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一般公開

#家族信託~税理士の視点から

第4回 受益者等課税信託の不動産所得の損益通算の特例

一般公開期間:2024年1月1日 ~ 3月31日

※当記事は2024年1月の内容です。

【設例】

 賃貸不動産物件を数件所有している佐藤さんは家族の争続争いは避けたいので、遺言代用信託を利用して、A物件は長男に、B物件は次男に相続をさせたいと考えています。A物件マンションは良い収益物件なのですが、数年後に大規模修繕を予定しています。B物件はA物件よりも小さいのですが築浅で安定した収益を上げています。
 そこで、A物件とB物件を別々の信託契約としA物件信託は長男を帰属権利者とし、B物件信託は次男を帰属権利者にすることで、後々の争いにならないようにしたいと考えました。
 佐藤さんは自分はまだ元気なのですが、A物件の大規模修繕を控えて、遺言代用信託の設計にあたり税理士に問題点がないか相談しました。

【ポイント】

 税理士は大規模修繕がどの程度のものであるかを重要視しています。信託にしてしまうと、損益通算ができずに所得税では不利になります。所得税計算は単年度で計算されるため、大規模修繕した年は赤字となり、損益通算ができなくなってしまうからです。

そこで、佐藤さんは収益予想と大規模修繕の予想を綿密に計算して、信託による不動産所得がマイナスにならないことを確認することにしました。

【解説】
1.所得の損益通算

(1) 損益通算の概要
 事業や不動産投資などで損失が出た場合は、確定申告の際に損益通算を行うことで、最終的に納める税金の額を小さくできることがあります。損益通算とは、同一年分の利益と損失を合算することをいいます。例えば年の途中に起業した個人がその年の事業は赤字だった場合、給与所得と事業所得の赤字を合算することが可能です。
 損益通算を行うと、その分、課税対象になる所得が減るので、納める税金の額が小さくなります。ただし、損益通算には一定のルールがあり、すべての所得について合算できるわけではありません。
 ここが信託組成段階でも重要なポイントです。

(2) 損益通算ができる所得とできない所得
 損益通算ができる範囲については、細かくルールが定められています。何らかの損失が出た結果、赤字となった場合に、他の所得と損益通算ができる所得は、以下の4つの所得に限られます。

 【損益通算ができる所得の種類】  ○ 不動産所得:土地や建物の貸付などによる所得
○ 事業所得 :各種事業を営むことによる所得
○ 譲渡所得 :土地、建物、株式、ゴルフ会員権などの資産を譲渡することによる所得
○ 山林所得 :山林を伐採して譲渡したり、立木のままで譲渡したりすることによる所得

 ただし、これらの所得の赤字であっても、一部損益通算できないものがあります。不動産所得の赤字と給与所得は、原則として損益通算が可能ですが、赤字を招いた損失の内容によって他の種類の所得との損益通算は認められない場合があります。ここで家族信託での留意事項がでてくるわけです。

2.受益者等課税信託の不動産所得の損益通算の特例概要

 家族信託を設計する時に税金について留意しなければならないことがいくつかありますが、標題の特例は特に留意を要する事項です。
 近い将来大規模修繕が予定されるような不動産所得の経費が多額になることが予想される時には、当該不動産にどのような信託契約を設計するかを検討することが重要です。

(1)特例の背景
 受益者等課税信託から生じた不動産所得の損失は、なかったものとみなされます。これが受益者等課税信託において、不動産所得がある場合に税務上注意が必要な不動産所得の損益通算の特例といわれるものです。
 なぜこのような特例ができたかには理由があります。以前、組合を活用して目に余るような節税スキームが流行しました。例えば組合の組合員からの出資金及び借入金を原資として高額な減価償却資産(航空機・船舶等)を購入し、それを他の者に貸し付ける事業を営んでいる場合において、減価償却費や借入金の支払利息を計上することでによって創出した組合員損失を組合員に帰属させることで、組合員の他の所得を圧縮し税負担の軽減を図るというスキームです。
 このような節税対策スキームに歯止めをかけるため平成17年度の税制改正において組合を利用した手法に損益通算できないようにされました。その後に平成19年度の税制改正において受益者等課税信託についても適用されることとなりました。信託を通じた租税回避の行為の防止のために設けられた措置です。

(2) 損益通算について
 不動産の信託の中でも、賃貸物件など不動産所得がある人が信託をするときは、損益通算について注意が必要です。
 受益者が個人の場合、信託から生じた損失は、原則として損失として取り扱われるのですが、信託から生じた損失が不動産所得の損失である場合、平成18年以後は、不動産所得の計算上なかったものとされます(措法41条の4の2第1項、措令26の6の2第4項)。したがって、信託から生じた不動産所得の損失は、当該信託以外からの所得と相殺することはできませんし、翌年以降に繰り越すこともできません。

