家族信託普及のための実務に役立つ情報を会員の皆さまに定期発信中です!

一般公開

#信託契約書のチェックポイント

第4回 信託内容の変更条項

一般公開期間:2024年7月1日 ~ 9月30日

※当記事は2024年7月の内容です。

(1)信託内容の変更の可能性とその対策の必要性

 一旦スタートした信託契約も、当事者の事情、信託財産の状況などの変更により、信託契約の内容を変更すべきケースが起こります。
 信託法においては、第149条第1項で「信託の変更は、委託者、受託者及び受益者の合意によってすることができる。」となっています。また、信託契約書においても、「受益者は、受託者との合意により、本件信託の内容を変更することができる。」という条項が置かれていることが多いです。委託者兼受益者と受託者の契約によりスタートした信託は、両者の合意が無ければ変更できないという定めは合理的であると考えます。
 ただし、このような定めを置いた場合、もし将来受益者において認知症や大病、事故等により判断能力の著しい低下・喪失がみられたときは、信託内容の変更はできなくなるリスクが有ります。何十年と継続する設計もあり得る家族信託においては、現段階で想定もしなかった事態が起こり得ることを認識しなければなりません。
 そこで、もし万が一受益者やその家族にとってメリットのある信託内容の変更をすべきときに、受益者の判断能力の問題で変更ができなくなるリスクを踏まえ、どのような契約条項を置くべきかを検討すべきです。

(2)受益者に代わる変更権者を用意する方策

 ここでは、受益者の判断能力の低下があっても、信託内容の変更に支障が無いようにその変更権者をどのように設定すべきかについて、代表的な方策をご紹介します。

 ①受益者代理人を設置する   受益者(委託者兼受益者)の判断能力が著しく低下又は喪失しても、信託契約の内容を変更できるように、「受益者代理人」を置くという方策が考えられます。
 受益者代理人は、原則として受益者の一切の権利を行使することができますので、信託契約書の中に「受益者は、受託者との合意により、本件信託の内容を変更することができる。」という一般的な条項がある場合、「受益者代理人は、受託者との合意により、本件信託の内容を変更することができる。」というように読み替えることができることになります。
 ただし、この前提として、信託契約書に信託内容の変更条項を置いておくことが必要です。もし「受益者は、受託者との合意により、本件信託の内容を変更することができる。」という条項を置いておかない場合、前述の信託法第149条第1項の「信託の変更は、委託者、受託者及び受益者の合意によってすることができる。」が適用されることになります。この場合、受益者代理人がいれば「受益者」の立場を担えますが、「委託者」の立場を受益者代理人が担うことはできませんので、結局、委託者兼受益者の判断能力が低下したら、信託内容の変更はできなくなります。
 なお、受益者代理人の担い手は、受託者以外にも信頼できる家族・親族がいれば(信頼できる家族・親族の中から最も財産管理・給付の事務がスムーズにできる人が受託者になるのが一般的ですので)、その方がふさわしいかもしれませんが、ご家族構成やご家族の居住地、置かれた環境、信託財産の内容などにより慎重に検討することも必要でしょう。
 ②信託監督人を設置する   受益者の判断能力低下で信託内容の変更ができなくなるリスクに備える場合、受託者の財産管理や受益者への財産給付行為(=信託事務)をチェックする役割を担う「信託監督人」を置くという方策も考えられます。
 この場合は、「受託者と信託監督人は、その合意により、本件信託の内容を変更することができる。」という条項を置くことが想定されます。つまり、信頼できる受託者と信託監督人の協議・合意で信託内容の変更をできるようにして、敢えて受益者自身を変更権者から外しておくという考え方です。受益者が将来認知症等になるケースに備えておく場合や、後継受益者に既に判断能力のない配偶者や障害のある子を指定する場合に有効となるでしょう。
 なお、信託監督人は、客観的・俯瞰的立場から受託者の信託事務をチェックしますので、家族・親族だけではなく、第三者たる弁護士・司法書士・行政書士等の法律専門職などを指定することも良策となり得るでしょう。

