※当記事は2025年4月の内容です。
前書き
政府は令和4年6月新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画を閣議決定しました。これは、多くの社会的課題を国だけが主体となって解決していくことは、困難であるとの認識の下に、社会全体で課題解決を進めるためには、課題解決への貢献が報われるよう、市場のルールや法制度を見直すことにより、貢献の大きな企業や団体に資金や人が集まる流れを誘引し、民間が主体的に課題解決に取り組める社会を目指す必要があるからです。そこで、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)の下、新しい時代の公益法人制度の在り方に関する有識者会議が開催され、公益法人と共に公益信託の活用が認識されて、2024年5月に旧公益信託ニ関スル法律の全部を改正し、新たに「公益信託に関する法律」が制定されました。ここで言う「公益信託」とは学術の振興、福祉の向上その他の不特定かつ多数の者の増進の目的とする公益事務を行うことのみを目的とし、行政庁の認可を受け、その監督に服する信託です。
これに対し米国では公益を担う組織(charitable organization)としては広く一般大衆等から募金などの寄付を集める公募型ファウンデーション(public foundation)もありますが、個人や企業が私的に作る公益目的のファウンデーション(private foundation)もあります。ファウンデーションは法人型又は信託型があり、法人型は日本の公益財団法人に類似し、信託型は日本の公益信託に類似します。また米国では個人が私的に作る公益目的と私益目的と両方を目的とするいわば半公半私の信託も盛んに活用されています。しかし、このような半公半私の信託は日本ではまだほとんど活用されていません。
そこで、今回はまず、日米の公益目的の組織について、その代表例を紹介し、その制度と税制を比較し、その上で米国の半公半私の信託について、その法務と税務を紹介します。日本におけるその利用の可能性は次回に先行業績の論考を参考にして検討します。
1.日本の公益目的の組織
(1)日本の公益財団法人
「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」に基づき民間有識者からなる第三者委員会の審査を経て行政庁が公益認定したものが公益社団法人及び公益財団法人です(同法2条1号、2号、4条、5条)。また特定非営利活動促進法に基づき、その運営組織及び事業活動が適正であって公益の増進に資するとして所轄庁の認定を受けたNPO法人が認定特定非営利活動法人です(同法2条3項、44条)。いずれも税制上の優遇措置を受けることができます。
公益財団法人助成財団センターの2019年調査によると助成を行っている団体の内資産規模100億円以上の団体が117あり、民間資金をもとに設立された団体の上位10の内9団体が公益財団法人でした。年間助成額5億円超の団体が28あり、民間資金をもとに設立された団体の上位10団体は全て公益財団法人でした。
民間資金をもとに設立された公益財団法人で資産規模上位5法人

なお、一般市民が主導するコミュニティ財団としては公益財団法人大阪コミュニティ財団があります。大阪商工会議所が企業や個人の社会貢献活動を支援するため、基本財産1億円を出捐し経済産業省の許可を得て設立しました。
(2)日本の公益信託
受益者の定めのない信託であって公益事務を行うことのみを行う信託で「公益信託に関する法律」に基づき行政庁の認可を受けたものを「公益信託」と言います(同法2条1号、6条)。公益信託は税制上の優遇措置を受けることができます。
一般社団法人信託協会の調査によれば令和6年3月末現在で公益信託は378件、信託財産残高53,477百万円です。
当初信託財産が大きいものは泉州地域振興基金50億円で、大阪府堺市などを含む泉州地域において、関西国際空港関連のまちづくり事業等に支援を行うことにより国際ハブ空港の玄関口にふさわしいまちづくりを進めることを目的とします。 民間が設定したものは農林中央金庫の「公益信託 農林中金森林再生基金(森力基金)」当初信託財産10億円があります。国内の荒廃した民有林の公益性を発揮させることを目指した活動であって、創造性が高いと認められる活動に対して助成金を支給します。
個人が設定したものは「加藤記念老人福祉基金」当初信託財産6.5億円で、埼玉県浦和市内と大宮市内における高齢者福祉の諸活動に対する助成を行います。
募金型コミュニティ信託としては公益信託アジア・コミュニティ・トラストがあります。2021年3月末現在の支援総額は約8.8億円です。
公益信託の認可基準は公益信託に関する法律8条に規定されています。
② 受託者の公益信託事務を適正処理能力
③ 信託管理人の受託者監督能力
④ 存続期間を通じて公益信託事務処理が可能
