※当記事は2024年4月の内容です。
はじめに
今回から、筆者が、読者の皆様の少しでも役に立つような話題として、その都度の「家族信託の潮流」の各テーマを取り上げ、分析して、コメントしてみたいと思います。最初は、家族信託のための信託登記の話です。
本年(2024年)の1月10日、家族信託の登記に固有に生じるような信託登記の案件の取り扱いに関して、初めての登記先例が発出されました。司法書士の先生方においては、司法書士会や個人の司法書士の先生等から情報が発信・公開されているので、既に、ご承知のことであると思いますが「法務省民二第16号令和6年1月10日法務省民事局民事第2課長回答」です(以下、令和6年1月10日登記先例または本登記先例といいます)。この登記先例は、登記の専門家である司法書士だけではなく、家族信託の実務に関わる全ての人々に知っていてもらいたいものです。
民事信託の登記に関わる案件であると推察されるような登記先例は、過去にも存在いたします。しかし、2006年の信託法の改正の後で、今の家族信託の案件に固有の問題であり、かつ、家族信託に関わる登記実務の世界で、疑問がいわれていた案件を扱ったものでは、初めての登記先例です。今回は、この重要な登記先例を解説し、今後の家族信託の実務に役立つように、分析して、何がポイントなのか、派生論点は何か、残された論点は何なのか、などを仔細に見ていきましょう。
民事信託の定義
最初に、本稿で扱う定義についてコメントしておきます。信託の分野は、論者によって、言葉の使い方と意味するところが異なることが少なくありません。そこで、読者の皆さんには、面倒なことかもしれませんが、表現の正確を期するために、用いる単語の定義を、予め、お示ししておきたいと思います。
まず、民事信託とは、信託銀行や信託会社が、財産を管理または処分する受託者として、営業として行うのではない、それ以外の信託のことを言います。ですので、非営業信託のことであり、受託者として信託を引き受けるのに、金融庁の免許等がいらない信託のことです。まあ、信託のプロによる業務としての信託ではなくて、素人による信託であると言ってもいいかもしれません(もっとも、法人を受託者とした民事信託もありますが、そのような法人も、業者としての法人ではありませんよね)。
そんなのは、当たり前じゃないか、と思う読者もいるかもしれませんが、実は、民事信託にも、講学上の定義が色々とあって、論者によっては、文章が少し混乱している場合があるんですね。
民事信託には、親族の間の私的な事柄を目的とする信託もありますし、商業目的の信託もあります。民事信託だからといって、商業目的のものが全くない、というわけではないのです。むしろ、日本の民事信託の起源は、商業目的のものから始まっているように感じられます。例えば、六本木ヒルズの開発は、当初、底地の地上げから始まりました。あのあたりは、元々、江戸時代から続く古くからの土地で、お寺や神社、古くからの地主さんなどが多かったわけですが、数多くの地権者を纏めていくために、当初、民事信託のために設立された法人を受託者として用いた民事信託が利用されております。あの広大な敷地を所有している地権者から、不動産を信託してもらい、受益者とする形で、大規模開発になじむような単有地にしていったわけですね。
商事信託と営業信託
なお、蛇足ですが、営業信託と、商事信託という言葉は、同じものとして使用される場合が多いです。信託銀行や信託会社などが、受託者の業務として、営業目的で引き受ける信託という意味で用いられます。そして、最近では、商事信託という言い方のほうが、ポピュラーになってきました。
しかし、元々、営業信託と商事信託は、別々の概念でした。かつて、日本の不良債権時代、証券化の技術などが米国から導入されたのですが、その際、商事信託は、証券化などの金融技術等のストラクチャーのための信託であると定義されました(商事信託という言葉は、法律用語ではありません)。ですから、民事信託が、商事信託として用いられる場合も、多々あるのです。その場合、ストラクチャーのための信託の一環として、民事信託が利用されることになるわけです。
家族信託の定義
家族信託という言葉には、二つの定義があります。一つは「家族のための信託」です。そして、もう一つは、「家族による信託」です。最初の「家族のための信託」という定義の場合、営業信託による家族信託もあり得ることになります。これは、信託銀行などが「家族信託」として商品にしていることからもわかりますね。「家族のための信託」であれば、信託銀行が、ある特定の家族のために受託者となって、信託を引き受けることも可能ですし、世の中の家族一般の人々のために信託商品を作って販売することも可能です。
一方、「家族による信託」は、家族が、家族のために、信託を引き受ける信託ですので、民事信託の一つの形となります。家族による信託とは、家族が受託者となる信託であって、信託銀行は家族ではないからです。偶々、家族が信託銀行に勤めている場合はあるかもしれませんが、そのような場合でも、信託銀行が受託者となるのであれば、家族による信託ではありません。
本稿では、家族信託という言葉を、「家族による信託」という意味で用いて、家族という信託の素人が、受託者として引き受ける信託として、民事信託の一つの類型として捉えることにいたします。
登記先例の定義
登記実務の世界では、一般に、登記先例という言葉を使いますが、この言葉も微妙な言葉です。登記先例は、その機能から見れば、登記官における、登記官に対する登記申請に対する審査の基準となり、登記を実行するか否かの判断の基準となるものです。一般には、登記官が所属する法務局の、上級官庁である法務省の所管部門である民事局から出される通達です。この場合、公務員である登記官は、上級官庁からの通達によって、行政内部で、その判断基準の指針として、事実上、登記官の判断が拘束されます。
今回ご紹介する登記先例は、まさに不動産登記部門を所管する民事局による回答であり、某法務局からの照会に対する回答であることから、所轄する下級機関に対する通達です。