(3)受託者が単独で変更できる条項について

 信託法第149条第2項第2号には、「信託の目的に反しないこと及び受益者の利益に適合することが明らかであるとき」は「受託者の書面又は電磁的記録によってする意思表示」だけで信託の変更ができると規定しています。
 つまり、信託の目的に反せず、受益者にとってもメリットがある軽微な変更については、受託者の単独の意思表示でできることが規定されています。
 この条項の趣旨も踏まえ、例えば、受益者と受託者の合意による変更を原則としつつも、信託契約書の中に「受託者が本件信託の目的に反しないこと及び受益者の利益に適合することが明らかであるときは、受託者は単独で本件信託の内容を変更することができる。」という条項を置くことも考えられます。
 ただし、この条項により対応できるのは、軽微な変更であり、後継受益者の定めや信託終了の終了事由、信託終了時の帰属権利者の定めなどについては、受託者単独で変更することはできないし、すべきではないと考えます。
 つまり、受託者単独での変更権限を明記することにより、軽微な変更についての対応がしやすくなるということは言えますが、受益者の判断能力の低下で信託内容の変更ができなくなるリスクを完全に回避する方策にはなりませんので、その点を踏まえて慎重に検討すべきでしょう。
 また、受益者代理人や信託監督人を置かない信託の設計をしているケースでは、受託者の信託事務に関するチェック機能が働かないばかりか、受託者単独による信託の変更権限があることにより家族信託を受託者にとって都合のいい仕組みに“私物化”するリスクもありますので、親子間・家族間の話合い(家族会議)により、将来リスクを踏まえた家族信託の設計を検討することが重要です。

(4)まとめ

 これまでの信託組成案件において、次のような事態が起きた経験があります。親側の資産承継に関する希望が変わった、小規模宅地の評価減の適用など相続税対策を考えると当初と違った後継受益者の設計にしたい、家族を取り巻く経済状況・環境が変わった、予備的受託者を変更しておきたい、当初想定していなかったが受託者に不動産の購入権限や受託者借入の権限を付与したい・・・。
 信託契約の締結(信託組成)の段階では、「今後のあらゆる事態を想定して、受託者に権限を付与し、将来の不安を解消しましょう。」 というお話を家族会議でしておりますが、それでも、前述のようなニーズの変更が生じるものです。
 大切なことは、家族信託の設計は、長期的な財産管理の過程で変更する可能性が多分にあることをあらかじめ認識をし、信頼できる変更権者による適切な信託内容の変更ができる設計にしておくことと言えます。

【参考条文】
(関係当事者の合意等)
第149条
 信託の変更は、委託者、受託者及び受益者の合意によってすることができる。この場合においては、変更後の信託行為の内容を明らかにしてしなければならない。
2 前項の規定にかかわらず、信託の変更は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に定めるものによりすることができる。この場合において、受託者は、第一号に掲げるときは委託者に対し、第二号に掲げるときは委託者及び受益者に対し、遅滞なく、変更後の信託行為の内容を通知しなければならない。
 一 信託の目的に反しないことが明らかであるとき 受託者及び受益者の合意
 二 信託の目的に反しないこと及び受益者の利益に適合することが明らかであるとき受託者の書面又は電磁的記録によってする意思表示
3 前二項の規定にかかわらず、信託の変更は、次の各号に掲げる場合には、当該各号に定める者による受託者に対する意思表示によってすることができる。この場合において、第二号に掲げるときは、受託者は、委託者に対し、遅滞なく、変更後の信託行為の内容を通知しなければならない。
 一 受託者の利益を害しないことが明らかであるとき 委託者及び受益者
 二 信託の目的に反しないこと及び受託者の利益を害しないことが明らかであるとき受益者
4 前三項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
5 委託者が現に存しない場合においては、第一項及び第三項第一号の規定は適用せず、第二項中「第一号に掲げるときは委託者に対し、第二号に掲げるときは委託者及び受益者に対し」とあるのは、「第二号に掲げるときは、受益者に対し」とする。