※当記事は2024年4月の内容です。
信託財産に自宅やアパートなどの不動産が含まれる場合、信託の終了時には信託契約で定めた帰属権利者に信託不動産を帰属させるための名義変更登記の手続きが不可欠です。特に、受益者死亡による信託終了(受益者死亡で終了する一代限りの信託)で、相続人の一人である「受託者個人」を帰属権利者と定めた場合の登記手続きは、法務局によって異なる取り扱いが発生しており、明確なガイドラインが求められてきました。この問題に対し、令和6年(2024年)1月10日に法務省から指針が発出され、今後の法務局の取扱いに一つの方向性が示されました。この内容は、家族信託を取り扱う専門家にとって重要なポイントです。
本稿では、この法務省⺠事第⼆課の回答内容について解説します。
信託終了後の清算⼿続き
家族信託が終了した際、受託者(清算受託者)は信託財産に属する債権の回収や債務の⽀払 いを⾏います。これらの⼿続きを経た後、信託⾏為で指定された帰属権利者へ残余財産を引き渡すことになります。信託法上、残余財産の帰属順位が定められており、通常は信託契約 で定められた帰属権利者に対して残余財産が給付されます(信託法177、182条)。
帰属権利者が第三者の場合:所有権移転及び信託抹消登記を⾏う
信託契約終了事由が⽣じた際、信託財産に不動産が含まれている場合には、清算⼿続きに伴い、信託不動産は帰属権利者へと所有権が移転されます。この登記⼿続きは、信託不動産に関する帰属権利者と受託者の共同申請による所有権移転と受託者による信託の抹消に関する登記申請を⾏います。この申請⼿続きにおいては、帰属権利者と受託者のみで登記申請⼿続きを⾏うことができるため、仮に受益者の相続⼈のうち1⼈が協⼒をしない、判断能⼒がない、⾏⽅不明という状況があったとしても、帰属権利者と受託者のみで登記⼿続きを⾏うことができるため、特に問題となることはありません。
例えば、「受益者⽗の死亡」を終了事由、帰属権利者を⺟と定めたケースでは、⺟を登記権利者、受託者長男を登記義務者とする共同申請で帰属権利者を⺟とする所有権移転登記⼿続きをします。上記の図のケースでいうと信託登記は受託者である⻑男が信託登記を抹消し、これらの所有権移転登記と信託抹消登記は同時に申請します。
受託者を帰属権利者とする一代限りの信託における信託終了時の問題点
令和6年1⽉10⽇の法務省民二第 17 号文書以前は、信託が終了する際の不動産登記手続きにおいて、全国各地の法務局間で対応が採用一致していませんでした。具体的には、法務局ごとに下記の異なる取り扱いで登記手続きを処理していたのです。
取扱い1:所有権移転及び信託抹消の登記
取扱い2:受託者の固有財産となる旨の登記及び信託抹消の登記
これまでは法務省からの具体的な指針や通達がなく、各法務局が独自の判断で手続きを行っており、その結果として上記1と2の解釈が分かれる状況が続いていたのです。以下、それぞれの違いについて説明します。
取扱い1:所有権移転及び信託抹消登記
所有権移転及び信託抹消登記においては、登記簿上の所有者は受託者権帰属権利者であることから、登記権利者兼義務者として実質受託者が単独申請で登記⼿続きができます。
受託者⻑男を帰属権利者として定めた場合の登記の申請も通常通り、下記の内容で⼿続きができます。
登記の⽬的:所有権移転及び信託登記抹消
原因:所有権移転 令和4年3⽉1⽇信託財産引継
信託登記抹消 信託財産引継
登記権利者:⻑男
登記義務者:(信託登記抹消申請⼈)⻑男
取扱い2:受託者の固有財産となった旨の変更及び信託抹消登
登記簿上の所有者が受託者であり登記簿上の所有者に変更(移転)がないため、所有権移転登記ではなく、権利の変更登記(受託者の固有財産となった旨の登記)をするという解釈にもとづく登記⼿続です。
この登記⼿続では、権利の変更登記を申請することになり、信託の登記の抹消と同時に申請する必要があります(不登法第104条Ⅰ)。権利の変更登記は、受託者が登記権利者兼義務者となるのでなく、受託者が登記権利者、受益者が登記義務者となって共同申請するという特例が設けられています(不登法104条Ⅱ)。そのため、受託者個⼈に帰属させる変更登記を申請する際、受益者が死亡しているため、誰が登記義務者となるのかという部分が問題となります。
登記の申請書は下記の通りとなります。
登記の⽬的:受託者の固有財産となった旨の登記及び信託登記抹消
原因:変更の登記 令和2年8⽉1⽉信託財産引継
信託登記抹消 信託財産引継
登記権利者:⻑男
登記義務者:受益者(?)
