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一般公開

#公証役場の使い方

第1回 信託契約書別紙化のすすめ

一般公開期間:2025年4月1日 ~ 6月30日

1 家族信託と公証役場

 信託契約(家族信託)について、公証役場の利用は必須ではありません。しかし、公正証書にすることで、その信用性を高め、紛争を予防するためには極めて有用です。
 わたしは、千葉公証役場に公証人として約10年間勤務し、信託契約公正証書を年間100件前後作成していました(公証人の平均作成件数は数件)。また、日本公証人連合会(日公連)の法規委員会に所属し、任意後見検討小委員会や日本弁護士連合会(日弁連)の信託センターとの勉強会にも参加していました。そのなかで、「士業者もこのように公証役場を利用すれば良いのに」、とか「公証人(わたし自身を含め)もこの点を改善すれば、より利用しやすくなったのに」という経験や失敗をしてきました。これらを含めながら、公証役場の使い方を紹介(提案)していきたいと思います。最初は基本事項のおさらいです。

2 公証役場とは何か(3つの約束)

 公証役場の本質は何でしょう。一言でいえば、「最も強い約束をつくる場所」です。わたしたちの約束を種類分けすると、「弱い約束」と「強い約束」に分けられます。口約束は弱い約束です。約束が破られた場合、「言った、言わない」の口喧嘩に発展してしまいます。裁判になった場合、その「約束」を証明することは簡単ではありません。他方、書面による約束は強い約束です。相手方の署名押印があれば、相手方がこの約束を覆すのは困難です。わたしたちが、高額商品・サービスを購入するときに書面で契約書を作成するのは、万一、裁判になったときの証拠になるのと同時に、契約書を確認することによって、「自分の請求(希望)は通りそうもないぞ」とか逆に、「これは請求しても大丈夫だ」と約束内容をチェックすることができ、紛争予防にもつながります。なかには「この署名は自分の署名ではない」とか、「そんなつもりで署名したのではない」などと言って、紛争になるケースも出てきてしまいます。強いけれどもメチャクチャ強いとまではいえません。そこで、メチャクチャ強い約束、最強の約束をつくる手段として公正証書が登場します。

 先ほどの書面での約束は「私文書」です。これを「公文書」でつくったらどうでしょう。それが「公正証書」です。公証人という公務員が作成した公文書です。裁判では、公正証書は証拠のなかでも特別扱いされます。具体的には、真正な成立(その作成者が作ったことは間違いないことの証明)が認められます(形式的証明力)。証明力本体も極めて強いです(実質的証明力)。公証人は、公正証書作成に当たり、当事者の判断能力(意思能力)や作成意思を確認しています。その上で、公証人の面前で公正証書に署名・押印をしてもらいます。なりすまし対策も万全です(本人確認書類の確認の徹底)。銀行が信託口座の開設に公正証書を要求する理由はこの点にあります(銀行が責任追及されることを回避できる)。
 以上、約束には、①口約束のような弱い約束、②私文書契約のような強い約束、③公正証書のような最強の約束の3種類の約束があるということを押さえておいてください。

3 公証人という職業の「権威」

 公正証書は、公証人によって作成されますが、公証人の面前で当事者に嘘をつかれても困ります。公正証書の場合、金銭債権の場合、強制執行をかけることはできますが、できれば強制力を用いずに公正証書の内容に従ってほしいものです。そのためには、公証人には、一定の権威付けがあった方が有利です。神様や国王の前では嘘はつきにくいでしょう。昔は、村長(むらおさ)や宗教上の指導者が、公証人の役割を果たしていました。
 例えば、結婚の誓いは神様の面前(神殿)などで行われていました。重要な約束事(ごと)は、今でも厳格に行われることが多いです。公証人の多くが、裁判官、検察官、法務局長の出身者がその多くを占めている理由は、一定の権威付けが必要という側面があります。加えて、文書の内容が法的に有効なのか、実効性があるのかを判断する法律の知識も必要です。

