※当記事は2024年10月の内容です。
前号に引き続き、信託契約書作成のための信託条項の起案のなかでも、近年、議論の少なくない委託者の地位に関する信託条項について考えてみたいと思います。
終了・解任等の権利
信託の終了や受託者の解任に関する委託者の権利については、これまで裁判例などで争われており、特に委託者兼受益者の場合には、単独で行使が可能な権利であるので、当該権利をそのままに維持するのか否かは、委託者兼受益者、そして、信託関係人の全てにとって重大な問題です。何よりも、信託の終了や受託者の解任は、信託を壊し、一新することができるような強大な権利であり、信託を究極的にコントロールできる権利ですのでその設定は慎重に考慮することが必要です。
例えば、信託法のデフォルトルールとして、委託者は、受益者との合意で、いつでも信託を終了させることができます(下線は筆者)。
3 前2項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
従って、委託者兼受益者である場合には、委託者兼受益者が単独で、いつでも信託を終了させることができます。また同時に受託者の解任もできます。
3 前2項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
同じく、委託者兼受益者は、受託者を監督する信託監督人を解任することもできます。
2 第57条の規定は信託監督人の辞任について、第58条の規定は信託監督人の解任について、それぞれ準用する。
受益者代理人の解任についても、同様です。
2 第57条の規定は受益者代理人の辞任について、第58条の規定は受益者代理人の解任について、それぞれ準用する。
もちろん、別段の定めを設けて、これらの権限を制限することもできます。例えば、そこに受託者の合意をも加えるような方法です。
判断能力ある当初委託者兼受益者の意向
一般に、当初委託者兼受益者が健常な判断能力を保持している場合は、信託の設定者として、撤回権を維持したい(あるいは当然に維持できる)と思うケースが多いでしょう。
東京地判平成30年10月23日の判決内容は、その意味でインパクトのある判決でした(同地裁の別訴も結審しております)。
① 父は、二男との間で、委託者兼受益者である父の生活・介護・療養・借入金返済・納税等に必要な資金を給付して、幸福な生活および福祉を確保することならびに資産の適正な管理・運用・保全・活用を通じて資産の円滑な承継を実現することを目的として、父所有の土地建物を信託財産として管理処分することを受託者である二男に信託すること、などを内容とする本件信託契約を締結した。
② その父が、二男に対し、主位的に、本件信託契約の詐欺取消し(民法96条1項)、錯誤無効(同法95条)または債務不履行解除(同法415条、543条)を主張して、信託財産についてなされた父から二男への所有権移転および信託登記の抹消登記手続を求め、予備的に、信託目的の不達成による信託の終了(信託法163条1号)または委託者兼受益者の合意による信託の終了(同法164条1項)を主張して、上記信託財産につき信託財産引継を原因とする所有権移転登記手続および信託登記抹消登記手続を求めた事案である。
③ 父(昭和11年生)は、都内に土地建物を所有して一部は賃貸していた。父には母(昭和15年生)との間に長男と二男(昭和40年生)という二人の実子がいたが、長男は平成26年5月に死亡した。父らは、平成27年12月2日に父の姪との間で養子縁組をし、平成28年1月5日に亡長男の妻(1963年生)との間で養子縁組をした。
④ 父は、平成27年12月17日、金融機関から1,200万円を借り入れ、母および二男が連帯保証人となったほか、土地建物に極度額5,000万円の根抵当権を設定した。その後、父は、上記金融機関から平成28年4月に2,850万円、同年11月16日に475万2,000円をそれぞれ借り入れ、二男が連帯保証人となった。
⑤ 父と二男は、平成28年11月16日、公正証書を作成して本件信託契約を締結したところ、本件信託契約は、父が死亡したとき、信託財産が消滅したときに信託が終了するほか、父と二男の合意により信託を終了することができ、信託終了後の残余の信託財産は受託者である二男に帰属することなどが定められていた。
⑥ 平成29年2月21日から同月27日にかけて、土地建物につき所有権移転および信託登記手続をしたが、同年5月17日、父から二男に対して、詐欺を理由に本件信託契約を取り消す旨の意思表示をし、同年7月26日、本件訴えを提起した。
