※当記事は2024年10月の内容です。
家族信託の契約は、資産運用として利用されている「商事信託」の契約と異なり、管理の対象となる財産(信託財産)は様々であり、また信託の仕組みで何を実現したいかという利用目的により様々な設計が考えられ、そのバリエーションは多種多様なものになります。その中でも、信託契約の終わらせ方、いわゆる“出口”をどうするかというのが、家族信託の設計において、とても重要な要素になります。
そこで、本稿では、「信託契約の終了事由」について取り上げたいと思います。
(1)典型的な2つの終了パターン
多種多様なバリエーションが考えられる家族信託の設計ですが、大きく分けると実は2つの設計パターンに収れんされると言えます。
まずは、2つの設計パターンについてご説明します。
① 死亡終了型
「死亡終了型」は、最も典型的な家族信託の設計パターンと言えます。
これは、誰かの「死亡」により信託契約が終了する設計です。
例えば、高齢の父親の生涯にわたる財産管理・生活を支えるため、その父親を委託者兼受益者としてスタートさせ、その父親が死亡したことにより、信託契約を終了させるという“一代限り”の信託契約がこのパターンに当てはまります。
また、高齢の老夫婦の生活を支えるため、委託者兼当初受益者を父親、父親亡き後、その配偶者である母親を第二受益者とし、二人を看取った段階で、その役割を終えて信託契約が終了するという“受益者連続型”もこのパターンです。
つまり、誰か特定の家族のために、その生涯にわたる財産管理や生活サポートを実現することを意図して信託の仕組みを使用するイメージです。
この設計は、依頼人家族が理解しやすいので、ご提案する我々専門職にとっても提案しやすいと言えます。
そして、信託契約が終了した時点で受託者が管理していた信託財産(これを「信託の残余財産」と言います。)については、誰に承継させるかということも信託契約の中で規定することができますので、いわゆる遺言代用機能としても非常に分かりやすい設計になります。
② 合意終了型
もう一つの設計パターンである「合意終了型」は、いつ契約が終わるかという終了時期を定めない設計です。したがって、「無期限型」とも言えます。
つまり、あらかじめ終了するタイミングは設けず、受益者と受託者が納得したタイミングまでずっと存続するイメージとなります。
例えば、高齢の父親が収益性の高いテナントビル1棟を保有している場合に、その父親の賃貸経営の盤石化のために家族信託を実行しつつ、父親亡き後も信託契約を存続させ、このビルの賃料収入を複数の子でシェア(例えば3兄弟で受益権を各1/3ずつ保有)する設計にします。
さらに、3兄弟が亡くなっても、死亡した兄弟の子(父親からみれば孫)がその1/3の受益権を承継するような形で、3兄弟の家族が世代をまたいで長期的に賃料収入を分け合うことが可能です。
そして、いつかテナントビルが老朽化してきて賃貸経営を閉じるべきタイミングで、受託者がこの信託不動産をすべて売却してお金に換え、この換価代金を3兄弟の家族に分配して終了するというイメージです。
家族信託の設計段階では、いつ賃貸経営を終了させるべきか予測がつきませんし、もし3兄弟の代で換価したとしても、その3兄弟が既に高齢になっていたら、その高齢の兄弟のための金銭管理の仕組みとしてこの家族信託を存続させることも可能です。
いつ終わるか分からないため、当初受益者、第二受益者だけではなく、さらにその先の後継受益者まで想定しておくことも求められるます。したがいまして、家族信託の設計としては難易度が高いですし、依頼人家族にとりましても、ちょっと理解が難しい提案になるかもしれません。
前述の「死亡終了型」を家族信託の基本形とすれば、この「合意終了型」は、その応用形とも言えるパターンとなります。
(2)典型的2パターンにおける残余財産帰属権利者
2つのパターンにおける“出口”、いわゆる信託終了後の最終的に残った信託財産の受取人(残余財産帰属権利者)は、大きく異なります。
そこで、下記に「死亡終了型」「合意終了型」の帰属権利者についてご説明します。
① 死亡終了型