もっとも、登記実務家である司法書士の人々が、登記先例という言葉を用いる場合、通達だけを意味するものではなく、例えば、登記情報誌である「登記研究」という雑誌に掲載される「質疑応答」の結論なども、登記先例と呼ぶ人もいます。「質疑応答」は、かつて、司法書士試験にも、多数、出題されていたので、司法書士の皆さんであれば良く知り、なじみのあるものです。
令和6年1月10日登記先例の事案
本登記先例の元になる事案は、以下のとおりです。この照会文と回答は、全国の司法書士の先生による個人プログなどを含めて、既にネット情報でも発信・流通しており、閲覧することができますので、ご存じの方も多いかと思います。まずは、照会文と回答の全体を読んでから、一つ一つ、この登記先例の構造を分析してみましょう(下線は筆者です)。
信託財産を受託者の固有財産とする旨の登記の可否について(照会)
下記事例において、委託者兼受益者Aが死亡したため、受託者Bから、受益者をBとする旨のB作成の報告的登記原因証明情報が提供された上で、受益者の変更登記の申請がされるとともに、登記権利者を受託者B、登記義務者を受益者Bとする不動産登記法(平成16年法律第123号)第104条の2第2項の不動産に関する権利が信託財産に属する財産から固有財産に属する財産となった旨の登記の申請がされたところ、信託目録の記録からBが受益者とみなされることが明らかであるため、当該受益者の変更登記の申請は受理することができ、また、当該受益者の変更登記によって登記記録上の受託者及び受益者がいずれもBとなることから、信託財産を受託者の固有財産とする旨の登記の申請についても受理することができるものと考えますが、いささか疑義がありますので照会します。併せて、信託財産を受託者の固有財産とする旨の登記申請に係る登録免許税については、登録免許税法(昭和42年法律第35号)第7条第2項が適用されると考えますが、この点についても御教示願います。記
信託財産は不動産のみであり、以下のとおり、登記名義人を受託者Bとする所有権の登記がされている。委託者A
受託者B(BはAの相続人の一人である。)
受益者A
信託目録に次の記録がある。
ア委託者Aが死亡した場合には、信託が終了する。
イ委託者の死亡により信託が終了した場合の清算受託者及び残余財産帰属権利者は、信託終了時点における受託者とし、その者に給付引渡すものとする。
このような照会の下、回答は、次のとおりです。
信託財産を受託者の固有財産とする旨の登記の可否について(回答)
令和5年12月22日付け………をもって照会のあった標記の件については、貴見のとおりと考えます。 照会のあった案件については、照会元の見解が、そのまま肯定されたわけですね。本登記先例の案件は、報告的登記原因証明情報を提供しての登記申請となります。
本来、登記原因証明情報は、信託契約書または信託契約公正証書そのものとなるはずですが、信託登記実務上、司法書士が、信託契約書の提供に代えて、報告形式の登記原因証明情報を作成し、そこに当事者の名義関与を得て、法務局に提供することが多いようです。それゆえ、その場合、登記官は、信託契約書そのものを見る(審査する)ことはありません。
また、受託者であるBは、委託者であるAの相続人の一人であるとされており、これによって、本登記先例の案件は、家族信託の案件であることがわかります。なお、事案の分析については、後ほど、個別に分析して、検討していきたいと思いますが、まずは、わかりやすく登記記録の形で示してみましょう。
本登記先例における登記記録のイメージ
最初に、次のようなイメージの登記がされていたようです。登記先例による情報だけでは、登記の記録が、具体的にどのようになっていたのか知り得ないのですが、下記の登記の記録の例で足りない情報は、筆者が、読者の皆さんにわかりやすいように補っております。ですので、必ずしも、実際の登記記録と同じであるわけではないものと思われますので、念のためです。あくまで、事案のアウトラインを示すものとして、理解してください。
順位番号 登記の目的 受付年月日・受付番号 権利者その他の事項
3 所有権移転 平成××年×月×日 原因 平成××年×月×日相続
第××号 所有者 ×市×町×丁目×番×号
A
4 所有権移転 令和××年×月×日 原因 令和×年×月×日信託
第××号 受託者 ×市×町×丁目×番×号
B
信託 余白 信託目録××号
信託目録に記録された情報の抜粋(あくまでも、その一部の抜粋です)は、以下のようなものであると思われます。
番 号 受付年月日・受付番号 予備
第×号 令和×年×月×日第×号 余白
一、委託者に関する事由 ×市×町×丁目×番×号
A
二、受託者に関する事由 ×市×町×丁目×番×号
B
三、受益者に関する事由等 ×市×町×丁目×番×号
A
3、信託の終了の事由
委託者Aが死亡した場合には、信託が終了する。
4、その他の信託の条項
委託者の死亡により信託が終了した場合の清算受託者及び残余財産帰属権利者は、
信託終了時点における受託者とし、その者に給付引渡すものとする。
そして、委託者Aが死亡した際、それを契機とする信託財産を固有財産とする旨の変更登記の申請があったということですが、本登記先例によれば、次のような登記がなされていれば受理できる、ということです。
A
受益者変更
×年×月×日
第××号
原因 ×年×月×日変更
受益者 ×市×町×丁目×番×号
B
委託者Aの死亡に伴って、残余財産の帰属権利者として指定されていた受託者のBが、受益者変更登記によって、受益者として登記されていたということです。これは、信託法183条6項に基づく登記になると思われます。
信託法183条6項で、残余財産の帰属権利者は、信託の清算中、受益者とみなされます。いわゆる「みなし受益者」ですが、本登記先例は、このような、みなし受益者への変更登記を登記することを前提としているように推察されます。
なお、このような信託登記の変更登記には、不動産登記法103条1項という規定が存在します。