4 日本の公証制度

 日本は、公証人の数が各国に比べて少ないのが特徴(外国では数万人いる国もある)で、日本全国に500人くらいしかいません。その理由は、公証人は、法的知識が必要な上に一定の権威付けが必要ということで、これを満たす人的資源が限られるからです。ところで、東京は、人口だけでなく法人数も多いので、100人くらいの公証人がいますが、県内に二、三人しかいないところも少なくありません。その少ない公証人(代替性がない)とどのように付き合っていくか課題は大きいです。その公証人が個性が強すぎる方だと問題が起きてしまうこともあります。そのことを含め公証人とうまく付き合う方法、信託契約を上手に作成していただく方法をこれからの連載で提案していきたいと思います。更に、今年(2025 年)の秋から電子公正証書が始まります。これを有効に活用することで、公証人の少なさをカバーできないか、これも課題の一つです。
 500人の公証人の出身母体ですが、約150人が裁判官、約200人が検察官、約150人が法務局長、検察事務官(高検事務局長など一般職のトップ)、法務省ノンキャリアのトップ(民事局の凄腕事務官など)、弁護士や司法書士(若干名)の出身になります。
 ちなみに、検察官は、刑事事件を中心に仕事をしていますが、司法試験(民法や商法・会社法・民事訴訟法を含む。)に合格し、リーガルマインドの基本はできています。また、刑事事件の背景には民事問題があることが多いので、これを解き明かす過程で民事の腕も日頃から鍛えられていきます。
 公証人には、国から給与(報酬)が支払われません。国からの補助金もありません(1円ももらっていません)。全て、公証役場のお客さん(嘱託人)からの手数料で賄っています。その代わり、公証役場の仕事は、公証人が独占しており、そこで釣り合いをとっているのです。公証人は、「公務員としての立場」と「個人事業主の立場」を兼ね備えています。個人事業主として確定申告をしており、他方で、公証人に公務上の違法行為があれば国家賠償法の適用があります。

5 公証人の嘱託受託義務

 公証人の仕事は、国民の財産権や人格権に深く絡みますので、公証人法は、公証人に嘱託があった場合、これを受託する義務を課しています(嘱託受託義務)。信託契約は、本音では、受託したくない案件の一つです(理由は、手数料が低く、大変手間がかかる)。
 しかし、法的には、嘱託があった場合にはそれを拒絶することができません。嘱託を拒絶できるのは、基本的に2つだけです。一つは、その嘱託が違法である場合(例えば、人間の臓器を売買する契約、反社会勢力とする契約、利息制限法違反の貸金契約など)です。
 もう一つは、公証役場が多忙すぎて嘱託を受託するゆとりがない場合です。みなさまの中には、公証役場から多忙を理由に嘱託を断られた経験をお持ちの方もいると思います。相談まで2か月待ちで、作成はそこから1か月半などといわれたことがあり、やむなく他の公証役場を探した経験をお持ちの方もおられると思います。公証役場側の態勢も大いに問題ではありますが、士業側でも工夫が求められます。

6 「信託契約書の別紙化」の提案

 公証役場が信託契約を嫌う原因の一つに「手間がかかる」というものがあります。これは、信託契約公正証書を多数作成した経験を持つわたしですら、抱く気持ちであります。信託契約は、その全条項を精査する必要がありますが、なかには、条項として士業者側の検討不十分なものや公証人にとって初めて経験するような条項が混じっていたりします。そのため、信託条項の精査に時間がかかり、結果として公正証書作成までに期間を要することがあります。
 そこで、公証役場の負担を最小化する工夫が求められます。提案があります。ただし、士業者が全責任を持つという気構えが前提です。

 その提案とは、公正証書に士業者の作成した「信託条項」を公証役場側に電子データ(そのまま添付してもらう前提であれば、紙でも可)で渡してしまい、これを、公正証書末尾に添付してもらう方法を公証役場にお願いをすること、その上で、士業者・当事者が全責任を持つことを約束することで、公証役場側の「手間がかかる」という要素を払拭するというものです。いわば、「信託条項丸投げ提案」です。繰り返しますが、士業者側が信託条項に強い責任感と自信が必要な提案ですので、誰でもできることではありません。この方法は、「一般定期借地権設定契約」や「事業用定期借地権設定契約」の公正証書など契約条項がたくさんある契約で用いられた実績があります。公正証書本体(別紙でない方)には、例えば、「委任者・甲野春男と受託者・乙野夏子は、別紙「信託条項」のとおり信託契約を締結した。その内容は、同信託条項のとおりである」などと記載するだけで、公証役場の手間を大幅に減少させることが可能になります。
 本来、公正証書は、公証人が作成するもので、「別紙」添付の形式にしたからといって、その作成の責任を逃れることなどできないものです(建前)。しかし、実際上の問題として、士業者が「別紙添付の方法でお願いできないでしょうか。責任は、我々が持ちます」と言われた場合、公証人としては、「それならば、・・・」ということで、公正証書早期作成へのモチベーションが上がることは間違いないと思います。公証人も人間です。
 その代わり、しつこいようですが、士業者は、信託契約の条項について全責任を持つ気構えでなければなりません。更なる研修も欠かせません。公証役場や依頼者(当事者)との間の全幅の信頼も勝ち取らなければなりません。できるところから、「信託条項添付方式」を活用してみてはいかがでしょうか。