※当記事は2025年10月の内容です。
前書き
前号では多くの社会的課題を国だけが主体となって解決していくことは困難であり、社会全体で解決する必要があること、そのためには公益法人と共に公益信託の活用が期待され、新公益信託法が制定されたこと、米国では大規模なファウンデーションだけでなく、公益と私益の両方を目的とする小規模な半公半私の信託が活用されていることを紹介しました。
内閣府は新公益信託法の施行に向けて準備を加速させていますが、寄付を促す方策も必要であると感じます。東日本大震災の救援活動に多くのボランティアが参加したように、日本でもフィランソロピーの精神がないわけではありませんが、いまだに公益事業は政府が行うものであって民間が行うものではないとの認識が根強く残っているので、日本には寄付文化が涵養されません。私は少なくとも専門家の先生方には民間公益について関心を持っていただきたいと思い、改めて民間公益の先進国である米国の寄付文化を紹介し、なぜ米国に寄付文化が根付いたか、日本が米国から学ぶことはないか、皆様と一緒に考えてみたいと思います
1.なぜ米国に寄付文化が根付いたか
(1)米国の民間公益の概要
米国では寄付文化が根付いている。古くはロックフェラー財団が有名である。同財団は石油で財を成したジョン・D・ロックフェラーが設立し、公衆衛生、教育、科学研究等の社会貢献を行っている。日本では東京大学の図書館の復興資金を寄付したことで知られている。
米国の公益目的の組織(charitable organization)には広く一般大衆等から募金などの寄付を集める公募型ファウンデーション(public charity)と個人や企業が私的に作るファウンデーション(private foundation)とがある。
寄付公募型ファウンデーションは個人、政府、私的ファウンデーション等から寄付等を受ける。私的ファウンデーションは個人、家族、企業から拠出を受ける。ファウンデーションには法人型と信託型があり、法人型は日本の公益財団法人に類似し、信託型は日本の公益信託に類似する。私的ファウンデーションには大手企業の創業者が作った財団又は信託、及び大企業が作った企業財団又は信託がある。
(2)米国の民間公益の規制と税制
① 米国では公益を行う者が法人であれ信託であれ、その設立又は設定は自由であり、税制適格であれば税制優遇が受けられる。ただし、特定の州の内で募金活動を行うためにはその州の登録や、報告書提出等の規制に従う必要がある。また税制優遇を受けるためには、内国歳入法の定める税制優遇の適格要件を充足する必要がある。適格要件を充足すれば、その所得に連邦所得税が課されない 。また同組織宛ての寄付は寄附金控除の対象になる 。
② 統一信託法典によれば、「公益目的の信託(charitable trust)」とは公益目的のために設定された信託又は信託の一部分を言う。公益目的とは「貧困の救済、教育又は宗教の普及、健康の増進、政府または自治体の政策、又は社会的利益」である。
米国の「公益目的の信託」は日本の公益信託と異なり、公益事務以外の私的事務も目的とすることができる。前述の半公半私の信託も「公益目的の信託」の種類に分類される。半公半私の信託が税制優遇を受けるためには内国歳入法の定める税制優遇の適格要件を充足する必要がある。
(3)米国の民間公益の事例
① 公募型ファウンデーション
● フィーディング・アメリカ(Feeding America)は年間の私的な寄付受領額が49億ドル(約7400億円)に上る。飢えに苦しむ人々に組織的に食料を配布し環境の保護を図る活動をしている。同団体は Forbs 誌の2024年の米国のトップ100慈善団体リストのトップであり、年間の寄付受領額は全て公益事業に使用する。2009年に歌手のボブ・ディランがクリスマス・ソングを収めたアルバム「クリスマス・イン・ザ・ハート」の米国の全印税を寄付したことで知られる。フィーディング・アメリカは全米の200余のフードバンク、60,000余の食糧保存配給施設、無料食堂、救護施設所とのネットワークを有し、食料品店、製造業者、果樹園等と協力協定を締結し、余剰の食品、廃棄予定の食材を困窮者に届ける。協力協定はスターバックス他多くの企業と締結している。2014年に Google 等から寄付を受けて無料のマッチング・プラットフォーム・アプリ“MealConnect”を開発して、フードバンク等と食料品事業者とマッチングしている。2023年の年次報告書によれば寄付金受領額は4億ドルに対し、商品・サービスの受贈額は 45億ドルもある。ハワイ出身の日系人のケルビン・タケタ氏が会長をしていた。