同条同項は、信託登記の登記事項について変更があったときは、信託の変更登記を申請しなければならないとして、受託者に登記申請を義務づけております。従いまして、本登記先例が発出されて以降、残余財産の帰属権利者として指定された者は、信託の終了事由発生後、後に見ていくような「みなし受益者」として変更登記の申請義務の対象となるのか、が論点の一つとなっていくでしょう。
本登記先例は、そのような変更登記をもって、それは可能であること、そして、そのような変更登記を備えることは、次の登記申請が許容されるための前提要件であるとしか示唆しておりません。しかし、かような変更登記申請が可能であることが言明されたことをもって、登記と実体(実体法上の変更)を一致させるための変更登記の申請義務の対象となるとまで示唆されているのかどうか、疑問となります。今後、この局面における変更登記申請の要否については、現実の登記実務では、登記代理人である司法書士の頭を悩ませることになりましょう。
「みなし受益者」の登記
事案そのものが、やや複雑であるので、照会文を、丁寧に読み解く必要がありますが、前述のような「みなし受益者」の登記の申請が受理されることについては、照会文にある次のような表現でわかります(下線は筆者)。
信託目録の記録から、Bが、受益者とみなされることが明らか、とあります。しかし、本登記先例の元となる信託目録上、Bが受益者である、あるいは、受益者となるべき者として指定された者である、とは記録されていないようです。
それでは、どうして、Bが受益者とみなされることが明らか、であるのでしょうか。Bは、本信託の受託者ですが、信託目録上、残余財産の帰属権利者に指定されております。前述のとおり、照会文は、次のような信託目録の記録があると言っております。
要するに、次のようなロジックです。
2)委託者の死亡による信託の終了時には信託終了時点における受託者=残余財産帰属権利者
3)残余財産帰属権利者=みなし受益者(信託法183条6項から明らか)
4)みなし受益者=信託終了時の受託者=B
5)みなし受益者B⇒受益者変更登記⇒受益者の登記=受益者Bの登記
なお、本登記先例では、登記の記録例までは明らかにされていないので、「みなし受益者」の登記が、どのような表現をもって記録されるのか、までは明らかではありません。この点、次のように、単に受益者と記録されるのでしょうか。
B
あるいは、次のように「みなし受益者」と記録されるのでしょうか、疑問となります。
B
本登記先例は、このような具体的な記録例の形まで示唆するものではないので、この辺りも、今後の登記実務で、登記代理人である司法書士の頭を悩ませることになるでしょう。受益者に関する事由は、「委託者に関する事由」や「受託者に関する事由」と異なり、「受益者に関する事由等」として「等」が付されています。これは、受益者欄の場合、受益者だけではなく、受益者代理人などの登記事項とされている登記が入れられるようにとの配慮からなのではないかと推察されます。従いまして、必ずしも、受益者というだけではなく、みなし受益者という表現もあり得るのではないか、とも思われます。
受益者変更登記の登記原因
さらには、受益者変更登記の変更原因が、どのように記録されるのかも、本登記先例のなかでは明らかにされておりません。単に、受益者変更の登記原因は、年月日変更なのでしょうか。
×年×月×日
第××号
原因 ×年×月×日変更
あるいは、次のように、受益者とみなされることになる信託の清算なのでしょうか。
×年×月×日
第××号
原因 ×年×月×日信託の清算開始
または、次のように、みなし受益者となる信託の清算が始まる契機となる信託の終了事由の発生なのでしょうか。
×年×月×日
第××号
原因 ×年×月×日信託の終了
あるいは、次のように、信託の終了事由の内容の発生事実なのでしょうか。
×年×月×日
第××号
原因 ×年×月×日委託者 A の死亡
上記のような記録ですと、信託目録上、信託の終了事由として、委託者の死亡が記録されているので、「委託者の死亡⇒信託の終了⇒信託の清算開始⇒帰属権利者のみなし受益者化」という連続過程が、信託登記面上から推認することができます。
×年×月×日
第××号
原因 ×年×月×日信託法 183 条 6 項による変更
信託法183条6項の法定によって受益者とみなされることを登記原因とする方法もあり得るかもしれません。
委託者変更の登記の要否
なお、本登記先例では言及されておりませんが、受益者変更登記の前提となる受益者Aは、委託者でもありました。いわゆる委託者兼受益者という自益信託の事案です。従いまして、委託者が死亡した場合、委託者の変更登記申請も要するのか、という論点を生じます。本登記先例の照会文のなかでは、信託目録上、委託者の地位や権利について、どのような定めが登記されているのか、明らかではありません。従いまして、委託者Aの死亡によって、委託者の地位や権利が、どのように承継されていくのか、消滅してしまうのか、などが明らかではありません。
なお、近時、委託者の地位は、あくまで民法上の相続の対象となるので、その相続による承継に関しては、信託当事者の間の合意で、相続しないなどと定めることはできない、というような見解も主張されております。委託者の地位の相続は、民法の相続法に従い生じるものですが、相続による包括承継それ自体は強行法規であり、民法の規定に従い相続の放棄や限定承認、遺産分割協議その他が許容されているような形となっており、信託法上の合意(信託行為)の範疇の外にあること、とも考えられるからです。
これに対して、信託行為の定めをもって、委託者の地位は相続しない(消滅する)との定めも有効であるという見解もあるようです¹。このような考え方は、あくまでも、委託者の地位は、信託法により生じ、そのような地位の承継関係については、信託行為でもって自由に定められるという発想なのでしょう。
委託者の地位の承継の問題は、家族信託を巡る論点のなかでも、難解なものの一つです。この点、委託者の死亡を契機として、みなし受益者の登記が記録される場合、委託者の死亡に関する登記申請をしなくてよいのか否か、という論点も、早晩、クリティカルなものとなる予感がいたします²。