米国の撤回可能信託の例もあり、委託者を依頼者とするという立場からは、委託者兼受益者の撤回権などの権利を留保すべきことが主張される場合があります。あるいは、最悪の場合を想定すると、制度化された特殊詐欺となり得るという厳しい指摘もあるようです。
事件には、司法書士、公証人、金融機関などの専門家が登場する……しかし、どの専門家も、この信託にどれだけのリスクが伴うか、父親に説明しなかったように見受けられる。この信託は、次男が受託者兼残余権者という構造的な利益相反を抱えていた。父親がこの信託契約を結ぶと、自ら養子とした亡き長男の妻が相続分を主張できなくなる。また、信託契約では、父親が委託者兼受益者であれば本来有していた、信託を終了する権利が排除されていた。一言でいえば、この信託は、契約したら最後、財産をすべて次男の思うがままにされるハイ・リスク信託だった。しかも、この信託に伴う一連のリスクは、父親が委託者として撤回権を留保すれば、容易に回避ないし軽減できた。こういう事情を誰からも説明されていない父親を前に、裁判所が信託契約の有効性を肯定したのであれば、信託は制度化された特殊詐欺である
研究者の先生方からは、安易な撤回不能信託の実務に対する批判があるようです。
…信託が普及しているアメリカ合衆国においては、専門家が関与しない安易な撤回不能信託の設定の危険性が認識されており、素人による信託設定ではできるだけ撤回可能信託を利用すべきであると考えられている……当該信託の唯一の利益享受主体であるはずの本人が、正常な判断により不要であると考える信託について、受益者の利益を第一に図るべき立場にある受託者の承諾が得られず終了できない状況…これは信託の本来のあり方からすると、不自然な状況と言わざるを得ません…
このような指摘は、まさに正論ですし、受託者も、委託者の相続人であったり、家族信託における帰属権利者のような利害関係者であるような場合、受託者の利益のために(最悪の場合、相続財産の囲い込みのために)、撤回不能条項を用いるのではないか、という危惧から来ている側面もあるように思われます。
委託者兼受益者の判断能力の減退
これに対して、当初委託者兼受益者の判断能力が減退してしまった場合、自己加害的な判断に基づく財産関係の不安定化を防ぐために、実務上、当初委託者兼受益者による単独の撤回権を制限することがあるようです(終了の可否の判断に対して受託者による客観的な判断を加えるなど)。
受託者による悪用の可能性
仮に、受託者の判断を加えて、信託を安定化するような場合であっても、かような仕組みが、受託者の利益のための信託として悪用され得る場合もあるでしょうし、当初委託者兼受益者と、受託者の間の利害関係が対立するような場合もあるでしょう。
その場合、信託契約の締結時、かような信託の仕組みに対する当初委託者兼受益者の認識が、どこまで正しく得られているのか、という問題を生じ得ます。もちろん、受託者について、性善説で考えるか、性悪説で考えるべきか、という問題があります。
八谷 …… 最近気になっているのは、委託者と受託者が合意しなければ信託を終了できないという内容が散見されます。委託者がやめたくてもやめられないというものです…家族信託はアメリカ型の自益型信託なので、委託者や受益者の希望により、信託期間中に変えられる帰られるようにしたほうがよいのではと感じます…
宮田 …… 実際、現場でやっていると、委託者兼受益者ってかなりの割合で弱るんですよ。なので判断能力がなくなる前提で設計したときに、「俺こんな信託契約なんて交わした覚えないぞ、何で長男が管理しているんだ」と言われたときに、勝手に気分1つで受託者を解任したり、信託をやめられたりすると、支えられなくなっちゃうんですよ。私の設計の根底は、判断能力が事実誤認で錯乱するという前提で行います。信頼関係のベースがあったうえで、受託者と受益者の合意がなければ、いじれないというのを原則に置いて設計します…委託者兼受益者側の一方的な意思を尊重するというのは実務において非常に危険だと思うのが、実務をやってる感覚なんですが…
後継委託者兼受益者にどこまで強力な権利を与えるのか
一方で、信託設定者・財産拠出者ではない、受贈者である後継委託者兼受益者に対して、信託の単独終了権のような強力な権利を与えてよいのか否か、という問題も生じ得ます。
もちろん、後継委託者兼受益者に対して、信託の存続を巡る判断を預けることが求められる場合もあるでしょうから、その選択は、事案に応じるという他ありません。
