※当記事は2026年1月の内容です。
1.相続税は誰が負担するか?
受益者の死亡により適正な対価を負担せずに新たに受益権を取得した者は、相続税法9条の2第2項により、遺贈によりこれを取得したものとみなされ課税されます。後継ぎ遺贈型の受益者連続信託の収益受益権を取得の者は、相続税法9条の3第1項の特例(以下「特例」と言う)により、その受益権の受益期間の制限がないものとみなされます。収益受益権の相続税評価額は相続税法基本通達9の3-1により信託財産の全額になると解釈されています。信託財産の評価額は収益受益権の評価額と元本受益権の評価額の合計ですから、受益者連続信託の収益受益者は、収益受益権の取得時に、取得していない元本受益権の分まで合わせて相続税の課税を受けることになり、担税力がないのでその相続税の支払いに窮することになります。しかし信託財産は担税力がありますから、その相続税を信託財産から払ってもらうことができないでしょうか。
この点について、昨年2024年の米国のネブラスカ州で非常に興味深い裁判例がありました。この裁判例では、特定の受益者の相続税を信託証書に記載された委託者の指図に基づき受託者が信託財産から払いました。他の受益者はこれを不服として受託者と当該特定の受益者に対し訴え提起しましたが、同州の控訴裁判所はこの訴え棄却しました。そこで、本号ではこの興味深い裁判例を紹介し、収益受益者が担税力を超えた課税を受ける場合にどのようにして支払い原資を確保するかを考えます。
なお、受益者連続信託の元本受益者は、元本受益権の取得時に課税されれば元本受益権の課税で済むのに、取得時に課税されず信託終了時に収益受益権の分まで合わせて信託財産評価額の全額に対して課税を受けます。しかし元本受益者は信託財産を受領するので相続税の支払い原資に困りません。
2.この米国の裁判例の概要
この裁判例は、マイケル・ヘスラー生前信託(以下「信託」と言う)の信託証書の解釈をめぐるものです¹。
(1)事実関係
信託の委託者であるマイケル・ヘスラーは自分を受託者として、その居宅と金融資産、その他の動産を信託財産としました。彼は同棲している愛人のロリ・J・ミラーに居宅の受益権を与え、彼の3人の子供には居宅給付後の残余財産の受益権を与えました。
ヘスラーの死後、受託者はネブラスカ州スコッツブラフ郡に信託を登録しました。信託登録届出書によると、スコッツブラフ郡は受託者の居住地、信託の主たる管理地、および信託に関する記録の所在地でした。信託の後継受託者は分配証書によって愛人のミラーにまず信託財産である居宅を交付し、連邦遺産税は遺産に課され、州の相続税は個々の相続人に課されるので、連邦遺産税と受益者全員の州の相続税を信託の残余財産から支払い、残余の信託財産を彼の3人の子供に分配しました。
(2)州の相続税の暫定決定額
財産目録によると、信託財産の全体の評価額は964,610ドルに対し、居宅の公正市場価格は592,000ドルであったので、居宅の価値は信託財産全体の60%を占めました。
ネブラスカ州 2018年改正法第77章第20条は、受益者と被相続人との関係に基づき、受益者への分配に相続税を課します(同法77-2004条及び2006条)。委託者である被相続人と愛人のミラーの関係は婚姻ではないため、受益者であるミラーへの分配は子供への分配よりも高い税率で課税されます²。
相続税の暫定決定によると、ミラーが取得した財産に帰属する税額は94,627ドルと高額であるのに対し、子供各人が取得した財産に帰属する税額は711ドル(3人計2132ドル)と小額でした。ミラーの相続税額は、受益者全員の相続税の総額の98%に上りました。
(3)訴訟の提起
子供たちは、同州の相続税はミラーを含むすべての受益者に公平に負担されるべきであると主張して信託財産である居宅の所在地のネブラスカ州³のランカスター郡で訴訟を提起しました。受託者は信託が登記⁴されているスコッツブラフ郡の裁判所にその訴訟の移管を申し立てこれが認められました。