● 聖ジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital)は無償で難病の子供の治療を行う小児病院として有名である。同病院も内国歳入法501条(c)(3)に適合する非営利団体であり、広く一般から寄付を募っている。年次寄付受領額は25億ドル(約3900億円)に上る。年次寄付受領額は年次収入の84%を占める。
● シリコン・ヴァレイ・コミュニティ・ファウンデーション(Silicon Valley Community Foundation)は、法人型のコミュニティ・ファウンデーションである。寄付公募型の公益事業団体として内国歳入庁の定める寄付控除の要件を充足する。同コミュニティ・ファウンデーションはカリフォルニア州のサンタクララ郡のマウンテンビュー市にある。ここは Google 本社を筆頭に多くのハイテク企業の事業所が立地している。同コミュニティ・ファウンデーションは広く一般大衆から金銭だけでなく有価証券など金銭以外の資産の寄付も受け付けている。その保有資産は102億ドル(約1兆5400億円)に上り、この地域の住民の福祉に貢献している。
② 私的なファウンデーション
● フォード・ファウンデーションはフォード・モーターの創業家がニューヨーク市に作った基金であり、寄付基金が121億ドル(約1兆8000億円)、世界の不平等への挑戦を目標に多数の事業に助成金を支給している。
● ゲッティ・ファウンデーションは石油王であったジャン・ポール・ゲッティにより設定された信託である。ロサンジェルスに美術館を有し、資産規模は42億ドル(約6300億円)、芸術機関として世界一の規模と言われている。
● ゲイツ・ファウンデーション(Gates Foundation)は Microsoft 創業者ビル・ゲイツの夫妻が設定した信託である。2024年12月末の信託基金残高は772億ドル(約12兆2000億円)に上り、米国最大のファウンデーションであり、世界でみても私的ファウンデーションとして第3位と言われている。ビル・ゲイツのこの信託に対する寄付総額は602億ドルである。世界最大の投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイ社の筆頭株主で会長のウォーレン・バフェットがこの信託に433億ドル寄付した。この信託の 2024年の年間の公益給付総額は80億ドル(約1兆2000億円)と、日本で都道府県第10位の静岡県の当初予算額に匹敵する大きな額であった。
③ 米国の新興企業の創業者の寄付
彼等の多くはまだ現役であるが、既に大規模な慈善活動を行っている。GAFAM と称される巨大 IT 企業、Google、Apple、Facebook、Amazon、 Microsoft はもちろん、今を時めく Tesla、NVIDIA も例外ではない。
● Google の共同創業者のラリー・ぺイジのファウンデーションは67億ドル(約1兆円)に上り、寄付者指図基金(DAF)に寄付している。
● Apple の故スティーブ・ジョブズは1996年に倒産寸前の同社の再建を引き受け、同社の業績立て直しのために慈善活動を停止した。彼は2003年に膵臓がんと診断され、自分の余命を自覚して、限られた時間の中で製品開発に専念し、2011年に死去した。後を託されたティム・クックは2016年発売の iPhone7 から「(product)RED」運動のパートナーになり、毎年赤いフレームの iPhone の販売収益の一部を世界エイズ・結核・マラリア対策基金に寄付してきた。しかし2024年に iPhone12 の生産終了で赤いフレームの iPhone は消えた。
● Face Book のマーク・ザッカーバーグはチャン・ザッカーバーグ・イニシアティブ社を通じて慈善活動を行う。同氏夫妻は同社に対してその保有するメタ社株式の99%を出資する。同社は営利法人の形態であるが、病気の治療、その予防、その管理を可能とする科学と技術の支援を目的とする。同社は2015年設立後70億ドル(約1兆円)の助成金を給付した。
● Amazon のジェフ・ベゾスは、2020年にベゾズ地球基金に100億ドル(1兆5000億円)を寄付した。