しかし、将来の問題であるが故に、家族構成も客観状況など諸々な事情も変化し得るだろうから、その判断は難しいように思われます。
委託者兼受益者に後見人が選任された場合
当初委託者兼受益者の認知症が進行し、法定後見人が選任された場合、後見人が委託者兼受益者として、信託の終了や受託者を解任する権限を行使することを許容できるのか、という論点があります。法定後見人の財産管理の便宜のために、信託を壊せるのか、という問題です。
この点、法定後見人は、当初委託者兼受益者の法定代理人であるので、信託行為の別段の定めがない限り、法定後見人は、当然に、信託の終了等の権利を行使できるとする見解があります。
一方、信託条項で以て、当初委託者兼受益者に対して法定後見人が選任された場合、その法定後見人は、当初委託者兼受益者の信託法上の権限を行使することができない、と規定する場合がありますが、そのような信託条項に、信託契約当事者ではない法定後見人に対する拘束力はあるのか、という論点があります。
信託条項の工夫
これらの権利を委託者の権利として残しておく場合でも、信託関係者に対する確認条項として、委託者は具体的にどのような権利を有するのかを信託条項として明示しておくことが考えられます。
例えば、信託の終了に関して、信託を設定(設計)した当初委託者の意思を尊重したいということであれば、以下のような信託条項があり得ます。これは、信託法163条1項の原則のままを活かし、かつ、高齢による自己加害的な行動を防止するため、最低限の条件を付したものなので、一種の確認規定ということもできます。
当初委託者兼受益者は、その判断能力が健常である間に限り、公証人による同人の判断能力と意思の確認の下、公正証書をもって以て、いつでも、本件信託を終了させる権利を有するものとする。
上記のような信託条項があれば、信託開始後、途中で、当初委託者の気が変わった場合、その判断能力が健常である限り、財産拠出者である当初委託者による単独の意向で信託を終了できることが、信託契約上明確となり、そのことが、信託関係者間にはっきりと認識されるでしょう。
一方で、当初委託者の信託設定時における意向として、信託の安定性・持続性を重視したい場合や、自身が高齢や認知症の発症から来る錯乱による自己加害的な行動を防止したいという強い意志を示している場合には、当初委託者兼受益者の判断だけではなく、その客観性の相当性を担保するため、受託者の判断に係らしめることがあり得ます。
当初委託者兼受益者は、受託者の書面による同意がある場合に限って、本件信託を終了させることができる。その場合、受託者は、当初委託者の信託設定時における真の意志を吟味して、自らの利益ではなく、本件信託によって保護すべき受益者(将来の受益者を含む)の利益の状況を客観的に判断して、当該受益者の利益を優先することで、本件信託の終了に対して同意するか否かを決するものとする。
もっとも、このような信託条項は、家族構成の変化に応じて、当初委託者と受託者との間の意向(利害関係)に齟齬を生じてしまった場合には重大な対立を生む問題となるので、信託契約締結時における当事者間の明白な認識と認容が必要となります。
それゆえ、とりわけ、受託者の解任に関する権利、信託監督人の解任に関する権利、受益者代理人の解任に関する権利、信託の変更に関する権利、信託の終了に関する権利などについては、それを委託者の権利として残しておくのか、消滅させるのか、別段の定めを行うのか、などについて信託関係人の自覚と認識のために信託条項として明示して示しておくことが考えられるでしょう。
信託関係人の確認のための信託条項
以上のような信託の仕組みの選択に関しては、信託関係人がかような仕組みの意味を認識し、よく理解して選択していることが重要であり、あえて信託条項化することで主に信託当事者における理解を求めることがあり得るわけです。 そのために信託条項として、信託の仕組みがどのようなスタンスを取るのかを明示しておくことが考えられます。
委託者は、受益者との合意でもって、いつでも、当該信託を終了させることができる。
信託条項例2
委託者兼受益者は、いつでも、受託者に対する意思表示の到達を以て、当該信託を終了させることができる。
信託条項例3
信託の終了は、信託法163条1項の規定通り、委託者と受益者の合意でもって、いつでも終了させることができる。
信託条項例4
委託者兼受益者は、受託者の利害を著しく害さない限り、いつでも信託を終了させることができる。
信託条項例5
委託者兼受益者は、その判断能力が健全であり、その旨の医師の診断書を取得できる場合に限って、いつでも、単独で、当該信託を終了することができる。
