家族信託普及のための実務に役立つ情報を会員の皆さまに定期発信中です!

一般公開

#信託契約書のチェックポイント

第3回 受託者

一般公開期間:2024年4月1日 ~ 6月30日

※当記事は2024年4月の内容です。

(1)受託者を複数にしたい場合の留意点

 複数の子どもが受託者として協力や役割分担しながら、受益者たる老親の生涯を支えたいという要望は少なくありません。
 法律上、受託者の数に制限はありませんので、2名や3名が受託者になることは理論上可能です。実際に、老親の財産管理を仲良しの兄弟や姉妹が二人で受託者となって業務を分担しているケースがいくつもあります。
 ただ、受託者を複数にする場合には、気を付けるべきポイントがありますので、今回、まずは、受託者を複数にする場合の留意点についてご紹介します。

①金融機関で“信託口口座”が作成できない
 受託者が複数いる場合、金融機関において“信託口口座”(※)を作成することはできないという大きな問題があります。
 “信託口口座”が作成できないとなりますと、受託者の個人口座を“信託専用口座”として用意をして、金銭管理をする必要があります。受託者が複数になりますので、それぞれが“信託専用口座”を準備して、それを信託契約書に口座番号まで明記するようにするのがお勧めです。
 “信託専用口座”のリスクは、もし受託者に事故や大病があって受託者業務を継続できなくなった場合に、その口座を他方の受託者や予備的受託者がスムーズに引き継げる訳ではないという点です。
 “信託口口座”で長期的に安定感のある金銭管理ができないことを踏まえ、“信託専用口座”の口座凍結リスクをどのように回避するかの備えも必要となります。

※ 信託口口座とは、信託契約公正証書に基づき「委託者 山田父郎 受託者 山田子太郎 信託口」というような名義で、受託者が信託財産を管理するために作成された口座のことを言います。

②受託者の財産管理方針が一致しないと信託事務が滞る
 受託者が複数の場合、受託者業務、つまり財産の管理業務については、保存行為を除いて原則として受託者の過半数をもって決することなります(信託法第80条第1項)。「過半数」ということは、受託者が2名の場合は、結局二人の意見が一致しなければ、管理行為や処分行為が円滑に行うことができなくなるリスクが有ると言えます。具体的には、信託不動産たる建物を大規模修繕したり、新たに賃貸に出す場合などが考えられ、これらの計画が滞る可能性があるでしょう。
 その一方で、信託財産たる金銭の管理や日常的な生活・介護等に関する支出については、複数の受託者間で役割分担をして、各自が金銭の出入金の管理ができるようにしておくことで、信託事務が滞らない工夫ができるでしょう。例えば、長女と長男の二人が受託者となった場合、施設入所している老親の日常的な支出等は近くに住む長女が担い、遠方に暮らす長男は普段使うことの無い多額の非常用資金を長男名義の定期預金等にして預かっておくという役割分担が考えられます。

③信託不動産の建替えや売却など重大な処分行為が難航する
 前記②と関連しますが、受託者が複数の場合、原則として信託不動産は受託者が実質的に共有しているのと同じ状態になります。
 したがいまして、受託者全員が関わらなければ、信託不動産の建替えや売却手続きを完遂することができなくなります。
 特に、信託不動産の売却に際しては、受託者全員が売主として積極的に関わる必要がありますので、物理的な距離やスケジュールの都合などで受託者同士がスムーズに連携することができないと、受託者1名の時よりも機動力の面で劣る可能性があります。

④受託者借入はできない
 前記①のとおり、家族信託に対応できる金融機関であっても、受託者複数の場合は、“信託口口座”の作成に対応ができないことになります。したがいまして、“信託口口座”作成の次のステップとなる受託者借入(信託内融資)は、諦める必要があります。

 上記の通り、受託者を複数にすることは可能ですが、留意すべき点・リスクがいくつかありますので、家族信託に精通した専門職を交えて、家族会議の中できちんと話し合い、敢えて受託者を複数にするべきかどうかを検討する必要があります。
 受託者を複数にして兄弟姉妹で協力しながら老親を支え合う仕組みは、良策となり得ます。ただその一方で、受託者を複数にしなくても、定期的な家族会議の中で財産管理や処分の方針を話合いで決めていければ、敢えて受託者という立場を複数にしておかなくても良い設計は可能だと考えます。例えば、家族信託の設計上はあくまでも受託者は1名にした上で、財産管理方針の決定プロセスの中で複数の兄弟姉妹が話し合って決めていくようなマネージメントレベル(運用面)での設計の工夫を模索しても良いでしょう。そのような設計では、受託者以外の兄弟姉妹は予備的受託者(第二受託者、第三受託者)として後ろに控えておくことも良策と言えます。また、受託者を単独にする代わりに、他の兄弟姉妹を信託監督人や受益者代理人に指定することで、常に家族信託による財産管理に別の立場で関与し続けるというような設計も良策となり得るでしょう。
 家族全員のニーズと納得感を踏まえ、専門職の柔軟な発想の中で、最適な設計を追求していきたいものです。