2 委託者の死亡ではなく、受益者の死亡=終了事由として、受益者の死亡を信託の終了事由としている場合、信託終了時、「信託終了時の受益者」は存在するのか、既に存在しないのか、という議論が行われました。このような場合、信託財産から固有財産への転換時、受益者としての登記申請権は、既に、受益者の相続人が承継しているのだろうか、このような論点は、信託登記の同時申請かつ一の申請情報による申請の権利の登記の登記申請人に関わります。
相続による委託者変更登記の要否
といいますのも、実際の実務の現場では、委託者が死亡した場合、委託者の地位の相続を原因として、委託者変更登記として、委託者の相続人の登記が求められるような事案を生じているからです。これは、実体法上の解釈論との関連が強く、実際に、委託者が死亡することで、実体法上、委託者の地位に相続が生じているということであれば、実体と登記を一致させるため、その旨の登記が求められる、という考え方に基づくものであると思われます。
なお、委託者の死亡をもって、信託の終了事由としている場合、信託は終了しているのだから、委託者の地位の相続は生じないという見解もあり得ますし、あるいは、信託が終了しているのだから、委託者の地位の相続の登記をする必要はない、という見解もあり得ます。しかしながら、信託法上、信託の終了後であっても、信託の清算中は、信託の存続がみなされます。
ここでも、信託法183条6項の「みなし受益者」の場合と類似した規定が存在しており、信託の清算結了に至るまで、信託の存続がみなされることになっております³。「みなし信託」あるいは「信託の擬制」ですが、そうであれば、信託の存在が擬制されている間は、委託者の地位も消滅せず、相続して承継されると考えることもできるようにも思われます。この辺りの「みなし規定」の存在も、信託登記を考える上で、難しい論点の一つです。
不動産登記法104条の2第2項の変更登記申請のための前提登記
さて、前述のような「みなし受益者」の登記が記録されていることを前提として、本登記先例の重要なポイントを見ていきましょう。みなし受益者への変更登記申請の受理の可否も(更には、みなし受益者への変更登記申請の要否は)、本登記先例のとても重要なポイントなのですが、それは、次のような登記の大前提となるからです。
なお、本登記先例では、次のような登記申請の場合、不動産登記法104条の2第2項の登記申請構造が適用されるとしております。
☑信託終了時の受託者=残余財産の帰属権利者
⇒信託清算時における受託者の固有財産とするための登記申請
□登記義務者=受益者
□登記権利者=受託者
本来、登記義務者は、登記名義人がなります。登記名義人とは、登記記録上、権利者として登記されている者です。それは、不動産登記法2条各号の定義条項に規定されております。
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
十一 登記名義人
登記記録の権利部に、次条各号に掲げる権利について権利者として記録されている者をいう。
十二 登記権利者
権利に関する登記をすることにより、登記上、直接に利益を受ける者をいい、間接に利益を受ける者を除く。
十三 登記義務者
権利に関する登記をすることにより、登記上、直接に不利益を受ける登記名義人をいい、間接に不利益を受ける登記名義人を除く。
受益者は、本来の意味での登記記録上の権利者としての登記名義人ではないわけですが、受益者の表示として、信託登記上、受益者欄に登記されております。それゆえにこそ、登記官は、受益者としての登記義務者の適格性を審査することができるわけです。つまり、登記官は、登記の形式主義的に、実質判断に踏み込むことなく、誰が受益者であるのかが、登記記録から、わかるわけです。受益者は、登記名義人としての登記ではありませんが、それに準じるような形で、登記記録上、受益者の登記があるわけですので。
要するに、登記記録上、共同申請構造の枠組みとして連続させることができるわけです。
そこで、残余財産の帰属権利者は、みなし受益者であるから、受益者変更の登記を経て、受益者の登記をしておけば、登記義務者としての受益者として、登記記録上、共同申請の登記名義人適格が判断できる、ということになるわけです。そのような登記上の技術を用いることで、いわゆる登記の連続主義を適用させることができるわけです。
登記が省略されている場合はどうなるのか
なお、受益者の登記が省略されているような場合(それは不動産登記法97条2項が許容する場合に可能となりますが)、このような形式主義による連続性が確保できなくなるので、要注意かもしれません。
前の受益者が省略されている場合、どのようにして受益者変更の登記を入れることができるのか、少し、疑問となるからです(実務上は、このような疑問を生じると、一義的な判断が難しくなり、やっかいです)⁴。
更には、残余財産の帰属権利者と指定された者が誰なのか、それが省略されているような場合、そのような状態を前提として「みなし受益者」の登記を申請した場合、登記官によって、どのような対応が行われるのか、心配となるところです。本登記先例は、あくまでも、残余財産帰属権利者が誰になるのかが(委託者死亡による終了時は、信託終了時の受託者としているのですが)、明確に登記され、公示されていることが前提となっております。そのような指定の登記に従い、それを信託法に従い変換して「みなし受益者」の登記が入れられるからです。
それゆえ、残余財産帰属権利者と指定された者の特定が省略されているような場合、前提登記として更正登記で、帰属権利者を特定する登記に直して対応すべきなのか否か、その際の更正登記の登記原因証明情報の名義関与者は誰になるのか(まんがいち、委託者が死亡した後は、どのようになるのか)などについて、予め、十分に検討しておく必要があるものと思われます。実務の事例にありますように、まんがいち、登記官から、委託者の相続人全員の名義関与が求められることになってしまえば、そこで混乱を生じてしまう可能性があるからです。
不動産登記法104条の2第2項の登記の申請構造
それでは、本登記申請の本丸ともいえる不動産登記法104条の2第2項に規定する登記申請構造は、次のとおりです。