当初委託者兼受益者が、認知症に罹患して以降、意識が錯乱することで、自己加害的な行為からの弊害を防止しようとして、判断能力の低下以降、同人の撤回権を、受託者の判断に留保しようとする場合がありますが、客観的な指標となり、後に証拠として検証し得る、判断能力の有無の判定基準を設けることが難しいところです。
🔲 受託者に委ねる⇒受託者の同意(合意)
🔲 公証人に委ねる⇒公正証書化
🔲 信託監督人に委ねる⇒同意・承諾
🔲 医師に委ねる⇒診断書の取得
かような基準設定の困難さが故に、信託の設定の当初から当初委託者兼受益者の撤回権を制限している契約書が良くあります。しかしその場合、そのような仕組みを当初委託者兼受益者が真に納得して理解しているのか、という問題をクリアする必要があるでしょう。
例えば、次のような信託条項である場合、その基準の判断が曖昧であり、信託条項として問題があり得ます。
当初委託者兼受益者は、その判断能力が健常である限り、いつでも、本信託を終了させることができるが、その判断能力が減退した場合には、受託者との合意でもって本信託を終了させることができる。
もし将来、信託関係者や利害関係者の間の仲が悪くなれば、かような抽象的な文言では紛争を生じることもあるでしょう。
しかしながら、抽象的な文言であるからと言って、信託当事者の行為規範としても、認識の問題としても、信託条項化しないほうが良いということも一概には言えません。
少なくとも、信託条項を読んだ信託関係者は、そのような信託設定者兼財産拠出者である当初委託者の指示(意向)を意識するようになるからです。 やはり基準はあくまで客観的でかつ、証明が容易なものであることとした場合、次のような信託条項が考えられます。
当初委託者兼受益者は、その判断能力が健常である限り、いつでも、本信託を終了させることができるが、その判断能力が減退した場合には、当初委託者兼受益者による終了の意思表示に加えて、受託者の同意をもって本信託を終了させることができる。
なお、当初委託者兼受益者のにおける判断能力の減退という事実は、受託者が、その旨の医師の診断書を含めた客観的な証拠をもって証することを要する。
しかしこの場合でも、受託者を同意権者や合意権者する場合、受託者自らの利益のための受託者の恣意を抑止するためには、いかなる指標とするべきなのか、なかなか難しい問題です。
医師の診断書などの客観的な証拠 ⇒ 診断書は一つの基準で必須ではない
なお、証拠とは、法技術的には、民事訴訟法上の概念ですが、上記の信託条項の例では、一般用語としての証拠という意味で用いております。
後継委託者兼受益者における撤回権の有無
撤回権について、当該権利行使の権限を、当初の委託者(当初委託者)に限定することが考えられます。例えば、第二次受益者が浪費者である子供の場合などは、後続の委託者兼受益者の利益保護のために、ある種のパターナリズム(家父長主義)をもって信託の継続を維持したいような場合が想定されます。
当初委託者は、受益者との合意で、いつでも、当該信託を終了させることができる
信託条項例2
当初委託者兼受益者は、いつでも、当該信託を終了させることができる
信託条項例3
当初委託者は、いつでも、受益者全員との合意でもって、当該信託を終了させることができる。
信託条項例4
委託者の地位を承継した後継委託者兼受益者は、受託者との合意を以て、当該信託を終了させることができる。
仮に、信託法163条1項の規定そのままで、別段の定めをすることがない場合であっても、前述のとおり、信託の終了等の重要な事項に関しては、確認的な信託条項を設けて委託者の認識を得ておくことは重要なことでしょう。
「委託者の地位」の承継・不承継
委託者の地位の承継・不承継に関する信託条項の例を見てみましょう。最初に、確認しておくべき信託法の条文を掲げます。
2 信託行為においては、委託者も次に掲げる権利の全部又は一部を有する旨を定めることができる。(以下、省略)
信託法145条は、信託法の規定による委託者の権利について、信託行為で以てその権利の全部又は一部を有しないと定めることができる、としております。
信託法上の委託者の権利は、信託行為の定めで消滅させることができるし、民法上、始期や条件を付することもできます。
信託法146条は、「委託者の地位」に関して、それは信託行為で定めた方法等に従い、第三者に「移転」することができる、としております。
要するに、信託契約上、信託条項でもって委託者の地位を誰かに移転することができる、としているわけです。
