※当記事は2026年1月の内容です。
家族信託が広く知られるようになり、実務家が作成した信託契約書を見る機会も年々増えてきました。その中で、率直に「これは実務で本当に機能するのだろうか」と疑問を感じる契約書に出会うことも少なくありません。
制度としての家族信託は、自由度が高く、設計の幅が非常に広い契約です。その自由さは大きな魅力である一方で、使い方を誤ると、かえって依頼者やその家族を混乱させてしまう危険性も孕んでいます。特に注意すべきなのが、実務家自身の「自己満足」によって設計された家族信託です。
複雑すぎる受益者連続型信託の落とし穴
よく目にする例の一つに、受益者連続型信託で最終受益者が細かく設定されているケースがあります。理論上は可能であり、法的にも否定されるものではありません。
しかし、実際の運用場面を想像すると、多くの課題が浮かび上がります。
確かに受託者が一人であれば、信託財産の管理・処分についての意思決定自体は可能です。しかし、受益者が複数存在する場合、収益の分配方法、修繕費や固定資産税などの費用負担、さらには税務申告の実務など、調整すべき事項は一気に複雑化します。受益者同士の利害が一致しない場面も想定され、信託が「家族の安心のための仕組み」であるはずが、かえって新たな紛争の種となる危険性すらあります。
制度として可能かどうかではなく、「実務として回るか」「将来にわたって無理なく運用できるか」という視点が欠かせません。
不動産ごとの受益権設定は本当に合理的か
もう一つ、実務上よく見かけるのが、不動産ごとに受益者を割り当てる設計です。たとえば「Aアパートの受益権は長男、Bアパートの受益権は二男」といった形です。一見すると、相続時のイメージがしやすく、依頼者にも説明しやすい設計に見えます。
しかし、信託の本質を踏まえると、ここにも注意が必要です。信託は、個々の不動産ごとに独立して存在するのではなく、「一つの信託」という箱の中に複数の財産が入っている状態です。そのため、収益や費用をどのように帰属させるのか、管理コストをどう按分するのかといった問題が必ず生じます。
このような場合、アパートごとに信託を分けて設計するほうが、実務的に合理的であるケースも少なくありません。設計の段階で「どの形が一番シンプルか」「将来の管理者に過度な負担をかけないか」を冷静に検討する必要があります。
自由度の高さが招く錯覚
家族信託は選択肢が多く、条項設計の自由度が高い契約です。そのため、実務家が知らず知らずのうちに
「これだけ複雑な信託を組めるのは自分だけだ」
「高度な設計こそが専門性の証だ」
という自己満足に陥ってしまう危険があります。
しかし、家族信託は実務家の技量を誇示するための制度ではありません。依頼者とその家族が、将来にわたって安心して使える仕組みであることが最優先です。複雑な設計が、運用段階で機能不全を起こしたり、受益権承継時や信託終了時に大きな混乱を生むのであれば、それは「失敗した信託」と言わざるを得ません。
実務家に求められる想像力
家族信託を設計する際、実務家に最も求められるのは、条文を作る能力以上に「想像力」だと感じています。
・受益者同士の関係性が変化した場合、問題は生じないか
・税務、金融機関対応、登記実務まで含めて無理はないか
こうした点を具体的に想像し、将来起こり得る場面を一つひとつ検証しながら設計する姿勢が不可欠です。
家族信託はあくまで「ツール」です。目的を見失い、制度そのものを使うことが目的化してしまえば、どれほど高度な契約書であっても、依頼者の安心にはつながりません。
結びに
家族信託の普及とともに、実務家の力量がこれまで以上に問われる時代に入っています。自由度の高さに振り回されるのではなく、依頼者にとって本当に必要なシンプルさとは何かを見極めること。それこそが、実務家としての責任であり、信頼につながると考えています。
「使える信託かどうか」。
この問いを常に自らに投げかけながら、自己満足ではなく、依頼者本位の家族信託を積み重ねていくことが、今後の家族信託実務において最も重要な姿勢ではないでしょうか。