2 信託財産に属する不動産についてする次の表の上欄に掲げる場合における権利の変更の登記(第九十八条第三項の登記を除く。)については、同表の中欄に掲げる者を登記権利者とし、同表の下欄に掲げる者を登記義務者とする。この場合において、受益者(信託管理人がある場合にあっては、信託管理人。以下この項において同じ。)については、第二十二条本文の規定は、適用しない。
一 不動産に関する権利が固有財産に属する財産から信託財産に属する財産となった場合 | 受益者 | 受託者 |
二 不動産に関する権利が信託財産に属する財産から固有財産に属する財産となった場合 | 受託者 | 受益者 |
本登記先例は、受託者=残余財産帰属権利者の場合、信託の清算時における信託財産から固有財産への性質転換は、所有権の移転登記ではなく、変更登記という形を用いるべきことを明確にしていることが、重要な点の一つです⁵。また、受託者=残余財産帰属権利者の場合、帰属権利者への変更登記申請は、それが、そもそも可能であると共に、その登記申請が共同申請という形をとるものの、同一人(受託者=清算受託者)による、事実上の単独申請が可能となることをも示唆しているように見える点も重要です。
不動産登記法104条の2第2項の登記申請情報の形の抜粋は、以下のとおりになります。なお、本登記先例では、登記原因はどうなるのか、そして、登記原因に関する記録例が示されていないので、それを想像で埋めていくと、いくつかの登記の原因の形が考えられます(それは後述します)。
登記の原因 権利の変更 令和×年×月×日××
信託登記抹消 ××
登記義務者兼義務者 司法一郎
受託者=帰属権利者という定めがある場合、その帰属権利者が信託の残余財産である不動産を取得する際、登記の目的として、所有権の移転登記申請で行うのか、あるいは、所有権の変更登記申請で行うのか、という見解の対立が、長らくありました。
前述のとおり、本登記先例は、所有権の変更登記申請で行うべきであり、それは、不動産登記法104条の2第2項の「受託者の固有財産となった旨の変更登記」という登記申請構造が用いられるべき、としております。確かに、元々、受託者は、信託財産としての不動産の所有権の帰属主体ですので、同一人の間に「所有権の移転」はなく、受託者に所有権が帰属したまま、その帰属の性格として、信託財産から固有財産へと権利の性質が変更されるので、「所有権の変更」となるわけです。ちょうど、自らを委託者兼受託者として、自分の固有財産を信託財産とする、自己信託において、所有権の変更の登記申請構造が用いられるのと、似たような構造かもしれませんね。
不動産登記法104条の2第2項の変更登記申請の登記原因
問題は、登記原因です。本登記先例は、この登記原因は何か、には触れていないので、論点が残っております。いくつかの考え方があり得ます。
登記の原因 権利の変更 令和×年×月×日委付
信託登記抹消 委付
登記義務者兼義務者 司法一郎
このように、登記原因をもって、「委付」とするような考え方です⁶。不動産登記法104条の2第2項に従い所有権変更登記として、記載例通達(平19・9・28民二第2048号法務局長・地方法務局長あて民事局長通達)の(別紙)信託の登記に関する不動産登記記載例22)に従い、信託法31条2項の利益相反の許容と理解して委付を登記原因とする考え方です。「委付」は、利益相反の典型場面が想定されておりますが、受託者における信託財産から固有財産への転換に対して、信託法31条1項、2項の利益相反の射程をどのように考えるか、申請構造上の牽制は不要なのか、という問題があります。
もう一つの考え方は、次のような登記原因を用いることです。
登記の原因 権利の変更 令和×年×月×日財産引継
信託登記抹消 財産引継
登記義務者兼義務者 司法一郎
この場合、登記原因は、「財産引継」となります。 元々、「所有権移転」の登記目的に紐づけられている「信託財産引継」(平19・9・28民二第2048号法務局長・地方法務局長あて民事局長通達)の(別紙)信託の登記に関する不動産登記記載例23)を登記原因として援用する形式です⁷。
不動産登記法104条の2第2項は、登記原因の内容までは示唆しておりませんので、この点は、今後の解釈論のテーマになっていきそうです
7 同一主体における信託財産から固有財産への転換に対して、信託財産引継という概念(平19・9・28民二第2048号法務局長・地方法務局長あて民事局長通達)の(別紙)信託の登記に関する不動産登記記載例23)が妥当するのか、という論点がありました。信託財産から固有財産への転換は、引継といえるのか、が議論されてきました。
利益相反性という問題
不動産登記法104条の2第2項については、整備法に基づく改正不動産登記法の立案担当者の清水響参事官(当時)の下記の見解が重要だと思います。
同条は、登記原因である「委付」か「信託財産引受」か、までは特定しておりません。しかし、利益相反に対する配慮があるという点は、現在の家族信託の一部の逸脱事例(相続財産の囲い込みのための信託利用等)に対して指摘されるような問題点を思えば、尚更、重要な指摘であると思われます。
この点、「委付」という概念の中核も、現代的には(家族信託の昨今の実情を鑑みまして)債務負担と信託財産による代物弁済などの特殊事例の想定ではなく、「利益相反リスクを内包した信託財産から固有財産への変更」という点にこそ着目すべきではないか、と思われます。齊藤明統括登記官(当時)も、同様の見解を示している、と思われます(齊藤明「最近問題となった不動産登記及び信託等に関する事例について(上)登記インターネット 113 号 68~69 頁」)。
これまでの登記代理人の議論を観察すると、「親族受託者=帰属権利者」の実質的な利益相反リスクという問題を軽視しがちな傾向がありましたが、しかし、ここに家族信託に対する懸念の一つが潜むことが指摘されてきました。
公益財団法人トラスト未来フォーラム家族信託の実態把握と課題の整理に関する研究会「家族信託の現状と課題」信託フォーラム6号13頁
かような遺産承継型の家族信託における利益相反構造に対しては、近時、改めて信託法学者からの指摘がありました。