登録免許税法7条2項の要件の充足
委託者の地位の移転の問題を考える場合には、実務上登録免許税法7条2項の規定を確認しておくことを要すると言われます。
登録免許税法7条2項は、当該条文に規定する3つの要件を充足する場合、信託終了時における登記申請の登録免許税額の特例が適用するとしております。
要件1)信託財産を、受託者から受益者に移す場合
要件2)信託の効力が生じたときから、引き続き、委託者のみが、信託財産の元本の受益者である場合
要件3)その受益者が、その信託の効力が生じたときにおける委託者の相続人である場合
ちなみに、最新の登記先例である令和6年1月10日民事局第2課長回答は、信託終了時における受託者が、残余財産の帰属権利者になるべき者として指定されている場合において、不動産登記法104条の2第2項の信託財産を固有財産とする旨の変更登記の申請に対しても、登録免許税法7条2項が適用されることを明らかにしております。
日公連・日弁連勉強会による信託条項例
日公連民事信託研究会、日弁連信託センター「信託契約のモデル条項例(2)公証人及び弁護士による勉強会を経て提示するモデル条項例」判例タイムズ1484号8頁(以下、日公連と日弁連の勉強会については単に「勉強会」と称します)からの信託条項のモデル条項例です(下線は筆者)。
第〇条 委託者の死亡により、信託法上の委託者の権利は消滅し、相続人に承継されない。
勉強会では、委託者の地位の相続性は、相続の一般原則に従ったものであるとしております。そして、信託行為によって委託者の地位の相続性を否定することはできないとしております(判タ1484号8頁)。
更に勉強会では、「委託者の死亡により、委託者の地位は消滅し、相続人に承継されない」としている信託条項に対して、委託者の地位の相続性を信託行為でもって否定することはできないとして、かような信託条項は不適切であるとしております。
委託者の地位の相続性
← ✖ 信託行為では否定できない
委託者の権利
← ◎ 権利の存続期間限定できる
権利を消滅させることができる
そこで、勉強会では、「委託者の地位」ではなく「委託者の権利は消滅し」と規定して、権利の存続期間に限定を付する方法によるべきとしております(判タ1484号9頁)。
⇒ 地位と権利の文言の使い分け
委託者の地位は消滅⇒×
委託者の地位は相続しない⇒×
委託者の権利は消滅⇒〇
委託者の権利は相続しない⇒〇
勉強会では、委託者の「権利」については、委託者による受益者との合意による信託終了権(164条1項)や信託監督人・受益者代理人の解任権(134条2項・58条1項等)などの信託法上の重要な権利を有している、としております。更には、信託行為で定められるのは信託法上の権利に限られるとしておりますが、この指摘は重要です。そして、それを明確にするため「信託法上の委託者の権利」としております。
確かに、信託法145条1項を見ると、信託行為で定めることができるのはこの法律(=信託法)による権利であり、それを有しないと定めることができると規定されております。
また、勉強会では信託法147条の反対解釈から委託者の地位の相続性が認められるとする見解を批判しております。
要するに、勉強会の見解としては、前述のとおり委託者の地位の相続性は、民法上当然に生じるので、わざわざ遺言信託における特例を定めた147条を持ち出すこともないという趣旨であると思われます。
登録免許税法7条2項の特則を適用するための信託条項
登録免許税法7条2項の特則(固定資産税評価額の2%から0.4%への軽減)を適用するため、勉強会では次のような信託条項を例示しております(9頁、下線は筆者)。
2 前項の規定にかかわらず、信託法上の委託者の権利は委託者の死亡により消滅する。
これは、新たな受益者が複数存在する場合に、全ての受益者に対して委託者の地位を移転する場合の信託条項例です。他方、特定の受益者にのみ移転する場合には、次のようなモデル条項例が示されております(10頁、下線は筆者)。
なお、委託者の地位を移転させた者に対して、委託者の権利を消滅させる規定も設けるか否かについては、その者が信託運営に関して協力的であると想定できるか否かを検討することで決すべきことになりましょう。
なお、金森健一弁護士は、当初委託者とそれに対する後続委託者に関して、信託を設定した当初委託者と異なる存在であるから、その違いを意識して配慮すべきであると指摘しております。例えば、浪費家の子供を後続受益者として、その将来を憂いて信託を設定する親が当初委託者である場合などの事例などではその違いが明らかであるように見えます。