⑤ 受託者が公益信託の関係者に対し特別の利益を与えない
⑥ 受託者が営利事業を営む者等に対し特別の利益を与えない
⑦ 受託者が投機的な取引等又は公序良俗を害する事業を行わない
⑧ 公益信託事務の収支の均衡
⑨ 公益信託事務処理費用に対する公益事務実施費用の割合が基準割合以上
⑩ 使途不特定財産額が制限を超えない
⑪ 受託者報酬及び信託管理人報酬が不当でない
⑫ 信託財産に他の団体の意思決定に関与できる株式等が属しない
⑬ 類似の公益事務を目的とする他の公益信託の受託者等を帰属権利者とする
2.米国の公益目的の組織
公益目的の組織の規制は連邦法ではなく州法によります。例えばカリフォルニア州では慈善目的行為のための受託者と資金募集者の報告及び監督条例があります(California Code of Regulations Title 11 Division 4)。慈善団体、法人格のない社団、受託者等はカリフォルニア州司法長官に登録し、定款、社団規則、信託契約書等を提出する義務があります。
公益目的の組織は内国歳入法501条(c)(3)の要件に適合する場合は、その所得が連邦所得税を免除され、それへの寄付が寄付控除の対象になります。適合する公益目的の組織は、寄付公募型ファウンデーション(同法509条(a)(2))以外は私的ファウンデーション(同法)と見なされます。私的ファウンデーションは主に個人、家族、企業から拠出を受け、多くの場合は公益事業に助成金等を給付します。寄付公募型ファウンデーションは個人、政府、私的ファウンデーション等から寄付等を受けます。公益目的の組織は登録州の州法の厳しい規制を受けます。
なお、米国の公益目的の組織については、太田達男「米国の公益非営利団体及び非課税団体について」が参考になります。これは公益財団法人公益法人協会が2013年に派遣した「米国助成財団調査ミッション」の調査報告書の第1章を論考にしたものです。 公益目的の組織は法人組織の公益団体と信託の仕組みを使った公益目的の信託とがあり、公益団体の設立運営は人と費用が掛かるのに対し、信託型は簡便です。しかし信託型も公益性を確保するために登録州法と税法の規制を受けます。
(1)公益団体 (public charity)
ここでは内国歳入法501条(c)(3)に適合する非営利団体で代表的なものを紹介します。
- フィーディング・アメリカ(Feeding America)は年間の私的な寄付受領額が49億ドル(約7400億円)に上る。同団体はForbsの2024年の米国のトップ100慈善団体リストのトップであり、年間の寄付受領額は全て公益事業に使用する。フィーディング・アメリカは自身がアリゾナ州の60年近い歴史のあるフードバンクであるが、グーグルと専用アプリを開発し、全米の約200のフードバンク団体と食料品店をマッチングし、廃棄予定の食材を困窮者の支援団体に送る。
- 聖ジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital)は無償で難病の子供の治療を行う小児病院として有名である。広く一般から寄付を募っている。年間寄付受領額は25億ドル(約3900億円)に上る。年次寄付受領額は年次収入の84%を占める。
- シリコン・ヴァレイ・コミュニティ・ファウンデーション(Silicon Valley Community Foundation)は、法人型のコミュニティ・ファウンデーションである。寄付公募型の公益事業団体として内国歳入庁の定める寄付控除の要件を充足する。同コミュニティ・ファウンデーションはカリフォルニア州のサンタクララ郡のマウンテンビュー市にある。ここはGoogle本社を筆頭に多くのハイテク企業の事業所が立地している。同コミュニティ・ファウンデーションは広く一般大衆から金銭だけでなく有価証券など金銭以外の資産の寄付も受け付けている。その保有資産は102億ドル(約1兆5400億円)に上り、この地域の住民の福祉に貢献している。
(2)公益目的の信託(charitable trust):
統一信託法典(Uniform Trust Code)405条(a)が「公益目的の信託は貧困の救済、教育又は宗教の普及、健康の増進、政府または自治体の政策、又は社会的利益のある目的のために設定できる」と規定しています。同条の公益目的は判例から得られた準則を条文化した信託のリステイトメント(Restatements (Third) of Trusts)28条に書かれている公益目的に即しています。
公益目的の私的なファウンデーション:
私的なファウンデーションは大手企業の創業者が公益目的で作った家族財団又は大手企業が公益目的で作った企業財団が多い。古くはカーネギー財団、ロックフェラー財団がある。現時点での大きい私的なファウンデーションを次に掲記します。