(2)受託者を複数とする場合の法的効果

 受託者を複数にした場合、法律的には信託財産は受託者が「合有」していることになります(信託法第79条)。
 したがって、信託財産の保存行為については、各受託者が単独で決することができますが(信託法第80条第2項)、信託財産の処分については、前述のとおり共同受託者全員の協力が必要となります。
 なお、受託者が2人以上いる信託の場合、どちらか1人が死亡等により受託者の任務が終了することになっても、信託行為に別段の定めがない限り、残ったもう1人の受託者が当然に権限を有することになりますので、引続き信託事務を単独で行うことになります。
 つまり、特段の事情が無ければ、新たな受託者を選任する必要はありません。

(3)後継受託者が用意できない場合の留意点

 家族信託においては、高齢の親世代の財産管理と生活サポートを10年超の長期にわたって担うことが多いです。
 したがいまして、もし支え手となる「受託者」に対して、事故や大病、海外赴任・・・など想定していなかった事情が発生することにより、受託者業務を継続できない事態に備えることが重要です。
 つまり、予備的受託者(後継受託者)を信託契約書の中で指定しておき、もし当初の受託者が任務を継続できない状況に陥った際には、その予備的受託者が受託者に就任をして、受益者をサポートし続けることになります。
 しかし、家族構成や家族の関係性、居住地などの諸事情により、予備的受託者を用意できないケースもあります。
たとえば、老親の支え手となるのが独身の一人っ子のケースがそうです。また、兄(長男)はいるけれども、その兄と親との間が不仲で、兄及び兄の家族(配偶者や子)には財産管理を委ねたくない、信じて託せるのは独身の自分(長女)だけだというケースもあるでしょう。

 このような場合に重要となるのは、もし唯一の受託者に何かあった場合でも、受益者が引き続き安心して暮らせる仕組みにスムーズに移行できるように、どのようにバックアップ体制を整えておくかということです。

下記に、後継受託者が用意できない場合に想定できる対策の一例をご紹介します。

①受託者の任務終了事由=信託の終了事由とする
 後継受託者を想定できない以上、唯一財産管理を担う受託者が死亡等で任務終了したときには、信託契約自体を終了させる設計が考えられます。

②清算受託者を専門職に指定しておく
 信託契約が終了すると、これまで受託者が担ってきた財産管理業務を引き継ぎ、清算活動(積極財産の確保と債務・諸費用の支払など)をする「清算受託者」が必要になります。受託者が欠けてから清算活動に入るまでできる限り空白期間を少なくすることは重要です。したがいまして、信託契約書の中であらかじめ専門職を清算受託者に指定しておくことが考えられます。指定された清算受託者は、速やかに就任承諾をした上で信託財産の管理を引き継ぎ、清算活動を行います。

③受益者又は受益者の後見人に残余財産を引き渡す
 信託契約において、受益者が存命中に信託が終了した場合は、信託契約終了時の受益者に残余の信託財産を帰属させる旨の条項を置くのが一般的です。したがいまして、清算受託者による清算活動が終わりましたら、残余の信託財産を信託終了時の受益者に引き渡すことになります。
 受益者が元気で財産管理能力があれば、受益者に財産を戻して終了となります。しかし、もし受益者に判断能力・財産管理能力が無ければ、残余の信託財産を引き渡す前に成年後見人の選任手続きを先行して行い、後見人が就任するのを待って、清算受託者から成年後見人に財産を引き継ぐことになるでしょう。

④後見人がスムーズに就任できるように信託契約と同時に任意後見契約も締結しておく
 清算受託者による清算活動と同時進行で、受益者の財産管理能力を見極め、誰に対して残余の信託財産を引き渡すべきかを決めることになります。後見人への引き継ぎが必要だと判断をしたときに、スムーズに後見人を就けることができるように、あらかじめ法律専門職との間で任意後見契約を締結しておくことも良策となります。
 任意後見受任者と清算受託者は同一人物でも結構ですし、任意後見受任者は清算受託者とは別の後見人業務に精通した法律専門職に依頼しておくことも良いでしょう。
 任意後見契約を締結していなければ、法定後見人の選任申立てをすることになりますが、この場合、誰が申立人になるのかという問題が生じるかもしれません(受益者に能力が残っていれば受益者本人が申立人になれるので良いですが)。また、誰を後見人に選任すべきかについて、最終的に家庭裁判所の判断に委ねられてしまいます。受益者本人が希望する人が確実に後見人に就任できる点、申立てから後見人業務の開始までの最短のスケジュールで手続きを進められる点などを踏まえますと、任意後見の方がより安心できる備えと言えるでしょう。