この点、実務上、単に信託条項の雛形を当てはめるのではなく、後続委託者の地位を与える後続受益者に対して、信託運営を委ねられるのか否か、委ねるべきなのか否か、などを個別具体的に検討することになるでしょう。
なお、勉強会では、次のような信託条項に対して批判を加えております。
整理-「委託者の地位」の考え方
以下、契約による信託であることを前提として、民事信託契約書の起案に必要となる知識を整理してみましょう。この点、必ずしも、その核となる委託者の地位に関する考え方が確立されていないようにも感じらますので、信託契約案を起案する立場としては、委託者の地位を巡る諸論争の存在を踏まえ、なるべく保守的に考えて、自らの立場を確認しておきましょう。
委託者の「地位」、そして、「権利」の両者は、別々の概念であるので、明確に分けて考えますと、前者である委託者の地位には、信託法上の地位、そして、信託契約上の地位の両方があります。
委託者の権利 ⇒ 消滅させること可能
委託者の地位は、民法上の相続の対象となり、信託行為でもってこれを否定することはできない、という見解が有力ですので、その見解を基にすれば、信託条項上、「委託者の地位は相続させない」と定めることはできないとなると思われます。
なお、委託者の相続人が複数存在すれば、委託者の地位は共同相続されることになりますので、そのような実体上の変化を生じれば委託者の変更に係る信託変更登記も必要となるでしょう。
×市×町×丁目×番×号
法務太郎
委託者変更
令和×年×月×日
第×号
原因和×年×月×日相続
×市×町×丁目×番×号
法務一郎
×市×町×丁目×番×号
法務二郎
一方、前述のとおり信託法146条において委託者の地位は、「信託行為で定めた方法等によって、第三者に移転することができる」と定めています。なお、146条は、委託者の地位を譲り受ける第三者の同意を要するとは定めておりません。本来、地位の譲渡のためには、譲受人の合意を要するに関わらず、です(その意味では同条は特則です)。
146条に従えば、信託行為で定めることで、委託者の地位を新しい受益者に移転させることが可能です。実際、登録免許税法7条2項の特例の適用のため、第2次受益者等に対して委託者の地位を移転させることがあり得ます。例えば以下のような信託条項です。
もっとも、当初の委託者が死亡した場合、その死亡を契機として、委託者の地位を第2次受益者に対して移転させる場合、信託行為によっては否定することができないとされる委託者の地位の相続との関係はどうなるのか、若干疑問とはなります。
なお、信託契約上の地位は信託契約の当事者としての地位であり、契約の取消や無効を主張し得る地位があります。その一方、信託法上の地位は、信託法又は信託行為でもって定められた地位ということです。
委託者の権利・義務
委託者の権利・義務に関しては、民法上その消滅に関して、条件や始期を付することができます。信託条項上、当初の委託者の死亡をもって委託者の権利の終期とすることが可能です。例えば次のような信託条項があります。
また、前述のとおり信託法145条1項は、「委託者がその信託法上の権利の全部又は一部を有しない旨を信託行為でもって定めることができる」としておりますので、信託条項上信託法上の委託者の権利を制約したり消滅させたりすることも、信託法上可能です。
契約上の地位から生じる権利など、民法上の権利をも含めて条件等を付する場合には、「信託法又は信託行為による委託者の権利」ではなく、単に、「委託者の権利」とすることが可能ではないでしょうか。
契約上の地位と信託法上の地位の緊張関係
委託者の地位は、契約上の地位、そして信託法上の地位がありますが、当初の委託者が死亡した場合、民法上の相続法理の適用によって委託者の相続人に承継されることになります。前述のとおり、そのような委託者の地位の相続性を信託行為でもって否定することができるのか否かという論点はありますが、昨今の議論では否定できないという見解が有力です。
そこで、委託者の地位、そして委託者の権利という二つのレベルを峻別することで、信託契約の枠組みを設定し、個別の信託条項を構築する方法論を行うことになります。
信託契約=信託設定のための方法
⇒契約として民法の契約法理が適用
信託契約=信託行為
⇒信託法の規律が適用
信託=信託契約の結果として設定されたもの
⇒必ずしも契約法理が適用されるものではないのか否か?
例えば、契約の終了事由(解除等)と信託の終了事由(信託法163条、164条)は併存するのか?
