修学、療養等の都合上、日常の起居を共にしていない親族であっても、生活費の送金が行われている場合なども同一生計とみなされます。
そのため、必要経費として支払うのであれば、別生計の親族を受託者として設定する必要があります。受託者に支払う信託報酬を必要経費とするためには、上記の要件を最低限調える仕組みが必要です。
5.受託者報酬は税務上雑所得となる
信託報酬を設定した場合に受領する受託者の報酬は、個人の所得計算上で雑所得になると考えられています。そのため、所得として給与所得者が 20 万円以上受領すると、受託者個人として確定申告する必要がでてきます。ただし、大部分の給与所得者については、給与の支払者が行う年末調整によって所得税額が確定し、納税も完了するので、雑所得を含む給与所得および退職所得以外の所得合計が20万円以下の場合は確定申告の必要はありません。
6.管理の実態が伴わない信託報酬については要注意
賃貸不動産を信託財産とする家族信託において、受託者に対する信託報酬は、受益者の確定申告上、賃貸経営上の経費に計上することができます。家族信託の受託者は、賃貸経営における管理会社と同様の役割を果たし、賃貸人の地位及び権利義務を包括的に引き受けて家賃管理等をすることになりますので、管理会社に対する管理委託報酬と同様に賃貸経営上の必要経費とみなすことができるからです。対税務署対策としては、そのためのエビデンスは用意をしておきましょう。
ただ、受託者が地元の不動産会社に管理委託をしたとか、一括借り上げ方式で実際の賃貸経営にはほぼ携わっていない場合は問題が生じます。受託者として賃貸管理の実態がないにもかかわらず、毎月の賃料収入の一定程度を受託者が信託報酬をもらい、それとは別に管理会社にも管理委託報酬を支払うとなると、受託者に対する信託報酬は、実体を伴わない報酬支払いとして、経費性を否定されることが生じるからです。
7.受託者は青色事業専従者として取り扱われるか
(1) 事例検討
次に青色専従者の場合を検討をします。次のようなケースです。
Aは不動産賃貸業を営んでおり、配偶者Bに専従者給与を支払っています。
Aの認知症が心配になり、A名義の不動産について、下記内容の家族信託の契約を結ぶことにしました。
受託者:C(Aの長男であり、A・Bとは別生計)
受益者:A
(2) 家族信託後の問題点
所得税法第13条第1項本文において、「信託の受益者は、当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するとみなし、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみなして、この法律の規定を適用する」とされています。したがって、不動産の賃貸に係る収益及び費用の金額は税務上、Aの不動産賃貸事業(又は業務)に係る収益及び費用の金額として取り扱われるものと考えます。
ところで、青色事業専従者になるには、不動産所得又は事業所得を生ずべき事業を営む居住者と生計を一にする配偶者その他の親族であって、当該居住者が営む不動産所得等を生ずべき事業に専ら従事していることが要件とされます(所法 57①)。
家族信託後において委託者A(夫)は、次の2点が問題になります。
① 引続き不動産所得を生ずべき『事業』を行っているか。
② B(妻)の不動産賃貸事業への従事は、生計を一にするA(夫)に対し配偶者として従事することに該当するか。
(3) 青色事業専従者に該当するかの検討
賃貸不動産の管理・運用等を目的とする家族信託の場合において、この判定をいかに行うべきかについては、必ずしも明らかでありません。しかし、次のように考えられるものと思われます。
① 委託者A(夫)は、不動産所得を生ずべき『事業』を行っているか否か
建物の貸付が「事業」として行われているか否かについては、実務上、所基通26-9に規定する貸付規模等による形式判定が認められています。居住者が家族信託制度を活用し受託者を介して建物の貸付を行う場合、その事業判定は、原則として所基通26-9の形式判定も容認されるものと考えます。その点から、家族信託前の賃貸が『事業』として営まれていたということであれば、家族信託後もAは引続き「事業」として不動産の賃貸を行っていると解されるものと考えます。
② B(妻)の従事(役務の提供)は、配偶者として生計を一にするA(夫)が営む不動産賃貸事業に専ら従事するであるか否かについて
信託の法形式によれば、(配偶者)Bは、管理等の受託者である長男Cに役務提供するものと解され、そして、そのBとCは親族であるものの生計を一にしていないということから、Bは青色事業専従者に該当しないとの見解もあるものと考えられます。
しかし、家族信託の受益者であるAは、当該信託の信託財産に属する資産、負債を有するとみなされ、かつ、当該信託財産に帰せられる収益、費用もAの収益、費用とみなされることから、家族信託契約の前後を通じて、Bの役務の内容が同様であるとすれば、Bの役務提供は、税務上、(委託者兼)受益者である「生計を一にする夫A」に対し行われるものであり、引続き青色事業専従者に該当すると解することができるのではないかと思われます。
8.家族間で受託者報酬を定めても信託業法違反とならない
信託業とは、「信託の引き受けを行う営業」のことをいい、信託業を営む場合には、内閣総理大臣の免許や登録を受ける必要があります(信託業法2条1項、3条、7条1項)。信託業規制の対象となるのは、信託の引受けの「営業」であり、「反復継続性」「収支相償性」が要件です。反復継続性は、不特定多数の委託者・受益者との取引が行われ得るかという実質に即して判断されます。
家族信託の受託者がいくばくかの報酬を収受しても信託業法の違反にはならないでしょう。