- ゲイツ・ファウンデーションはマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツの作った信託である。世界最大の投資持株会社であるバークシャー・ハサウェイの筆頭株主であるウォーレン・バフェット氏が拠出したので資産が752億ドル(約11兆2800億円)に膨らみ、私的ファウンデーションとして世界第3位の規模を誇る。不衛生と貧困への挑戦を目標としている。
- フォード・ファウンデーションはフォード・モーターの創業家がニューヨーク市に作った基金であり、寄付基金が121億ドル(約1兆8000億円)、世界の不平等への挑戦を目標に多数の事業に助成金を支給している。
- ゲッティ・ファウンデーションは石油王であったジャン・ポール・ゲッティにより設定された信託である。ロサンジェルスに美術館を有し、資産規模は42億ドル(約6300億円)、芸術機関として世界一の規模と言われている。
3. 日本の公益を担う組織の税制
(1)公益法人等
公益社団法人及び公益財団法人並びに非営利型法人である一般社団法人及び一般財団法人を「公益法人等」と言い、収益事業から生じた所得以外の所得については法人税を課しません(法人税法2条6号、7条但し書き、別表第2。また支払いを受けた利子、配当等については所得税を課しません(所得税法11条1項)。
公益社団法人及び公益財団法人は全て「特定公益増進法人」として寄付金優遇措置の対象になり、寄付者は特定寄付金として所得から寄付額を控除できます(所得税法78条2項2号)。又選択的に税額控除対象寄附金として所得税の額から一定額を控除できます(租税特別措置法41条の18の3第1項第1号イ)。
また公益法人等に対して財産の贈与又は遺贈があった場合の寄付者に対する見なし譲渡課税の適用については、国税庁長官が公益の増進に著しく寄与すること等について承認があった場合は当該財産の贈与又は遺贈がなかったものとみなします(租税特別措置法40条1項1号)。
(2)公益信託
公益信託は受益者の定めがないので受益者等課税信託ではないが、法人課税信託の定義からも除外されます。公益信託の資産および負債並びに収益及び費用は受託法人に帰属しないものと見なされます。(法人税法2条29号の2、12条3項)。また公益信託が支払いを受けた利子、配当等については所得税を課されません(所得税法11条2項)。但しこの取り扱いは新公益信託法の施行(公布の日令和6年5月から2年以内)以降に適用されます。
公益信託の信託財産として拠出した額は特定寄付金として寄付者の所得から控除できます(所得税法78条2項3号)。
また公益信託に対して財産の贈与又は遺贈があった場合の寄付者に対する見なし譲渡課税の適用については、国税庁長官が公益の増進に著しく寄与すること等について承認があった場合は当該財産の贈与又は遺贈がなかったものとみなします(租税特別措置法40条1項2号)。相続財産を信託財産として拠出した場合は金銭に限らず拠出額が課税されません(同措置法70条3項)。なお、以上の取り扱いは、新信託法の施行日以降に適用されます。
4.米国の公益を担う組織の税制
(1)公益を担う組織
内国歳入法501条(a)(3)は専ら宗教、公益、科学、教育などの公益事務のための団体並びに共同募金行う組織、基金、ファウンデーションを非課税にしています。同法508条(a)は非課税認定のために内国歳入庁長官に対してその認定の申請を義務付けています。同法511条(a)は公益事務に関係のない事業からの所得に対しては課税するとしています。
同法509条(a)は私的ファウンデーション(private foundation)とは(A)募金等による収入が全収入の三分の一を超える組織、及び(B)投資所得及び公益事務に関係のない事業からの所得の合計が全収入の三分の一以下の組織以外の公益を担う組織と定義しています。(A)及び(B)の組織は募金型ファウンデーション(public foundation )です。
(2)寄付金控除の上限
内国歳入法の170条(b)(1)(A)及び(G)はキリスト教の教会、教育機関、医療機関等への公益寄付の上限を調整総所得(Adjusted Gross Income)の50%(金銭の公益寄付は60%)とします。
170条(b)(1)(B)は公益寄付以外の公益的寄付の上限の調整総所得の30%とします。
5.日本の半公半私の目的の信託
信託法にも税法にも特段の規定がありません。受益権複層化信託の仕組みにより半公半私の目的の信託を設定することができます。
(1)所得課税
この信託は受益者等課税信託であり、それぞれの受益者が信託財産に属する資産及び負債の全部をそれぞれの受益者がその有する権利の内容に応じて有するものとし、当該信託財産に帰せられる収益及び費用の全部がそれぞれの受益者にその有する権利の内容に応じて帰せられるものとされます(所得税法施行令52条4項)。
(2)相続・贈与課税