スコッツブラフ郡の裁判所は、相続税負担に関するミラーの部分的略式判決の申立てを認め、信託証書の文言が法律の定める定型的課税方式に優先するために十分に明確であると判断し、同文言が受益者全員の相続税を個々の受益者ではなく信託の残余財産から支払うよう指示していると結論しました。
子供たちはこの決定を不満としてネブラスカ州最高裁判所に控訴しました。控訴裁判所は下級裁判所の信託証書の解釈に同意し、信託の文言が相続税を個々の受益者ではなく、信託の残余財産によって支払われるべきであることを明確に示していると結論付け、控訴を棄却しました。
(4)本訴訟の争点
信託証書の第7条は、税金、費用、および負債の支払い、並びに、動産、収入、および元本の分配について下記のように規定していました。この第7条の解釈がこの訴訟の主要な争点になりました。
a. 税金の支払い
後継受託者は、信託財産に係るものであるか否かにかかわらず、委託者の死亡を理由として発生するすべての相続税および遺産税を、この信託から支払うものとする。
b. 費用および債務の支払い
後継受託者は、委託者の葬儀費用および関連費用、ならびにメディケアまたは保険でカバーされない最後の病気の費用を支払うものとする。
さらに、後継受託者は、状況に応じて適切であると判断する委託者の債務および義務を支払うことができる。
さらに、後継受託者は、委託者の遺産管理費用を支払うことができる。委託者は、後継受託者が、委託者の遺産の効率的かつ秩序ある管理を実現するために適切な措置を講じることを明示的に意図している。
c. 有形動産の分配
後継受託者は、委託者が作成し後継受託者に提出した、または委託者の死後に提出された書類および文書の中に記載された、当該財産の特定の項目と各項目の分配先を示すリストに従い、有形動産を分配するものとする。
d. 収益および元本の分配
後継受託者は、残りの信託財産(追加分、元本に追加された収益、および未分配収益を含む)を、委託者の現存している子および、子のある死亡した子それぞれに均等に分配するものとする。 2017年8月の修正条項 信託契約の第7.d項に従って分配を行う前に、この信託によって所有されている委託者の居宅は、ミラーにそのまま分配されるものとするが、彼女がその時点で当該居宅に住んでいる場合に限る。
3.控訴裁判所の相続税の配分に関する判決
この訴訟では裁判管轄、証拠力等も争われましたが、主要な争点は第7条の解釈です。そこで本号では相続税の配分に関する判決部分のみを以下に引用します。
(1)事案の検討
相続税は被相続人である委託者が有していた遺産ではなく、相続人である受益者に課される税であり、遺言やその他の支配文書に明確に紛れのない指示がない限り、法律の定める定型的課税方式に従って個々の受益者に課される。一般的に、被相続人の財産の分配を行う受託者は、分配される財産から相続税を差し引くか、受遺者またはその財産に権利を与えられた者から税金を徴収する。ネブラスカ州2018年改正法77-2038条は「第77章第20条の規定にもかかわらず、被相続人の遺言または被相続人が生前に作成した書面による法律文書は、ネブラスカ州の相続税対象財産に対して課される税金の配分を指示することができる」と規定している。
しかし、遺言、信託、その他の管理文書における指示が法律の定める定型的課税方式に取って代わるためには、その指示が明確かつ明瞭なものでなければならない。いかなる曖昧さも法律の定める定型的課税方式に有利に解釈される。
(2)過去の裁判例
Shell遺産事件⁵においては、遺言書の文言が相続税に関する法律の定める定型的課税方式に取って代わるかどうかを検討した。遺言書の問題の段落には二つの文が含まれていた。1番目の文は、被相続人の人格代理人に『私の残余財産の元本から…、私のすべての負債、および私の遺産の管理にかかるすべての費用を支払うこと』を許可すると規定し、2番目の文は、同人格代理人に『私の遺言検認財産から、他の者からの拠出または償還を受けることなく、すべての相続税、遺贈税、または遺産税を支払うこと』を許可すると規定していた。