(信託登記抹消申請⼈) ⻑男
受託者の固有財産となった旨の登記で登記義務者の解釈
不動産登記法104条2項の登記義務者である”受益者”の解釈について、下記の2つの解釈が分かれ、法務局ごとに登記実務が異なるケースが発⽣していました。
・帰属権類者(信託法183条6項により、帰属権利者は、信託の清算中は受益者とみなされるなどを根拠)
・受益者の相続⼈全員(不動産登記法第62条による⼀般承継⼈による登記⼿続などを根拠)
受益者(登記義務者)を帰属権利者とする解釈では、受託者を登記権利者、帰属権利者を受益者として申請できる帰結となります。この解釈では、受託者兼帰属権利者による実質単独申請ができることになるため、受益者死亡後の資産承継がスムーズに⾏えます。
しかし、受益者の相続⼈全員(不登法62条)とする解釈においては、受益者の相続⼈全員の印鑑証明書と実印がなければ登記⼿続きができないという問題が発⽣します。
相続後の資産承継対策として信託しているにもかかわらず登記義務者として相続⼈全員の印鑑証明書が必要となると法定相続⼈全員の協⼒を得なければいけなくなるため、資産承継対策として意味をなさないことになってしまいます。
このように、信託終了時に受託者個⼈を帰属権利者とする際の不動産登記⼿続きに関して、法務局ごとに異なる対応があり、⼀貫性の⽋如が実務上の課題となっていました。信託不動産を巡る管理体制では、受託者の単独申請が可能な場合と、受益者の相続⼈全員の関与が必要とされる場合が混在しており、この状況は信託を利⽤した資産承継戦略にとって⼤きな障害です。
私の過去の経験でも、信託不動産の価値を巡って相続⼈間で⾒解が分かれ、信託不動産の取得を希望しない相続⼈からの協⼒を得られないケースも発⽣していました。信託法に基づくと、所有権は信託の清算後、受託者である帰属権利者に確定的に移転されます。それにもかかわらず、信託終了時には、受託者が帰属権利者となることについて不満を持つ相続⼈がいれば、その相続⼈に対して協⼒を求める説明も必要となります。説明しても協⼒をしてくれない相続⼈に対しては、⺠事訴訟を通して、登記⼿続きを求める判決を得る必要がでてきてしまいます。⾏⽅不明者、判断能⼒がない者がいるケースでも、不在者財産管理⼈の指定、成年後⾒制度の利⽤などが必要になってしまいます。
このように、利用者の相続問題を引き起こすリスクを孕んでおり、信託専門家が取扱いに躊躇するひとつの要因となっていました。
この問題を解決するため、多くの法律専門家の方々のご努力により問題の共有と解決に向けた議論が為され、その結果、令和6年1月10日に、受託者単独での申請を可能とする法務省民二第17号文書により、信託終了時の登記手続きの取り扱いに関する見解が出されました。
受託者個⼈を帰属権利者と定めた場合には、受益者変更登記と受託者の固有財産となった旨の登記を申請する
令和6年1⽉10⽇法務省⺠⼆第17号回答では、受益者死亡による信託不動産の引き渡しについて相続⼈の⼀⼈である受託者が帰属権利者となる登記では、下記の取り扱いを⾏うことが示されています。
・受託者兼帰属権利者を受益者とする受益者の変更登記を受託者が申請(不登法第103条1項)
・受託者の固有財産となった旨及び信託抹消登記を受託者が申請する(不登法第104条2項2号)
・受託者の固有財産となった旨の登記でも要件満たせば登録免許税法第7条第2項の軽減措置が適⽤される
以下、解説します。
照会回答内容(令和6年(2024年)1⽉10⽇法務省⺠⼆第17号より引⽤)
事例内容
記
信託財産は不動産のみであり、以下のとおり、登記名義⼈を受託者Bとする所有権の登記がされている。
・委託者A
・受託者B(BはAの相続⼈の⼀⼈である。)
・受益者A
信託⽬録
信託⽬録に次の記録がある。
ア 委託者Aが死亡した場合には、信託が終了する。
イ 委託者の死亡により信託が終了した場合の清算受託者及び残余財産帰属権利者は、信託終了時点における受託者とし、その者に給付引渡すものとする。
回答
信託財産を受託者の固有財産とする旨の登記の可否について(回答)
令和5年12⽉22⽇付け2不登1第16号をもって照会のあった標記の件については、貴⾒のとおりと考えます。
具体例
具体的に家族関係を当てはめて考えると次の通りです。
・委託者:⽗
・受託者:⻑男
・受益者:⽗
・信託終了事由:⽗の死亡
・帰属権利者:帰属権利者
以下、個別に要件を解説します。
受託者兼帰属権利者を受益者とする受益者の変更登記を受託者が申請
委託者⽗死亡により、受益者⽗から帰属権利者⻑男に信託⽬録の受益者を変更する登記を、受託者⻑男が作成した登記原因証明情報を提供したうえで受託者⻑男が申請します。この受益者変更登記は不動産登記法第103条1項にもとづき受託者⻑男の単独申請で申請可能です。
登記申請時に提供する登記原因証明情報も、受託者が受益者に変更が生じた旨を報告する報告的登記登記減証明情報(受託者のみの記名押印で可)を作成すれば⾜り、受益者⽗の相続⼈の関与を受けることなく、受益者変更登記申請も提供する登記原因証明情報も受託者のみで作成、申請可能です。
受託者の固有財産となった旨及び信託抹消登記を受託者が申請する
当初の受益者(⽗)死亡による受益者の変更登記(⽗→⻑男)を申請した後、不動産登記法第104条の2第2項にもとづき、不動産の所有者を受託者(⻑男)から帰属権利者(⻑男)への変更する受託者の固有財産とする旨の登記を申請します。
この信託財産を受託者の固有財産となった旨の登記は、上記の受益者変更登記の申請後は、受託者と受益者ともに⻑男となるため、受託者兼帰属権利者による実質単独申請の登記が可能となります。
何故、受益者の変更登記を申請する必要があるのか?