それぞれの受益者は、適正な対価を負担しないで受益者になったので、贈与又は遺贈により受益権を取得したものと見なされます(相続税法9条の2第1項)。受益者が連続する場合であっても、収益の全部を受益者へ給付する信託に於いて、収益に関する権利が含まれる権利を公益法人等に寄付する場合は、相続税法の受益者連続型信託の特例の適用がないと思われます(同法9条の3第1項但し書き)。また一定額の定期金を受益者へ給付する信託において、定期金の受益者が委託者以外の個人であっても、信託収益と残余財産の両方の権利(通常の受益権)を公益法人等に寄付し、その見返りとして親族等が定期金の権利を取得する場合は、公益法人等が収益に関する権利が含まれる権利を有するので、やはり受益者連続信託の特例の適用がないと思われます。
6. 米国の半公半私の目的の信託
(1)半公半私の目的の信託
統一信託法典の注釈(Comment)によれば、信託が公益目的と私益目的の両方を有している場合は、公益目的の部分が公益目的の信託となります。このような半公半私の目的の信託は受益権複層化信託の一種である分割利益信託(split-interest trust)の仕組みを使います。分割利益信託とは受益権を2種類の受益権に分割する信託です。例えば信託期間に定期的に定額又は信託財産の時価の一定割合の額を受領する権利(定期金等受益権)と信託終了時に残余財産を受領する権利(残余権)とに分割します。半公半私目的の信託では、その一方の分割受益権を公益法人等に寄付し、他方の分割受益権を委託者の親族等に付与します。米国では定期金等受益権を公益法人等に寄付する信託を公益先行信託(charitable lead trust=CLT)と言い、残余権を公益法人等に寄付する信託を公益残余権信託(charitable remainder trust=CRT)と言います。税法の要件を満たす信託の受益権を寄付した場合は、課税額の算定に於いて寄付控除を受けることができます。
(2)半公半私目的のその他の制度(注)
● 合同収益基金(pooled income fund)
これは公益団体が設定する一種の公募型の信託です。寄付者はこの信託基金(Pool)に資金を拠出し、その見返りに寄付者の生涯にわたってこの信託収益を受領する権利を取得します。この信託の残余権は設定者である公益団体に移転します。この信託は一種の合同の投資信託ですから、寄付者はその拠出金の割合の信託収益を受領します。寄付者が受領した信託収益はその年次所得として課税されます。この信託は取り消し不能ですから、寄付者は資金拠出時にその所得から残余権相当の額の寄付控除を行うことができます。この信託基金への資金拠出は公益残余権信託の設定に類似しますが、少額から利用できる特徴があります。
● 年金給付条件付きの公益団体への寄付(charitable gift annuity)
これは一種の負担付贈与です。寄付者は公益団体に資金又は財産を贈与しその代わり寄付者の生涯にわたってこの公益団体から定期金を受領する権利を取得します。寄付者は資金拠出時の所得から残余権相当の額の寄付控除を行うことができます。この寄付は公益残余権信託設定に類似しますが、寄付先の公益団体の信用に依存します。
7.米国における分割利益信託の税制
公益目的の信託の税制は内国歳入法(US Code Title 26)に規定されています。
(1)所得税における寄付控除
① 寄付控除ができる信託は次の通り(170条(f)(2)(A),(B))
- 公益残余権信託で、定期金を親族等に給付する信託(charitable remainder annuity trust)又は同じく公益残余権信託で、信託財産の時価の一定割合の額を親族等に給付する統一型信託(charitable remainder unitrust) の残余権の公益団体への寄付は寄付控除ができる。
- 委託者等が税法上受益権の所有者と見なされる見なし自益信託(grantor trust=譲与者信託)の場合に限って、公益先行信託(charitable lead trust)の定期金又は信託財産の時価の一定割合の額の受益権(以下「定期金等」と言う)の公益団体への寄付は寄付控除ができる。但しは、寄付する定期金等の受益権は年次に変動する信託収益ではなく金額が確定している定期金受領権又は給付率が確定している給付金受領権でなければならない。
② 寄附金控除の上限は4(2)と同じ
③ 公益残余権信託の定義(法664条)
(1)公益残余権信託の定期金等はその支払いが年1回以上あり、金額又は率が確定であり信託財産の当初の時価の5%以上50%以下でなければならない。
(2)公益残余権信託の残余権の評価額は信託財産の当初の時価の10%以上なければならない(同条(d))。
公益残余権信託の残余権の評価額は信託財産の時価の5%以上と見なす(同条(e))
(2)遺産税における寄付控除
遺産税の寄付控除ができる受益権は公益残余権信託の残余権(同法2055条(e)(2)(A))
贈与税の寄付控除ができる受益権は公益残余権信託の残余権(同法2522条(c)(2)(A))
以上の課税関係をまとめ(注)