佐久間毅「民事信託における専門家の役割」金法2131号22頁
利益相反のリスクは、あくまでリスクですので、全くだめということではなく、むしろ、そのようなリスクを、信託関係者間できちんと理解することで、それを明示的に許容して、最小化できればよいわけです(ですので、そのようなリスクを正面から見つめて、理解するっことこそが重要なのだと思います)。
そこで、信託登記手続上も、利益相反性のリスクがあることを念頭において、登記申請構造を考えることが重要となるものと思われます。
なお、登記官(元登記官)から構成される不動産登記実務研究会は、受託者が管理してきた信託不動産を固有財産として帰属させる場合、それは利益相反の許容(信託法31条2項)の場合に該当するとして、信託財産を固有財産とする「所有権変更」を登記目的、登記原因を「信託財産引継」、そして、添付情報上、利益相反の許容に関する事実を明きからにすべきとしております(小池信行、藤谷定勝【監修】不動産登記研究会【編著】「Q&A権利に関する登記の実務ⅩⅣ」349~355 頁)。登記官ら(あるいは元法務局関係者)の見解は、申請人適格まで言及しておりませんが、それは、昨今の家族信託の普及以前に出された見解であったからかもしれませんね。
不動産登記法104条の2第2項の登記申請の申請人
受託者=残余財産帰属権利者との定めが登記されており、委託者の死亡でもって信託が終了した場合、受託者から残余財産帰属権利者への、信託財産を受託者の固有財産とする旨の変更登記申請を行う場合、その申請人は誰なのか、という論点があります。前述のとおり、受託者であり、残余財産帰属権利者である同一人が、受託者とみなし受益者を兼ねて、共同申請構造を充足できるのか、という論点です。
不動産登記法104条の2第2項は、利益相反リスクから、従来の登記名義人である所有権者が受託者であるにも関わらず、登記義務者を受益者、登記権利者を受託者とするような共同申請構造を採用しているわけですが、そのような想定ゆえの申請構造であるのに、事実上、受託者の単独申請となってしまうことから、問題となるわけです。
本登記先例の照会文は、次のようになります。この照会文によれば、受託者が登記権利者となり、同一人である「みなし受益者」が登記義務者となることで、同一人による共同申請を許容しているようにも読めます。
従来、この申請人(登記義務者)は誰か、という論点については、いくつかの見解があり、実際、実務の現場でも、複数の取り扱いがされてきたところでした。受託者=残余財産帰属権利者が、「みなし受益者」として登記義務者となれるという見解は、従来の議論に対して、一定の結論を示唆するものとして機能するかもしれません。
なお、かつて、遺言執行者と、受遺者が同一人である場合、遺贈を原因とする所有権移転登記の申請は、遺言執行者=受遺者の同一人から申請できるとする取扱いの存在を根拠として、帰属権利者=受託者の同一人からの登記申請も可能である、と主張されたことがありました。しかし、遺言執行者は、あくまで、登記名義人の本人ではなく、代理人(代表者)であり、登記名義人となり得る地位にはありません。これに対して、受託者は、あくまで、所有権の帰属権利者として登記名義人であるので、遺言執行者の事案を類推して当てはめることはできないことに注意が必要です⁸。
ここで、逆に、申請人に関して、共同申請構造を維持する必要があり、受託者の単独申請は許容されない、と主張されてきた見解に基づく申請人構造をみてみましょう。
B
C
D
登記権利者 B
既に、登記義務者が死亡していることから、登記義務者の申請権を共同相続人が不可分的に承継する(不動産登記法62条、昭27.8。23民甲74号、昭和34.9.15民甲2067号等参照)⁹と考えて採用された申請構造であると推察され¹⁰、実務上も事例がございましたが、とても重い申請構造になってしまいます¹¹ 。
9 委託者兼受益者の共同相続人は、その全員が、受益者としての登記義務を不可分的に承継するのか(不動産登記法62条、昭和27・8・23民甲74号、昭和34・9・15民甲2067号)が議論されてきました。このような論点は、信託登記の同時申請かつ一の申請情報による申請の権利の登記の登記申請人に関わるものであり、かような議論は、本登記先例が「みなし受益者」の登記義務者としての適格性を許容したことで、収束するかもしれません。
10 不動産登記法104条第2項の登記義務者である「受益者」とは、どの時点の「受益者」を指すのか、という論点がありました。登記申請時における「受益者」ということであり、その時点では受益者が死亡していれば、登記申請権を「受益者」の相続人(共同相続人)が承継しないのか、という疑問がいわれており、登記申請人適格に関わる論点でした。
11 旧不動産登記法下の登記実務において、委付を原因とする信託財産から固有財産への変更登記は、委託者または委託者の相続人が登記義務者でした。どうして現行法では受益者となっているのか、旧法下、委託者の相続人を登記申請人としていたことを如何に考えればよいのだろうか、現在、委託者兼受益者の相続人の関与を不要とする理由はあるのか、というような疑問がいわれることもありました。
登録免許税のポイント
従来、信託終了時における所有権変更登記申請の登録免許税に関しては、全国の法務局によって異なる取り扱いがされる場合がありました。例えば、所有権変更であっても、実質的な所有権移転分として登録免許税を算定する場合があり、一方、そうではなく、単なる変更登記として、登録免許税1000円として登録免許税を算定する場合も報告されてきました。
本登記先例は、次のような照会に対して、それを肯定しております。
登録免許税法7条2項は、次のような規定です。
この条文は、以下のような要件の充足をもって、相続による財産権の移転の登記とみなして、登録免許税の規定を適用するとしております。
☑ 信託の効力が生じたときから、引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者
