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一般公開

家族信託と居住用不動産(空き家)譲渡の特例

2023年4月

 空き家問題、特に実家の空き家が多くなっていることは社会問題化してきています。平成28年度税制改正において「居住用空き家譲渡特例」が創設されました。父と母が亡くなった後で実家を売却する事例は多くなると予想されます。では家族信託を利用する場合に本制度は適用できるのか。本稿では被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例が家族信託でも利用できるかという点について、令和4年12月20日の文書回答事例が公表されましたが、その内容の検討をさせていただきます。

(本稿は、家族信託実務ガイド第22号(日本法令)2021年8月を加筆修正しています)

第1 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例概要

  別紙参照

第2  国税庁文書応答事例の内容

1.信託財産と居住用不動産の空き家控除の適用

 令和4年12月20日に信託税務に関する重要な東京国税局の文書回答事例が公表されました。

この回答事例によって「信託終了後に帰属される信託不動産については、相続後の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例の適用を受けられない」ということが示されました。

2.本件回答のポイント

(1) 照会事例

 照会者(受託者)は、照会者の母(委託者兼受益者。以下「母甲」といいます。)との間で母甲の居住用家屋及びその敷地(以下「本件物件」といいます。)を信託財産とする信託契約(以下、「本件信託契約」といい、本件信託契約に係る信託を「本件信託」といいます。)を締結していたところ、本件信託は受益者の死亡を信託終了事由としていたことから、母甲の相続開始により本件信託は終了し、残余財産となった本件物件は、残余財産の帰属権利者である照会者及びその弟(以下「照会者ら」といいます。)に帰属することとなりました。

 照会者らは、母甲の相続開始日が属する年の翌年に本件物件を譲渡しましたが、その譲渡に係る譲渡所得の計算上、租税特別措置法第35条第3項《居住用財産の譲渡所得の特別控除》に規定する特例(以下「本件特例」といいます。)を適用するに当たり、本件物件が本件信託の残余財産として照会者らに帰属したこと(以下「本件帰属」といいます。)は、同項に規定する取得(相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含みます。以下同じです。)による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等(以下「被相続人居住用家屋等」といいます。)の取得。)に該当すると解し、その他の要件を満たす限りにおいて、本件特例の適用を受けることができると解してよいかという内容です。

(2)空き家特例は適用対象者は相続人に限定

 回答趣旨は以下のようにまとめられています。

①措置法35条3項の趣旨は相続人が、相続により、その意思の如何にかかわらず、被相続人居住用家屋等の適正管理の責任を負うこととなることを踏まえ、適用対象者を相続人に限定している。

②「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」をした場合に限り適用すると規定したものである。

③信託終了による残余財産の取得は法律上の相続又は遺贈には当たらず、受託者(照会者)は信託行為の当事者である。

④信託行為の当事者ではない帰属権利者は、その権利を放棄することができること(信託法183③)。

 以上により、帰属権利者による残余財産の取得を相続人による相続又は遺贈による財産の取得と同様に取り扱うことは相当ではないと考えられます。

(3) 信託終了に伴う取得

 以上のことから、次のように結論づけられています。

 『信託契約に基づき、委託者兼受益者の相続開始という信託終了事由の発生により信託が終了したことに伴い、当該信託に係る残余財産を帰属権利者が取得したことは、空き家控除特例に規定する相続人による「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」に該当するとは認められず、また、死因贈与契約に基づき当該残余財産を取得したとする事情も認められないので、残余財産の譲渡に係る譲渡所得の計算上、空き家控除特例の適用を受けることはできません。』

 以上により、信託契約の終了に伴い帰属権利者が取得した居住用不動産には「居住用空き家譲渡特例」は適用できないということになります。

第3 家族信託において空き家控除の適用があるか

1.筆者が東京国税局に照会した

 「居住用空き家譲渡特例」では被相続人から相続又は遺贈により取得したことが要件ですが、信託受益権として相続した信託財産である居住用家屋の敷地等であっても、相続後に譲渡した場合には本特例が対象になるかが論点となります。筆者は令和3年3月に東京国税局に対して照会をし、口頭により回答をいただきました。

2.事例検討

(1) 信託契約の締結

 甲(委託者)の判断能力が低下し、あるいは委託者が死亡して後においても、信託財産である自宅の土地建物(信託不動産)を譲渡して資金を得ることにより、委託者ならびに配偶者の安定した生活ができるように丙(二女)を受託者として信託契約を締結しました。

 丙、丁、戊とも配偶者がおり、それぞれ自宅を持っているため、甲と乙が現在居住している不動産は相続後に売却をする予定です。

(2) 公正証書信託契約の内容

 本件公正証書信託契約は信託法第91条に規定された「受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する定め」のある信託です。当初受益者は甲であり、甲死亡後の二次受益者は甲の配偶者乙が2分の1、長女丁が6分の1、二女丙が6分の1、三女戊が6分の1となっています。また、二次受益者が委託者よりも先に死亡した場合は、「死亡した当該受益者の推定相続人がその法定相続分に従って、当該受益権または受益権割合を取得する。」ことになっていました。