Shell遺産事件において、当裁判所は、この段落は相続税を遺産の費用として扱う意図を明確に示していると結論付けた。2番目の文が相続税に明示的に言及し、遺言検認財産から支払うよう指示していることを指摘し、一般的に裁判所は遺産税および相続税の支払いを指示する文言は受益者の税負担を免除すると判断していると述べた。さらに、2番目の文が、遺言者の負債、葬儀費用、および遺産管理費用を支払うよう指示する1番目の文の直後に続いていることにも注目した。我々は、「遺産税および相続税の支払い指示と、遺言者の負債、葬儀費用、および遺産管理費用の支払い指示を結び付けることは、遺言者が税金を天引きして支払う意図を示している」と判断した。
同様の論法が本訴訟にも適用される。信託証書の第7.a 項は、受託者に対し、信託財産に係るか否かにかかわらず、「この信託からすべての相続税および遺産税を支払う」よう指示している。次のb項は、受託者に費用と債務の支払いを指示している。Shell遺産事件と同様に、税金と債務の支払いに関するこれらの指示は、税金を「天引きして」支払うという被相続人の意図を示している。さらに、2017年8月の修正条項は、居宅をミラーに「そのまま分配」すること、その分配が残りの信託財産を分配する前に行われることを規定している。
我々は、信託の文言が、被相続人は相続税の負担を受益者から移転することを望んでいると結論した。
子供たちは、信託およびその修正条項により、信託の残余財産だけでなく、居宅を含む信託の全ての財産が信託に記載された税金の支払いに充てられる必要があると主張しているが、我々はこの主張はShell遺産事件における当裁判所の判決と整合しないし、この訴訟の信託証書の合理的な解釈でもないと考える。したがって、我々は郡裁判所の判決を支持する。
(3)判決
裁判管轄を移す命令は最終的なものではなく、本控訴において異議が適切に提出されたと判断したため、信託が登録されたスコッツブラフ郡に管轄を移すことは裁量権の濫用ではないと判断する。
さらに、子供たちによる証拠力に対する異議に関して、これをくつがえし得る誤りは認められない。信託の文言は、相続税は個々の受益者ではなく信託によって支払われるべきという明確な指示を与えていたという郡裁判所の見解に同意する。郡裁判所の判決を支持する。
4.筆者のコメント
(1)愛人の相続税が高額
ネブラスカ州の相続税率は相続人が配偶者なら0、直系親族なら1%、遠い親族の場合は13%、親族でない受遺者は18%です。この裁判例の愛人は配偶者ではないので、最高率の18%か適用されました。また愛人が受領した居宅の価値は信託財産の価値の60%を占めたので、愛人の相続税額は受益者全体の相続税額の98%に上りました。愛人の相続税がこのように高額であったことがこの訴訟の原因になったと思われます。
(2)愛人の居住権の保護
残された配偶者の保護としては配偶者居住権があります。しかし内縁の場合はこのような法律上の保護がありません。内縁の妻の居住権の裁判例⁶では内縁の夫婦間における居宅の使用貸借契約の存在が認定されませんでした。しかし内縁関係が長期間に及び内縁の妻の居住の必要性が高い場合は、居宅の相続人による内縁の妻に対する所有権に基づく明け渡し請求が権利濫用の法理により否認された裁判例があります。
しかし、内縁の妻に明確に居住権を与える方法として、居宅に受益権複層化信託を設定し、愛人に収益受益権に相当する居宅の使用権を与え、3人の子には元本受益権を与える方法が考えられます。受益権としての居宅使用権の相続税評価額は、居宅そのものを遺贈するのと比べて、相当低くなるので愛人の相続税額も低くなると思われます。この方法を取ればネブラスカ州の裁判例のような訴訟を回避できたと思われます。
(3)信託事務処理に必要な費用
