※当記事は2024年10月の内容です。
近年、士業や専門家が提供してきた相続や家族信託などの専門サービスに、金融機関やリーガルテック企業が参入し、業界の垣根が急速に崩れつつあります。大手法人のネット広告も増加し、都市部では家族信託の受注をめぐる競争は一層激化しています。このような環境下で、地域に根ざした士業・専門家はどのように生き残り、発展していくべきでしょうか。
今回の記事では、大手に対抗するための効果的な戦略について詳細に考察します。特に家族信託を手掛ける専門家の視点から、地域密着型の営業の重要性についても解説します。
資格の垣根の消失と異業種参入
従来、士業や専門家が独占的に提供していたサービスを、金融機関やリーガルテック企業が手掛けるようになっています。この現象は、特に以下のような分野で顕著に見られます。
1.家族信託サポート
2.相続登記申請書作成
3.商業登記申請書作成
4.記帳代行
5.労務管理手続き
これらのサービスは、かつては士業や専門家の専門領域でしたが、現在では大手企業や異業種からの参入により、競争が激化しています。
資格の垣根の消失
具体例として、ある大手金融機関が遺言の書き換え、家族信託を積極的に営業するケースがありました。これは、専門家が作成した遺言に対して、金融機関が独自の判断で遺言案、家族信託の提案書を作成し、顧客に提案するという事態です。特に、金融機関は融資を通じて、その顧客の財産、家族状況を把握しているため、金利見直しや契約変更などのきっかけで提案しやすい機会をもっていることと積極的な営業をしやすい立場です。このような事例は、士業・専門家の領域を脅かす可能性があります。
家族信託の分野においても、金融機関が独自の信託商品を開発し、積極的に販売するケースが増えています。これらの商品は、金融機関の信用があることから、専門家が提供する個別のサービスより高額でも、販売しやすい傾向があります。
異業種からの参入障壁の低下
この数年間で相続や家族信託の情報量はウェブ、動画、爆発的に増加しました。家族信託導入期は書籍や家族信託普及協会のセミナーなどからしか入手できなかった家族信託の情報も、いまではウェブ、動画、オンラインセミナーから必要な専門的な情報を入手できます。現在はさらに情報が氾濫しています。
この情報過多は、以下のような影響を士業・専門家の業界にもたらしています。
1.顧客の知識レベルの向上
2.サービスの比較検討の容易化
3.オンラインでの情報収集の一般化
4.異業種からの参入障壁の低下
かつては、マスメディアを通じた広告が主流で、家族信託を認知させ自社に問い合わせを得るためには、大規模な資金力が必要であったためそれができる士業は一部に限られていました。しかし、現在はインターネットの普及により、個人でも気軽に情報発信が可能になっています。メルマガ、ブログ、YouTube、SNSなど、誰でも情報を発信できる時代になりました。
この変化は、士業・専門家にとって両刃の剣となっています。一方で情報発信の機会が増えましたが、他方で参入障壁が下がり、競合が業界外からも現れることにより競合他社や大手企業との差別化がより困難になっています。
地域での大手との差別化戦略
大手と同じ戦略では、広告費の物量とウェブでの情報発信と集客の仕組みで勝負することは困難です。そこで重要になるのが、地域に密着した信用構築です。相続や家族信託などの相談は、身近な人に相談したいというニーズが高くあります。
地域での信用構築には、以下のような利点があります。
1.顔の見える関係性の構築
2.地域特有の課題への深い理解
3.口コミによる評判の広がり
4.長期的な信頼関係の醸成
5.地域コミュニティとの強い結びつき
特に家族信託の分野では、個人の財産や家族関係に深く関わるため、地域での信頼関係が極めて重要です。ウェブだけでは、信頼構築が難しいという部分が大手やリーガルテック企業に地域の士業、専門家が圧倒的に勝てる部分であり、地域の士業、専門家はここを重要視すべきです。
選ばれる優先順位
顧客が専門家を選ぶ際の優先順位は以下の通りです。
1.自分が知っている人
2.知人などからの紹介
3.インターネット検索
この順序を考慮すると、地域での信用構築が極めて重要であることがわかります。特に、家族信
託のような複雑で個人的な問題に関しては、信頼できる専門家を求める傾向が強くなります。
どぶ板営業の再評価