(3) 租税特別措置法第35条第3項の適用範囲

 同条の適用範囲は「相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。以下第5項までにおいて同じ。)による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした相続人(包括受遺者を含む。以下この項において同じ。)が・・・次に掲げる譲渡・・・をした場合には、第1項に規定する居住用財産を譲渡した場合に該当するものとみなして、同項の規定を適用する。」とされており、他の適用要件が満たされていれば、相続による取得によりその後譲渡した場合には同条が適用されます。

(4) 相続による終了取得が該当するか

 本件公正証書信託契約により取得する居住用不動産は、当初委託者または委託者の配偶者が死亡したことにより終了して、居住用不動産を相続人(当初委託者または委託者の配偶者の相続人が既に死亡していた場合には当該相続人の相続人)が取得し売却することを想定していました。このように信託が終了してしまった場合でも所得税法上で当該不動産を相続により取得したものに該当するかの疑義があります。

 当初の信託契約は当初委託者および委託者の配偶者が死亡した時に終了する内容となっていました。信託契約の終了により、帰属権利者である二次受益者が信託不動産を譲渡したときに、相続税法第9条の2第4項においては清算手続きを前提としており、受益権の信託財産である不動産を譲渡したときも、所得税法上の規定が準用されるのか、判然としておりません。

(5) 信託契約の変更契約

 そこで、当初委託者または委託者の配偶者が死亡したことによる信託終了はせずに、信託契約が継続して相続人が受益権を取得していれば、所得税法上の相続により取得したものとみなされ、租税特別措置法第35条第3項の適用の範疇に該当すると考えられるため、信託契約を変更いたしました。

 終了事由は以下のように改めました。

(1) 受託者及び受益者(受益者代理人を含む。)が合意したとき

(2) その他信託法に定める事由が生じたとき

 上記終了時の変更後の信託契約の他の概要は次のような内容となりました。

  ○  委託者   甲

  ○ 受託者   丙

  ○ 当初受益者 甲

  ○ 二次受益者 受益者死亡後の受益者は、相続によりその受益権を承継する

  ○ 信託の終了 受託者及び受益者が合意したとき、その他信託法の定める事由

 当初受益者に相続があり、二次受益者である乙にも相続が発生した時は、相続人である丙、丁、戊は父母が居住の用に供していた信託財産を譲渡する意向です。この場合、租税特別措置法第35条第3項の規定が適用されることとなるかを、検討いたしました。

3.相続税法第9条の2の構成

 相続税法第9条の2は以下のような構成になっています。

① 新たに信託の効力が発生した場合(同①)

② 受益者等の存する信託について新たな受益者等が存するに至った場合(同②)

③ 受益者等の存する信託について当該信託の一部の受益者等が存しなくなった場合において残存受益者に権利の移転があった場合(同③)

④ 受益者等の存する信託が終了した場合(同④)

 残余財産受益者等は、当該信託の残余財産を当該信託の受益者等から贈与又は遺贈により取得したものとみなす

⑤ 特定委託者(同⑤)

⑥ 第1項から第3項に該当する場合に限り、信託に関する権利または利益を取得した者は、当該信託の信託財産の属する資産及び負債を取得し、又は承継したものとみなして相続税法の規定を適用する(同⑥)

4.照会した回答内容

 上記の照会に対する回答は文書ではいただけませんでした。文書による回答は、法令上の解釈として可能なので、確認事例になり文書回答事例にはなじまないということです。

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/sodan/kobetsu/bunsho/gaiyo01/01.htm

 結論としては以下のような内容です。

 本件においては、母が死亡した時に受益権を相続します。相続により取得した不動産の売却に該当します。信託受益権の財産を譲渡するときには所得税法第13条の規定により、当該不動産を譲渡したものとして取り扱かわれることになります。そこで、相続により取得した不動産の売却では、措置法35条3項の特例が適用され、いわゆる空き家特別控除はその他の要件が充足されていれば、適用されることになります。ただし、あくまでも照会事例の内容により判断をしていることであり、信託契約が連続型であるか否かという件が照会ではありませんので相続税法上の検討はされてはいません。

5.当てはめ

 国税庁文書回答事例では、信託終了後に帰属権利者に帰属した居住用不動産は、空き家控除特例に規定する相続人による「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」に該当するとは認められないとされています。そこで、筆者の事例のように信託を終了させずに受益者連続型信託にして、いったん相続人が受益権を相続した後に土地建物等を譲渡すれば、空き家控除の適用があると考えられます。