● Microsoft のビル・ゲイツは同社の事業をサティア・ナデラに任せ、前述のように、ゲイツ・ファウンデーションにより、世界における病気・貧困の撲滅ための支援活動に専念している。5月9日の AP電によれば、ビル・ゲイツは自分の残り財産の99%をゲイツ・ファウンデーションに徐々に寄付すると述べた。彼の残りの財産は約1070億ドル(約16兆500億円)と評価される。
● Tesla のイーロン・マスクの私的ファンデーションは資産50億ドル(約7500億円)を有し、再生可能なエネルギー、有人宇宙開発、小児医学、科学技術教育、人間性のためになる安全な AI の開発を支援する。
● NVIDIA のジェンスン・ファンの私的ファンデーションは資産80億ドル(約1兆2000億円)を有し、寄付者指図基金を通じて高等教育、公衆衛生、科学技術工学数学戦略(STEM Initiative)に寄付し、地元のサンフランシスコ湾岸地域の地域社会をサポートする。
(4)米国の経済誌フォーブズ(Forbes)
同誌は米国や世界の長者番付の記事で有名であるが、慈善家の記事も定期的に掲載している。
① 本年2月号掲載の記事「アメリカの最も寛大な慈善家 2025」
生涯の寄付額の上位5人は次の表のとおり。

② 昨年12月号掲載の記事「2024年のアジアの慈善の偉人」
この記事の東アジア慈善家15人の中の日本人はユニクロ(ファーストリテーリング社)の創業者柳井正氏唯一人である。同氏は家族と共に486億ドル(7兆2900億円)の資産を保有し、カルフォルニア大学ロサンジェルス校に5850万ドル(88億円)寄付した。
(5)米国に寄付文化が根付いた原因
米国の寄付文化を支える要素としては次の 3 点が考えられる。
● 制度的には公益目的の信託の定義が広いこと
米国の「公益目的の信託」は日本の公益信託と異なり、公益事務以外の私的事務も目的とすることができる。半公半私の信託も「公益目的の信託」の種類に分類される。
● 税制では法的形態に拘わらず税制優遇があること。
米国では公益目的の組織は税制適格であれば、法的形態に拘わらず税制優遇を受けることができる。税制適格な公益目的の組織への寄付者は手厚い寄付金控除を行うことができる。そうすることにより民間公益を目的とする組織が広く一般大衆から寄付金を集めやすくなる。
● 文化的にはマスコミが定期的に資産家の寄付を報道していること
フォーブズ誌に限らず、多様なメディアが資産家の寄付動向を報道する。慈善活動は一流の実業家のステイタス・シンボルになっている。多くの資産家がかなりの割合の資産を寄付し、かつ今後も寄付する意思を公言している。寄付額が日本円に換算して桁外れに大きいことよりも、純資産額に占める寄付額の割合が高いことが驚きである。
2.日本が民間公益について米国から学ぶべきこと
① 米国の寄付文化から日本が学ぶこと
● 米国ではマスコミが積極的に慈善活動を報道し、税制も寛大であるから寄付文化が根付いている。税収が多少減っても、民間公益が進み、政府の公益支出の負担が軽くなる。日本でもマスコミの積極的な報道が期待される。税制を含め政府の意識改革が必要である。新公益信託法の施行に合わせ公益信託の税制が改善された。
● 米国では弁護士等の専門家が遺言・信託の相談に際し寄付についても助言をしているが、日本では専門家の民間公益に対する関心が薄い。まず専門家が民間公益の必要性を理解し、個人顧客に対しては民間公益について助言をしていただきたい。大企業に対しては民間公益が企業の社会的責任(CSR)として社会貢献になる旨を、助言していただきたい。
② 米国の公益目的の組織から日本の慈善団体が学ぶこと
● 慈善活動が組織的におこなわれていること。
慈善活動は小規模なボランティア団体が細々とやっていても効果がない。例えばフィーディング・アメリカでは地域の施設を広域的に組織して、無料のマッチング・プラットフォーム・アプリ等の IT を駆使して、協力事業者の協力を得て慈善活動を行っている。
● 活動資金を寄付金に頼らないこと。
寄付金収入は安定的ではない。例えばフィーディング・アメリカでは事業者と協力協定を結び、年間の寄付金受領額の10倍以上の額の食品等の寄付を受けて困窮者に配布している。そうすることにより資源を無駄にせず環境の保全を図っている。
まとめ
専門家の先生には、顧問先の企業、団体、個人に対するサービスのメニューとして慈善活動の知識を持つようお勧めします。これは先生方自身の社会貢献になるからです。慈善活動及び公益信託について分からないことがでてきた場合は、筆者にご相談ください。喜んでお手伝いさせていただきます。