ネブラスカ州の裁判例の信託証書によれば、受託者は「信託財産に係るものであるか否かにかかわらず、委託者の死亡を理由として発生するすべての相続税および遺産税を、この信託から支払うものとする。また委託者の葬儀費用および関連費用、ならびにメディケアまたは保険でカバーされない最後の病気の費用を支払うものとする。さらに、状況に応じて適切であると判断する委託者の債務および義務を支払うことができる。また委託者の遺産管理費用を支払うことができる」と規定していました。
信託法48条1項は受託者が「信託事務を処理するのに必要と認められる費用」を信託財産から償還を受けることができると規定しています。この費用は租税公課の他、必要又は有益と判断される費用と解されています⁷。信託法21条1項5号は信託財産のためにした行為であって受託者の権限に属するものによって生じた権利は信託財産負担債務の範囲に含まれると規定しているので、信託事務を処理するのに必要と認められる費用がこれに含まれると思われます。私法上は信託財産が受託者の所有ですから、固定資産税などは受託者に課税されます。このような受託者に課される租税公課は信託事務を処理するのに必要と認められる費用であり信託財産負担債務であると思われます。これに対し所得税、法人税、相続税に関しては、受益者に対しみなし課税が行われています。
(4)受託者による受益者への相続税相当額の支払い
一般に信託事務は信託目的に基づき行われます。例えば孫が生まれたら孫に一定額の給付をする旨の定めが信託証書にある場合は、信託設定時に生まれていない孫は未だ受益者ではありませんが、この孫が誕生すれば受益者になり、給付を受けることができます。同様に相続人である受益者に相続税が発生したら、同受益者に相続税相当額の給付をする旨の定めが信託証書にある場合は、信託設定時には相続税額が分かりませんが、相続が発生すれば相続税が確定し同受益者は給付を受けることができます。ネブラスカ州の裁判例の信託証書は受託者に対し受益者の相続税も信託財産から支払うものと規定していました。
この場合、受益者は相続税の納税義務を免れるわけではありませんが、相続税の支払い原資を信託財産に求めることができます。この受託者による受益者への給付は、信託証書に基づくので受託者の権限に属するものによって生じた権利であり、受託者がこの給付を行った場合は、受託者は、信託事務を処理するのに必要と認められる費用として信託財産から償還を受けることができると思われます。
(5)受益者連続信託の収益受益者に対する課税
受益者連続信託の信託証書に、収益受益者に相続税が発生したら、相続税相当額の給付をする旨の定めがある場合、この受益者は信託収益だけでなく信託財産にも権利があります。
相続税法9条の3第1項の特例は「収益に関する権利が含まれる受益権」の評価額が信託財産の全額とされるので、信託財産に対する権利があっても、この受益者は信託財産の全額について課税され、信託受益だけに権利がある場合と比べて特段の追加課税はないものと思われます。
(6)受益者連続信託の信託証書にあらかじめこのような定めがない場合
この場合は、事後的に元本受益者から相続税相当額の元本受益権の贈与を受ける方法が考えられます。このように元本受益権の一部の贈与を受けたとしても、受益者連続信託の元本受益権の相続税評価額は零と解釈されるので特段の追加課税はないものと思われます。
この場合、信託終了時に元本受益者が受領する信託財産額は収益受益者の相続税相当額分減少します。しかし、信託を使わない後継ぎ遺贈の場合、先行する収益受益者Aは相続税の支払い等により受遺財産を費消した後の残余財産を後行する元本受益者Bに遺贈するので、BはAの相続税の支払いにより減少した財産の遺贈を受けることになります。従って元本受益者が収益受益者に相続税相当額の元本受益権の贈与をしても、信託を使わない後継ぎ遺贈の場合と比較して、元本受益者が受領する財産額に差がないので、元本受益者に不満が出ないと思われます。