(3) 個人の場合の他の不動産所得との損益の通算
 特定受益者に該当する個人が、その受益者等課税信託から生じる不動産所得を有する場合において、その年分の不動産所得の金額の計算上その受益者等課税信託による不動産所得の損失の額があるときは、その損失の金額に相当する金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額を不動産所得の金額とする規定であり、損益通算の規定その他所得税に関する法定の規定の適用については生じなかったものとみなされます。
 本特例の対象となる特定受益者とは信託の所得税法第13条第1項に規定する受益者としての権利を現に有する受益者および同条第2項に規定するいわゆるみなし受益者(信託の変更をする権限を現に有し、かつ、その信託財産の給付を受けることとされている者)をいいます。本特例の対象となる信託は受益者等課税信託に限られ、受益者等課税信託における受益者等はすべて特定受益者として本特例の対象となります。
 つまり、信託による不動産所得が赤字となった場合には、その信託損失はなかったものとみなされます。したがって損益通算はもちろん、受益者個人の信託以外の不動産所得との内部通算もすることができません。(措法41条の4の2、措令26条の6の2④)。
 なお、受益者等課税信託の受益者はすべて特定受益者に該当しますが、これは、組合の場合の組合員と異なり、信託の場合は受益者は、重要業務のうち、契約を締結するための交渉その他の重要な部分すべてを自ら執行する者となるためとされています。

○ 租税特別措置法第41条の4の2 特定組合員等の不動産所得に係る損益通算等の特例(抜粋)
 特定受益者が信託から生ずる不動産所得を有する場合において、その年分の不動産所得の金額の計算上当該信託による不動産所得の金額の損失の金額として政令で定める金額があるときは、当該損失の金額に相当する金額は、所得税法第26条第2項(不動産所得)及び第69条第1項(損益通算)の規定その他の所得税に関する規定の適用については、生じなかったものとみなす。

(4) 受益者等課税信託による不動産所得の損失の金額
 受益者等課税信託による不動産所得の損失の金額とは、特定受益者のその年分の受益者等課税信託から生ずる不動産所得に係る必要経費に算入すべき金額の合計額に満たない場合におけるその満たない部分の金額に相当する金額となります(措令26条の6の2④)。
 したがって、受益者等課税信託による不動産所得の損失の金額が発生し、それ以外の一般の不動産所得の黒字があったとしても損益通算をすることができません。なお、複数の受益者等課税信託から生じる不動産所得を有する場合には、それぞれの受益者等課税信託ごとに不動産所得の計算を行います(措置法通達41の4の2-1)。

(5) 複数の信託契約があった場合
 信託した物件が複数あり、個々に信託契約が結ばれている場合において、その信託契約に係る不動産所得の金額の計算は、その個々の信託契約ごとに計算することになりますから、ある信託契約に係る不動産所得の金額に損失が生じた場合に、その損失の金額を他の信託契約に係る不動産所得の金額(黒字)から控除(通算)することはできません。租税特別措置法通達41の4の2-1《複数の組合契約等を締結する者等の組合事業等に係る不動産所得の計算》の「また書き」において、「受益者等課税信託から生ずる不動産所得の金額は、各受益者等課税信託ごとに行う」こととして取り扱うことを明らかにしています。

3.受益者が個人と法人の違い

 上記は個人の取扱いを記載しましたが、受益者が個人の場合と法人場合には規制が異なりますので、注意が必要です。

(1) 受益者が個人の場合
 受益者が個人の場合、信託から生じた損失は、原則として損金がなりますが、信託から生じた不動産所得の損失である場合は不動産所得の計算上なかったものとされます(措法41の4の2①、措令26の6の2④)。したがって、信託から生じた不動産所得の損失は、その信託以外の所得とは相殺することができません。また、信託された不動産所得の損失はなかったものとされるため、翌年以降に繰り越すこともできません。
 なお、受益者が個人の場合、損失の規制は不動産所得に限定されています。したがって、不動産所得以外の所得については損失を計上することは可能です。

(2) 受益者が法人の場合
 受益者が法人の場合、信託から生じた損失は、原則として損金になります。しかし、受益者にとって信託の債務を弁済する責任の限度が実質的に信託財産の価額までとされている場合に、信託から生じた損失が、調整出資等金額を超えるのであれば、その超える部分の金額は、損金に算入されません(措法67の12①)。
 調整出資等金額とは、受益者にとっての信託財産に係る課税法上の簿価純資産価額に相当する一定の金額をいいます(措令39の31⑤)。
 これは、受益者が負っている責任が信託財産を限度としており、受益者固有の財産に係る債務を負うことがない場合には、税務上も信託財産の額を超えて損失を計上することを認めないという趣旨です。
 なお、信託から生じた損失の金額が信託財産の簿価純資産を超えたために損金に計上されなかった金額は、翌年度以降に繰り越すことが可能です。すなわち、翌年度以降に当該信託から利益が生じた場合には、繰り越された損失を当該利益の額を限度として取り崩して損金に計上することが可能になっています(措法67の12②、措令39の31⑨)。
 また、信託契約書を複数行っている受益者の場合、損益通算の計算は、信託ごとに別々に計算するという点に注意が必要です。したがって、異なる信託において繰り越されている損失を、別の信託で計上された利益があるからといって、取り崩すことはできません。
 その他の留意点として、信託の最終的な損益の見込みが実質的に欠損となっていない場合において、契約等において、損失補償条項がある等により、信託の損益が明らかに欠損とならないと見込まれる場合には、信託から生じる損失は損金に算入されない(措令67の12①、措令39の31⑦)点も注意が必要です。

4.事例への当てはめ

 佐藤さんはA物件の大規模修繕の予想を精査することにしました。ただ、大規模修繕は数年後の予定なので金額が大幅に変更されることもあり得ます。将来のことを考えて長男を受託者にして信託契約を締結することにしましたが、A物件・B物件と別々の信託契約では不利益となることがあるかもしれません。
 自分はまだまだ元気なので、将来A物件とB物件を長男と次男がスムースに取得できるところまで配慮して信託契約を工夫して組成する必要があります。