第4 事業承継信託の事例

1.国税庁質疑応答事例 令和4年11月更新分

(1) 国税庁質疑応答事例の新着情報

  被相続人甲の死亡により信託の受益者となった相続人乙が、信託の終了に伴い信託財産であった非上場株式を取得してその発行会社に譲渡した場合における租税特別措置法第9条の7及び第39条の適用の可否が公表されました。この事例は、委託者兼受益者の死亡により委託者の死亡により本件信託の受益者となった後、本件信託の終了に伴って信託財産である本件株式を取得した場合において、「みなし配当特例」と「相続税額の取得費加算の特例」が適用できるかという事例です。

(2) 回答要旨

  乙は、被相続人甲の死亡によって本件信託の受益者となったことから、本件信託の信託財産に属する資産である本件株式を遺贈により取得したものとみなされ、その取得につき相続税が課されることになりますので(相法9の2⑥)、乙が本件信託の終了に伴って取得した本件株式の譲渡は、相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された非上場会社の発行した株式の譲渡(措法9の7①、39①)に該当します。

 したがって、乙は、みなし配当特例及び相続税額の取得費加算の特例の適用を受けることができます。

2.相続人が発行法人に対して株式を譲渡した時の課税

 自社株式を承継する事業承継後継者が、相続税を納税するために相続した自社株式を発行法人に対して譲渡することにより、納税資金を捻出する事例は散見されるところです。この時には次の(1) (2) の課税の特例が利用できるとされています。

 (1)  みなし配当課税の適用除外

  相続又は遺贈による財産の取得をした個人がその相続の開始があった日の翌日からその相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間にその相続税額に係る課税価格の計算に算入された上場株式等以外の株式(以下「非上場株式」といいます)を当該非上場株式の発行会社(以下「非上場会社」といいます)に譲渡した場合には、一定の手続きの下で、非上場株式の譲渡の対価として発行会社から交付を受けた金銭の額が、発行会社の資本金等の額のうちその交付の基因となった株式に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額についてはみなし配当課税を行われません(措法9の7①、措令5の2)。

  また、この適用を受ける金額については、株式等に係る譲渡所得等に係る収入金額とみなして、株式等に係る譲渡所得等の課税の特例を適用することができます(措法9の7②)。

(2) 相続税の取得費加算の特例

 相続または遺贈により財産を取得した者が、その取得した財産を相続開始の日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までの間に、相続税の課税価格に参入された資産の譲渡をした場合には譲渡所得の金額の計算上、次の算式で計算される金額を取得費に加算することができます(措法39)。

3.特例の規定から

 租税特別措置法39条は「相続又は遺贈による財産の取得」になっていますので、特に非上場株式や信託受益権であっても適用はあるものと思われます。

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租税特別措置法第39条  相続財産に係る譲渡所得の課税の特例

  相続又は遺贈・・・による財産の取得・・・をした個人で当該相続又は遺贈につき同法の規定による相続税額があるものが・・・資産の譲渡・・・をした場合における譲渡所得

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 ところが、租税特別措置法9条の7は非上場株式に限定しています。

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 租税特別措置法第9条の7

  相続又は遺贈・・・による財産の取得・・・をした個人で当該相続又は遺贈につき同法の規定により納付すべき相続税額があるものが、・・・株式会社以外の株式会社(以下この項において「非上場会社」という。)の発行した株式をその発行した当該非上場会社に譲渡した場合

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4.事業承継信託への応用

 家族信託契約においても事業承継の事例として、次のような事業承継信託を設計をすることがあります。オーナー経営者の認知症対策やM&Aへの準備等の一定のニーズがあり、一部の信託銀行や信託会社でも取り扱っています。

<設計>

 委託者 オーナー経営者

 受託者 後継者

 当初受益者  オーナー経営者

 第2次受益者   オーナー経営者の死亡により後継者が受益権を取得

 このような信託でオーナー経営者の死亡により信託契約が終了せずに継続をするようにした場合を検討してみます。当該信託契約を信託契約を委託者の死亡により終了するものではなく、委託者の死亡後も継続し、「受託者および受益者(受益者代理人を含む)が合意したとき、その他信託法に定める事由が生じたときに終了させる」として、設計します。委託者が死亡して、後継者が受益者となると、本ケースでは受益者と受託者が一致して、信託法163条2号により1年で信託が強制終了になります。

 ただし、相続後すぐに後継者は信託財産である自社株式を受託者として発行法人に対して譲渡した場合には(1) (2) の特例が適用されるものと考えられます。後継者は納税資金として利用できる幅が広がるのではないか思われます。

5.オーナー経営者の死亡終了の課税関係

 オーナー経営者の死亡により、後継者が信託受益権を取得して、信託受益権を発行法人に対して譲渡したとしても、条文上は株式の譲渡ではないため特例の適用がないことは明らかです。したがって、信託を設計するときに、上記の理由で信託が終了しないように考えておく必要があります。

 家族信託契約では委託者死亡により終了させることにはしないで、受益者連続型信託にしておいてから、一定の事由により終了させることにより相続税法第9条の2第6項を適用することも、十分に配慮する必要があるように思われます。