☑ 当該受益者が、当該信託の効力を生じた時における委託者の相続人であるとき
⇒ 相続による財産権の移転の登記とみなして登録免許税を適用する
以上の要件を満たせば、信託終了時における所有権移転分の1000分の20が、1000分の4となります。要するに、本登記先例は、信託財産を固有財産とする変更登記申請について、当該事案に対する登録免許税法7条2項の適用をいうことで、変更登記申請に関わらず、実質的な所有権移転として、所有権移転分である1000分の20の税率が適用され、そして、登録免許税法7条2項の要件を満たす場合には、1000分の4の税率が適用される、としております。そのような重層的な論理構造になっております。
なお、本登記先例の事案は、受託者が、委託者の相続人の一人であり、残余財産帰属権利者として、みなし受益者であることから、登録免許税法7条2項の要件を満たして、1000分の4の税率が適用されるとしております。本登記先例によって、変更登記分として1000円という登録免許税額は、否定されたわけです。
本登記先例の事案の概要
最後に、元となっている事案は、どうなっているのか、本登記先例の照会文の最後の事案の部分にフォーカスしてみましょう。
委託者A
受託者B(BはAの相続人の一人である。)
受益者A
信託目録に次の記録がある。
ア 委託者Aが死亡した場合には、信託が終了する。
イ 委託者の死亡により信託が終了した場合の清算受託者及び残余財産帰属権利者は、
信託終了時点における受託者とし、その者に給付引渡すものとする。
まずは、委託者が、受益者を兼ねる委託者兼受益者のタイプの自益信託ということがわかります。そして、受託者は、委託者兼受益者の相続人の一人であるということです。受託者が、相続人の一人であるということは、受託者が個人であるということです(相続人は、個人しかなれませんので)。要するに、既に見ましたとおり、本稿でいう家族信託の定義に従えば、家族信託の事案であるということです。そして、受託者が個人である民事信託でもあります。そういうわけで、ここを読めば、家族信託の登記の案件である、ということがわかるわけです。
次に、信託目録に記録された情報の内容の抜粋が書かれております。信託の終了事由の一つとして、「委託者の死亡」が記されているということです。これは、信託の終了事由を定めた信託法163条で、9号が規定する「信託行為で定めた事由が生じたとき」という信託終了事由です。当の委託者の死亡によって家族信託が終了してしまうという類型も、高齢者を委託者兼受益者とする認知症対策の家族信託では、よく見られた類型でした。
そして、次が重要です。委託者(委託者兼受託者)の死亡によって、信託が終了した場合、清算受託者ならびに残余財産の帰属権利者として、信託終了時における受託者とするという信託条項が、信託目録上、登記されております。
委託者の死亡を信託終了事由とする家族信託において、信託終了時の受託者が、残余財産の帰属権利者となるという信託条項も、めずらしいものではありません。また、受託者を、残余財産の帰属権利者に指定することも、信託法182条2項で許容されていることから、可能であるとされております。
一 信託行為において残余財産の給付を内容とする受益債権に係る受益者(次項において「残余財産受益者」という。)となるべき者として指定された者
二 信託行為において残余財産の帰属すべき者(以下この節において「帰属権利者」という。)となるべき者として指定された者
2 信託行為に残余財産受益者若しくは帰属権利者(以下この項において「残余財産受益者等」と総称する。)の指定に関する定めがない場合又は信託行為の定めにより残余財産受益者等として指定を受けた者のすべてがその権利を放棄した場合には、信託行為に委託者又はその相続人その他の一般承継人を帰属権利者として指定する旨の定めがあったものとみなす。
3 前二項の規定により残余財産の帰属が定まらないときは、残余財産は、清算受託者に帰属する。
この信託法182条2項の規定は、第1項の信託行為で、残余財産の帰属権利者となるべき者、あるいは、残余財産受益者となるべき者が指定されていないような場合を定めております。ちなみに、信託行為は、民法上の法律行為と類似した概念で、信託設定のため、信託の効果発生を目的とした行為のことです。典型例は、委託者と受託者による信託契約の合意です。
なお、家族信託の実務上、残余財産受益者となるべき者を定めることは少なく、残余財産の帰属権利者を指定するのが一般であると言われております。その理由としては、残余財産受益者となるべき者を指定した場合、当初から受益者となるので、指定された者において受益者としての権利(受託者に対する監督権限など)が負担となる、あるいは、受益者として、当初から課税されるリスクがあるなどが指摘される場合がありますが、本当のところは、必ずしも明確な理由があるとはいえないようです。
受託者=帰属権利者の場合の利益相反性
ところで、信託の設定の時に、予め、受託者を、残余財産の帰属権利者となると指定することは、受託者の利益相反行為となるのではないか、と指摘する声もあります。
例えば、信託法31条1項1号は、信託財産を、受託者の固有財産とすることは、利益相反行為の典型例として挙げております。
一 信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を固有財産に帰属させ、又は固有財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を信託財産に帰属させること。
この規定は、実際に、受託者が、信託財産を、自らの固有財産としてしまうような場面を想定しております。例えば、受託者が、信託財産である不動産を、実際に、自分の固有財産であるとして、自らの財産として帰属させてしまうような場合です。