地域で案件を獲得するには、従来型の「どぶ板営業」が有効です。これは、大手企業やリーガルテック企業が手を出しにくい領域であり、地域の士業・専門家の強みとなります。
どぶ板営業の具体的な方法には、以下のようなものがあります。
・地域の商工会、自治会、業種交流会への参加
・家族信託の相談が発生しやすい地元企業への定期的な訪問
・地域のイベントでの相無料談会ブース出展
・地元の公民館、高齢者施設での講演活動
・地域の士業、専門家向けへのセミナー、勉強会を開催
・地方紙の法律相談コーナー、 地域情報誌への専門記事の定期的な寄稿
これらの活動を通じて、地域との直接的な接点を増やし、信頼関係を構築していくことが重要です。そして、地域住民に専門知識を提供しながら、自身の存在をアピールすることができます。
どぶ板営業とデジタルの融合
人間関係をアナログで構築しつつ、補完的にインターネットを活用する戦略が今後重要になります。既存顧客からのリピート、紹介、長期的なメルマガ、Line配信などを通じて獲得した顧客との間では、競合との相見積もり、価格交渉や値下げ要求が発生しないという利点があります。
【 アナログとデジタルを融合させた戦略例 】
・対面での相談後、フォローアップをメール等で行う
・地域密着型のウェブサイト、メルマガ等で専門知識を発信する
・メルマガ、SNSを活用して地域イベント、セミナーの告知や報告を行う
・気軽に相談できるLineなどのチャット相談と対面相談を組み合わせる
対面活動、郵便による告知も有効ですが、時間と費用がかかります。無料でできるメール、ウェブなどのツールを組み合わせることにより、対面での信頼関係構築とデジタルツールの利便性を両立させ、徹底的にその地域での「○○といえば○○先生」という認知度を高めることが重要です。
地域でのポジショニング
特定の分野で、地域内で「○○といえば○○先生」と認知されるポジションを確立することができれば、これは、大手企業が容易に模倣できない強みとなります。
【 地域ブランディングの例 】
「地元ナンバーワンの家族信託のエキスパート」
「農地相続のスペシャリスト」
「中小企業の事業承継コンサルタント」
「高齢者の認知症、財産管理の相談先」
このようなブランディングを確立することで、地域内での認知度と信頼性を高めることができます。冒頭で伝えた金融機関や異業種企業は家族信託の専門家ではないことから、信託契約書の作成、信託登記、信託税務に関する申告は自ら手掛けることはできません。最終的には、それらの手続きをその分野の専門家に依頼することになります。
ブランディングが確立できれば、逆に家族信託を取り扱い始めた金融機関、異業種企業から手続きの依頼を受けることもできるようになります。
実際に私も下記の活動を徹底的に行い、自分が家族信託の第一人者であるというブランディングを行い続けてきました。
・事務所ウェブサイトでの定期的な投稿とYouTubeチャンネルでの家族信託、相続に関する情報発信
・士業、専門家向けの雑誌、書籍、動画への記事投稿
・士業、金融機関や不動産業者向けのセミナー開催
・地域企業との共催による一般の傾けセミナー開催
・メルマガ、SNSを活用した専門知識の発信
この結果、地域で「家族信託といえば斎藤先生」として認知されはじめ、定期的な相談を受けるようになりました。この認知してもらうための活動には、時間と手間がかかります。それを徹底的にやり切れるかというという部分がとても重要です。
まとめ
・情報過多の時代において、単なる情報提供では差別化が困難であり、地域での信用構築が競争力の源泉となる
・アナログな人間関係構築とデジタルツールの適切な活用を組み合わせることで、効果的なブランディング戦略を展開できる
・ 地域での「顔の見える専門家」としてのポジショニングが、大手法人との差別化に有効
大手法人や異業種との競争が激化する中、地域に根ざした士業・専門家には、地域密着型のアプローチを通じて独自の価値を提供し続けることが求められます。この戦略を通じて、大手にはない強みを発揮し、持続可能なビジネスモデルを構築することが可能となるでしょう。
家族信託を手掛ける専門家には、これらの戦略を参考に、地域に根ざしたサービスの提供と、時代の変化に応じた柔軟な対応を心がけていただきたいと思います。地域社会との強い結びつきと専門性の高いサービスを武器に、大手法人や異業種との競争に打ち勝ち、地域になくてはならない存在として発展していくことを期待しています。