「死亡終了型」における帰属権利者は、最終の受益者の「死亡」により財産を承継する者を意味しますので、いわゆる遺言代用機能として、信託契約書の中で帰属権利者を指定します。
また、遺言の機能ですので、もしも指定された者が先に亡くなっていた場合に備え、予備的帰属権利者の定めを置くことが一般的です。
なお、残余財産の帰属権利者として指定された者は、その受け取りを放棄することが可能です(信託法第99条第1項)。ただし、受託者は、信託の当事者となりますので、遡及効を有する権利の放棄ができないとされますので注意が必要です(信託法第99条第1項但書)。
② 合意終了型
「死亡終了型」における帰属権利者の指定に関する条項は、原則として「信託終了時の受益者」という規定を置くケースがほとんどであり、実際に信託を終了するのは、若い現役世代が受益者となっているタイミングが一般的です。
なぜなら、高齢の受益者の代で信託契約を終了して残余財産を高齢者の固有財産として渡してしまうと、その後の財産管理につき“資産凍結リスク”を負うことになるからです。
したがいまして、受益者が20~60代の現役世代となっているときに、受益者と受託者の合意で固有財産に戻すのが「合意終了型」の終了時期のイメージとなります。
なお、合意終了型においては、受益者の「死亡」で財産が移る訳ではないので、残余財産の帰属を「信託終了時の受益者」に指定しておかないと、受益者の存命中に財産が無償で他者に移転したことになり、贈与税の課税対象となることにもご留意ください。
(3)注意すべき終了事由
次に、「死亡終了型」「合意終了型」以外の信託契約の終了パターンの事例についてご説明すると共に、注意すべき「信託契約の終了事由」についてのご紹介をしたいと思います。
㋐受益者の死亡日の翌日
比較的よく見かける「受益者の死亡日の翌日」という終了事由は、信託終了時における信託財産責任負担債務について、相続税第9条の2第6項の解釈により相続税法上の債務控除が取れないのではないか、という懸念からこのような不自然な条項にしていると思われます。
ただ、本当に相続税法の立法趣旨において、信託終了時における信託財産責任負担債務について債務控除を認めないということであれば、信託の終了のタイミングを1日ずらすことで債務控除を受けられるようにするという規定そのものが、その相続税法の課税の趣旨を逃れる、いわば租税回避目的とした条項に他ならないとも言えます。
つまり、信託終了時の債務控除が認められないと仮定したとして、この条項を置くことで債務控除を受けようとするのは、後で税務当局による否認リスクがあると言わざるを得ず、有効な対処法とは言えません。
実際のところは、相続税第9条の2第4項の「残余財産」の素直な解釈により、信託終了時の信託財産責任負担債務も債務控除ができると結論付けられるので、やはり結論としては、このような条項を置く意味は無いと思われます。
また、受益者の死亡で信託を終了せず、1日でも後継受益者の概念を生じさせてしまうと、財産の承継は、あくまで後継受益者の受益権割合での承継になってしまいます。
例えば、信託の残余財産として、自宅・アパート・金銭3,000万円が残ったとして、「死亡終了型」を採用すれば、自宅は長男、アパートは長女、金銭は兄妹で金1,500万円ずつといった柔軟な分割・承継が可能になります。
その一方で、受益権として承継してしまいますと、長男・長女の承継する財産は受益権割合でしか概念し得なくなりますので、もし受益権割合を各50%と定めるとすれば、自宅もアパートも金銭もすべて等しく50%ずつ兄妹で共有する形での承継をせざるを得ないことになりかねません。
㋑不動産を売却したとき
自宅や収益物件などを信託財産として管理をスタートさせ、受益者の住居の確保や円滑な賃貸経営を目指すことは多いです。
そして、その信託不動産を売却したタイミングで、不動産の管理という役割がなくなるので、信託契約を終了させるケースがあります。
しかし、もし不動産を売却した際の受益者が高齢であるとすれば、そのタイミングで信託契約を終了させ、高額な換価代金を高齢の本人の固有財産に戻すことは、高齢者の“資産凍結リスク”を顕在化しかねないと言えます。