これに対して、信託の設定の時点(信託契約の締結の時点)で、受託者を、残余財産の帰属権利者に指定することは、実際に信託財産を固有財産化するのは、将来のことであり、また、信託が終了する時期も、一般には、いつになるのか、予測できません。そして、信託終了時に、実際に、残余財産が残っているのかどうかも、本当のところよくわかりません。その意味では、必ず信託財産を固有財産にできるわけではないので、残余財産の帰属権利者と指定された者が有するであろう権利は、単なる期待権です。ですので、信託の設定時に、受託者は、残余財産を取得するかもしれない期待権を取得するにすぎないのに、信託財産を固有財産とする利益相反行為の信託法31条1項1号に該当するとするのは、少し、大袈裟なような気もいたします。
もっとも、最悪なケースを想定してみると(家族信託では、この想定が難しいのですが)、相続人の一人である受託者が、自分の相続できる財産を(信託財産となれば、相続財産というわけではありませんが、実質的には相続財産ですね)、なるべく多めに残そうと考えて、委託者兼受益者に使うべきお金をケチケチしたり、本来、信託財産である不動産を売却してお金を作り、委託者兼受益者のために使うべきところ、やはり、受託者が、最終的に、残余財産の帰属権利者として、その不動産を欲しいと思い、売却しないようなことも考えられます。もちろん、そんな悪い想定は、ほんの一部の事例で生じるものだとは思いますが、世の中で、全くあり得ないことではないかもしれません。親想いの受託者だって、将来、どんな経済状態になってしまい、お金の必要性が生じるのか、誰も、わからないからです。
そこで、信託契約の締結時において、受託者を、残余財産の帰属権利者に指定する定めをおく場合、あえて、信託法31条1項1号の想定に該当するものと解釈することで、信託法31条2項1号の信託行為による利益相反の許容の定めを信託条項化して、信託目録に記録すべき情報として登記までしておくことが、実務の工夫として考えられます¹²。
2 前項の規定にかかわらず、次のいずれかに該当するときは、同項各号に掲げる行為をすることができる。ただし、第二号に掲げる事由にあっては、同号に該当する場合でも当該行為をすることができない旨の信託行為の定めがあるときは、この限りでない。
一 信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき。
信託法31条1項および2項に違反する行為であると解釈されてしまった場合、その行為は無効となってしまうからです。
もちろん、信託行為でもって、受託者を、残余財産の帰属権利者であると指定するだけで、信託法31条2項1号の信託行為による許容の定めがあると解釈できるのかもしれません。しかし、信託登記のための信託目録に記録すべき情報として、そのような信託行為が存在することを明確に示しておいたほうが、後日、登記官との間で解釈が異なるような場面を想定しないですみますので、精神衛生上、よいと思います。例えば、以下のような要約例です。
【信託目録に記録すべき情報の要約例】
信託法182条1項2号の定め
委託者の死亡による信託の終了時、信託終了時点の受託者をもって、残余財産の帰属権利者として指定する
信託法31条2項1号の定め
受託者を残余財産の帰属権利者として指定することで、信託終了後、最終的に、信託財産が、受託者の固有財産となることを許容する
登記識別情報の通知の有無
ちなみに、1000円の登録免許税をもってしての変更登記申請の場合、あくまでも付記登記による変更登記として、登記識別情報が通知されない取り扱いであったようですが、原則として1000分の4の登録免許税をもってする信託財産を固有財産とする旨の変更登記の場合、識別情報は通知されるのでしょうか。
本登記先例は、この点に言及していないので、確定的な結論はわかりませんが、変更登記であるから、登記実務上、登記識別情報は通知されないという取り扱いとなる可能性があります。
しかしながら、当該不動産の権利帰属が、信託財産から固有財産に大きく性質変更されるわけなので、固有財産として取得する者にとっては、そして、そこから新たに売買等で取得する者にとっても、登記識別情報が欲しいところです。それゆえ、上記の不動産登記法21条が規定する「申請人自らが登記名義人となる場合」という文言からの抽象度あるいは概括度からいえば、信託財産から固有財産として取得する者が、自ら申請して、登記名義人として該当するという解釈も可能なのではないか、という意見もあるようです。
この点、登記名義人に帰属する権利の性質変更に係る登記申請としては、自己信託の登記申請があります。自己信託の設定による所有権変更登記申請、あるいは、自己信託の終了によって委託者名義に戻す所有権変更登記申請などの場合と同様に考えられるのではないか、と感じられます。
残された論点
本登記先例では、触れられていない論点として、次のような論点が、従来から知られます。
それは、信託財産から固有財産に変更する原因日付は、いつなのか、という問題です。この点、信託財産から固有財産への転換の効果の発生する時点は、信託終了時なのか、債務弁済後の残余財産の確定時なのか(信託法181条)、清算受託者の意思表示時なのか、清算受託者と帰属権利者の合意時なのか、信託事務に関する最終計算時(信託法184条1項)なのか、最終計算への承認時(信託法184条2項、3項)なのか、あるいは、実際の給付となる登記の時点である登記申請時なのか、様々な見解があり得ます。
信託行為上、残余財産の帰属の時期まで明確に規定している信託契約書は少ないでしょうし、仮に、信託契約書上、その日時を明確に規定していても、清算受託者による信託の清算過程が入るので、どうしても不確定要素が混入してしまい、一義的に、原因日付を特定できないのではないか、ということにもなりそうです¹³。
しかし、登記申請情報上、原因日付は必要なものですし、かつ、信託財産に対する対抗力と固有財産に対する対抗力の境界という問題にも関わりますので、その原因日付の特定は重要です。なるべく、その原因日付の特定根拠を、信託契約書に記載して、かつ、信託目録に記録すべき情報として提供し、登記記録しておくような工夫が肝要かもしれません(その場合、将来の信託の清算過程がどうなるか、完全には想定できないので、信託債務の負担やその弁済などの想定外事由に応じた柔軟性も確保しておきたいところです)。