相続⼈の全員の関与なく⼿続きが可能とする要望の過程で、前提登記の受益者変更登記の申請が必要かという論点がありました。受託者の固有財産となった旨登記における不動産登記法第104条の2第2項の登記義務者である”受益者”の解釈について、障害となったのが先述した不動産登記法第62条の⼀般承継⼈による登記です。
信託⽬録上の受益者が亡⽗のままであると、実態法上は帰属権利者である⻑男が不動産の所有権を取得するものの、不動産登記記録上において受益者が亡⽗のままで登記されていると、不動産登記法第62条の⼀般承継⼈による登記の適⽤を受けるため、亡⽗の相続⼈全員の関与が必要となってしまうという解釈ができてしまいます。
そのため、受託者の固有財産となった旨の登記を実質、受託者兼帰属権利者の⻑男の単独申請でするためには、前提として①受益者の変更登記をし、②受託者の固有財産となった旨の登記を申請するという2段階の過程を経ることになったのです。
登録免許税の軽減措置(0.4%)の適⽤が可能
信託財産を受託者の固有財産とする旨の登記申請に係る登録免許税については、実質変更登記であるため、登録免許税法(昭和42年法律第35号)第7条第2項の要件である、”信託による財産権の移転の登記”に該当するのかという論点もありました。
これまでは、受託者の固有財産となる旨の変更登記の登録免許税について、登録免許税が不動産1個につき1,000円なのか、1000分の20となるのか、1000分の4となるのか、法務局によって異なる取り扱いがされていました。
受託者以外が帰属権利者となる場合の所有権移転登記についての登録免許税は1000分の20であり、登録免許税法第7条第2項に定める要件を満たせば、税率は1000分の4となります。
受託者の固有財産となる旨の変更登記は、実質的には信託財産から受託者の固有財産への権利の移転と考えられるため、登録免許税は不動産1個につき1,000円ではなく、不動産の価格の1000分の20が適切です。また、権利の移転の実質を有するという点から、この変更登記においても登録免許税法第7条第2項の要件を満たせば、登録免許税率は1000分の4となるはずです。
今回、この点についても、今後は登録免許税法第7条第2項の要件を満たせば、登録免許税率は1000分の4となるとの見解となっています。
受託者の固有財産となった旨の登記では、登記識別情報は発⾏されない
受託者の固有財産となった旨の登記における受託者に対する登記識別情報の通知についても2つの取り扱いがありました。それは、受託者への通知を不要とするもの、もう⼀つの⾒解は通知が必要であるというものです。
この点についても、登記識別情報が発行されているのか、いないのかが不明なままでは、不動産取引の安全を損なうこと、受託者の固有財産となった旨の登記による確定的な権利を取得したことに伴い改めて登記識別情報の通知が欲しいとも思うのですが、結論としては、受託者の固有財産となった旨の登記は実質変更登記であるため、登記識別情報は発行されないようです。
回答には登記識別情報の件については記載がありませんが、従前の信託登記時に発⾏された登記識別情報が、信託終了後の登記識別情報を兼ねることになります。専⾨家としては、依頼者に対して、引き続き信託登記時の登記識別情報の保管をするよう案内しておく必要があります。
今回の回答によって、今まで取り扱いが不明確であった⼀代限り信託の信託終了時の問題に方向性が示されました。これにより、資産承継対策として信託を活⽤する際の大きな懸念点が払拭できる可能性が拡がったことは大変喜ばしいことだと思います。
家族信託はどうしても信託設計時点に信託専⾨家の意識がいきがちですが、終了時の出⼝戦略を考えながら設計していく必要があります。また、法務、税務など多岐にわたる注意点があるため、法務、税務の専⾨家と連携しながら組成していく必要があります。
信託契約締結後に、受益者の判断能⼒が喪失してしまったり、当事者が死亡した場合には、将来問題が発⽣した際に信託契約を⾒直すといったことができません。将来の問題点を⾒据えながら最新の情報を収集して、顧客に提案してしていくようにしましょう。
【2024年最新信託登記論点】受託者兼帰属権利者の信託終了登記と今後想定すべき出⼝戦略とは?
弊社では、令和6年1⽉10⽇付⺠⼆第17号の⽂書が発出されるまでの過程と内容、今後想定される信託実務の出⼝戦略対策の⽅法について解説します。
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