※当記事は2026年4月の内容です。
「成年後見制度は、一度つけると一生辞められません。毎月数万円の報酬もかかり続けます。だから、元気なうちに家族信託をやっておきましょう」
これまで私たち実務家は、お客様に家族信託を提案する際、このような説明をよくしてきました。しかし、この「決まり文句」が、近い将来使えなくなろうとしています。
2026年に向けて進んでいる成年後見制度の改正案。これは単なる裁判所の手続き変更ではなく、私たちの仕事のやり方そのものを見直すきっかけになりそうです。今後の実務現場で何が起きるのか、そしてお客様にどう提案していくべきなのかをまとめました。
「一生辞められない」ルールの廃止
今の成年後見制度が敬遠される一番の理由は、「一度後見人がついたら、本人が亡くなるまでずっと辞められない」という点にあります。
たとえば「施設に入るお金を作るために、空き家になった実家を売りたい」という一時的な目的で後見人をつけたとしても、家が売れた後もずっと見知らぬ専門職が財産を管理し続けることになります。これが、ご家族にとっては大きな負担でした。
しかし、今回の改正案ではこのルールが見直されます。実家の売却や遺産分割など、特定の目的が終わって「もう支援の必要がない」と裁判所が判断すれば、途中で後見制度の利用を終わらせることができるようになるのです。
つまり、「必要な時に、必要な期間だけ使って、終わったらサクッと辞められる」という、使い勝手の良い制度に生まれ変わろうとしています。
「後見制度のデメリット」を強調する提案の限界
制度が使いやすくなるのは、ご家族にとっては素晴らしいことです。しかし、我々実務家にとっては一つの課題が生まれます。
それは、今までのように「成年後見制度は不便で大変ですよ」とデメリットを強調して、消去法で家族信託を選んでもらうという提案ができなくなる、ということです。
これからの現場では、成年後見制度を否定するのではなく、「後見制度が使いやすくなったとしても、どうしてもカバーしきれない部分」に焦点を当てて、家族信託の本当の価値を伝えていく必要があります。
では、その価値とは何でしょうか。
「代わりの手段」を用意しておくことの強み
今回の法改正の議論の中で、実務家として知っておくべき「補充性」という言葉があります。
これは、「たとえ認知症などで判断能力が落ちていても、家族のサポートや福祉サービス、そして『家族信託』などの代わりの手段で問題なく生活できているなら、無理に成年後見制度を使わなくてもいいですよ」という考え方です。
この考え方は、私たちにとって大きな追い風になります。 お客様から「法改正で後見制度が便利になるなら、家族信託はやらなくてもいいのでは?」と聞かれたら、こう答えることができます。
「逆です。裁判所などの介入を避け、ご家族のペースで生活を守るためには、元気なうちに『代わりの手段』として家族信託を用意しておくことが、確実な防波堤になるんです」と。
現場のリアル。銀行の壁と「空白期間」のリスク
制度が途中で辞められるようになるとはいえ、現場目線で見ると心配な点もあります。それが「銀行の対応」です。
たとえば、「実家が売れたから後見人を外しました」と裁判所が認めても、本人の認知症が治ったわけではありません。後見人がいなくなった途端、銀行は「ご本人の判断能力がないのであれば、ご家族であっても預金はおろせません」と、取引を止めてしまう可能性があります。
「じゃあ、後見人を外した後に家族信託を組めばいいのでは?」と思うかもしれませんが、これは法律上できません。判断能力が落ちてしまっている状態では、新しく信託契約を結ぶことはできないからです。
つまり、後見制度を辞めた後の「空白期間」の財産管理をどうするか、という新たな問題が発生します。だからこそ、「後から信託を組むことはできない。元気なうちの入り口の対策が一番重要だ」という事実を、しっかりとお伝えする必要があります。
「信託か、後見か」ではなく「いいとこ取り」へ
これからは「家族信託か、成年後見か」という二者択一ではなく、両方を組み合わせるケースが増えていくでしょう。
家族信託の弱点は、施設への入所契約や医療の同意といった「身上保護」の権限がないことです。これまでは、身上保護のために後見人をつけると、結局すべての財産を後見人に管理されてしまうというジレンマがありました。
しかし改正後は、「お金の管理は家族信託で身内がやり、施設との契約といった特定のことだけを頼むために、一時的に『補助人』をつける」といった柔軟な使い方がしやすくなります。実務家としては、将来このようなハイブリッドな使い方をすることも見越して、信託の計画を立てる視野の広さが求められます。
「法律が変わるまで待つ」というお客様への答え方
ニュースを見て「2026年に制度が良くなるなら、今は何もしないで待とう」と考えるお客様も増えるはずです。その時は、次の2つの事実をお伝えしてください。
一つ目は、「認知症は法律の施行を待ってくれない」ということ。実際に新しい制度が始まるのは2027年以降になる見込みです。もし明日、判断能力が低下して口座が凍結されてしまえば、結局は今の「使いにくく辞められない」ルールで後見人をつけるしかありません。
二つ目は、「新しい制度は、審査が厳しくなる可能性がある」ということ。「本当にこの人に代理人が必要なのか?」を裁判所がより慎重に見るようになります。単なる預金の出し入れ程度では代理人が認められず、かえってご家族が身動きを取れなくなるリスクもゼロではありません。
だからこそ、「法律が変わるのを待つのではなく、どう変わっても自分たちの生活を守れるように、今のうちに家族信託で枠組みを作っておきましょう」と背中を押すことが大切です。
おわりに:手続きの代行から、本当の相談相手へ
成年後見制度の改正は、家族信託の価値を下げるものではありません。むしろ、「お金の管理は信託で、必要な支援は新しい後見制度で」というように、それぞれの役割がよりはっきりする良い機会です。
私たち専門家に求められているのは、「後見制度は怖いですよ」と不安を煽る古いやり方を捨てること。そして、目の前のご家族にとって、信託や新しい制度をどう組み合わせるのが一番幸せなのかを一緒に考える力です。
単に書類を作るだけの人から、ご家族の将来に寄り添う「本当の相談相手」へ。法律が変わろうとしている今、私たちの真価が問われています。