既に設定された信託に関しては、信託法上、信託の終了事由(163条、164条)に関する規定が存在します。163条については別段の定め規定は存在しないので、信託当事者が、その終了事由を排除することはできません(9号で終了事由を定めて付加することはできるが、あくまで付加であり、排除はできません)。
一 信託の目的を達成したとき、又は信託の目的を達成することができなくなったとき。
二 受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が1年間継続したとき。
三 受託者が欠けた場合であって、新受託者が就任しない状態が1年間継続したとき。
(中略)
九 信託行為において定めた事由が生じたとき。
信託法上の合意終了に関しては、契約法理の場合と異なり、委託者と受益者(必ずしも契約当事者ではない)との合意で終了でき、契約当事者である受託者は排除されている(2項で賠償を受ける者として登場する)。但し、3項の別段の定めで、これを排除できる。
2 委託者及び受益者が受託者に不利な時期に信託を終了したときは、委託者及び受益者は、受託者の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
3 前二項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
4 委託者が現に存しない場合には、第一項及び第二項の規定は、適用しない。
信託法上の合意終了権者と、民法上の合意解除権者のそれを比較してみると、次のようになります。
委託者と受益者の間の合意(原則)
契約上の解除権者
委託者と受託者(契約当事者)
民法は、次のように規定しております。
(解除権の行使)
第540条 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2 前項の意思表示は、撤回することができない。
(催告による解除)
第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。
ところで、信託法が終了事由を定め、別段の定めがない強行規定としている意味はどのような意味なのでしょうか。民法の契約法理に基づく契約の終了を排除する意味なのでしょうか。この点、民法の契約法理で信託契約を終了させることができるとすれば、信託契約に基づいて設定された信託もそれを設定方法としている信託も終了してしまうことになるでしょう。
無能力
詐欺・強迫
錯誤
解除 など
信託法上の終了事由
目的達成・不達成
その他
東京地判平成30年10月23日等の事案では、原告側から詐欺による取消権の行使等の民法上の終了事由が主張されております。
合意解除 ⇒ 契約当事者としての委託者と受託者
法定解除 ⇒ 受託者の債務不履行等
🔲 信託の終了
委託者と受益者の合意(信託法164条) ⇒ 民法と当事者がズレる
受託者の債務不履行 ⇒ 信託法上の責任追及+解任(58条)+ 信託の終了事由(信託163条)
委託者の権利を考える上でも、その権利内容としての基礎的理論が重要ですが、実は信託法はわからないことが多いのです。
⇒民法上の契約の取消権や解除権を、信託法に関わらず、フリーハンドで行使できるのか?
←信託行為で排除できるのか?
→信託行為で排除できるのは、信託法上の権利だけなのか?
←契約当事者としての受託者の側からの行使も、全面的に許容されるのか?
信託行為は、信託法上の法律行為として、民法上の法律行為とは峻別され得るが、同じものとして考えて良いのでしょうか、あくまで信託行為は信託法上の規律だけが適用されると考えるべきなのでしょうか。
その場合でも、信託の設定のための信託契約の締結それ自体は、民法上の法律行為として法律行為に関する規律(民法上の規律)が適用されるのでしょうか。そのような信託法と民法の規律の交錯という問題は難解ですが民法の規律に慣れた裁判官がコントロールする日本の民事訴訟では今後共に民法と信託法の交錯という問題は議論となり得るかもしれません(どちらかというと、裁判官の解釈では信託契約も民法的に解釈される傾向があるようにも見えます。例えば公序良俗無効判決など。合意終了の別段の定めを没却するから、受託者に対する委託者兼受益者による解任を認めないとする判決などがあります)。
…委託者が熟慮をせずに撤回不能特約を含む信託契約を締結してしまう危険性は、無視できないものがあります。委託者が当該特約の意味を理解していないと考えられる場合には、信託契約の錯誤(民法95条)による取消しの可能性を考慮すべき…錯誤の要件事実についても、信託特有の考慮が必要…信託契約の相手方である受託者は、受益者の利益を離れて取引の安全を主張できる立場にはなく…
このように信託契約の締結に対して、契約の一般規律である民法上の錯誤による取消権の行使を示唆する見解もありますので、信託法の規律に加えて、信託を設定するための契約の部分に対しては、民法上の規定が重畳適用されるということになりそうです。