不動産を換価処分した後のお金の管理も非常に重要な役割になりますので、不動産の売却により自動的・強制的に信託契約が終了するのではなく、先の「合意終了型」でご説明した通り、信託終了のタイミングを柔軟に決められる方がベターなケースも多いでしょう。
つまり、不動産の換価代金を受益者に受益権割合に応じて分配して終了することもできますし、その一方で換価代金の管理を目的とする金銭信託として存続する余地を残すことも大切だと考えます。
㋒受託者が死亡したとき
予備の受託者の担い手がいない場合、例えば老親を支えるのが“一人っ子の独身”である場合などにおいては、もし唯一の受託者が死亡などで財産管理が継続できなくなったら、信託契約を終了せざるを得ないということを想定しなければなりません。
このようなケースでは、信託契約の終了事由として「受託者 ●●の任務が終了したとき」とすることが考えられます。
ただし、実務においては、そんなにシンプルに片付けられるお話でもありません。
信託契約が終了すると、信託財産のとりまとめ・清算活動をする「清算受託者」が必要となります。
通常は、「信託終了時の受託者」がそのまま清算受託者になるケースが一般的ですが、信託終了時の受託者が存在しない訳ですので、新たに清算受託者を選任する必要があります。
この時、受益者が元気であれば、受益者自身が清算受託者になって自分で事後処理をすることがベター・ベストでしょう。
しかし、その時点で受益者に判断能力が無ければ、清算受託者の選任から手続きが難航することが想定されます。
そこで、このように後継受託者が想定できないケースでは、家族信託に精通した法律専門職と委託者兼受益者の間で任意後見契約を交わしておき、家族信託に代わる高齢者本人を支える新たな仕組み作り(バックアップ体制の構築)をすることも選択肢になります。
もし受託者が欠けて信託が終了するという不測の事態が起きた際に、その時点で受益者の判断能力に陰りがあれば、専門職が任意後見人に就任して(任意後見契約を発動させ)、信託の清算と任意後見による財産管理・生活サポートに移行する体制をとることができます。
㋓受託者単独の終了の意思表示
受託者が単独で信託契約の終了の意思表示をすることにより、信託を終了させるという終了事由を設けることもできます。
この終了事由は、委託者兼受益者と受託者との絶大な信頼関係があるから設けることができるとも言える訳ですが、もし将来において受益者と受託者との関係性が悪化した場合には、財産管理を担う役割(受託者の義務)を投げ出す意図で、信託契約を終了することも出来てしまいます。
したがいまして、このような条項を置いてよいのか、しっかりとそのリスクを見極める必要があるでしょう。
㋔受益者単独の終了の意思表示
信託法第164条第1項に基づき、委託者兼受益者は、いつでも信託契約を終了させることができるとされています。
しかし、委託者兼受益者は高齢であることが想定され、高齢化に伴い事実誤認・誤解を生じやすく、また委託者兼受益者の冷静さを欠く感情的判断により、信託契約を一方的に終了することが可能になる条項にはリスクも伴います。
もちろん、委託者兼受益者の判断能力に著しい低下がみられれば、受益者による信託終了の意思表示自体が無効と解釈できる余地があります。とはいえ、感情的なもつれから、信託契約を終了させようとする受益者と信託契約を続けようとする受託者との間で紛争になるリスクもはらんでしまうので、実務においては、信託法第164条第1項の適用を排除することが多いです。
(4)結論・まとめ
信託の終了事由の区別により、家族信託の設計は主として「死亡終了型」と「合意終了型」に分けることができます。
この2つの設計パターンを駆使して、様々なケースにおいて、委託者兼受益者及びその家族のニーズに即した信託の設計をすることが重要です。
そして、時には、「死亡終了型」「合意終了型」に当てはまらない臨機応変な信託の終了事由の検討も必要でしょう。
ただし、変則的な信託の終了事由は、注意すべき要素が含まれておりますので、家族信託に精通した専門家と依頼人家族を交えた“家族会議”でしっかりと検討を重ねることが重要です。