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一般公開

#「親なきあと」問題を考えよう

第5回 「親なきあと」相談室の活動報告~「親なきあと」相談室・山梨県事務局

一般公開期間:2024年7月1日 ~ 9月30日

※当記事は2024年7月の内容です。

 はじめに 
 障害のある子が将来も安心して暮らして行けるためには、持続的な安定収入を確保することが大変重要です。そのために、福祉型信託や公正証書遺言、不動産資産のバリューアップなど、さまざまな手法を駆使して構築した事例をご紹介します。全体図を作り上げる構想力と、それを実現するために多くの専門家と連携するネットワーク力の重要性、そして何よりも、「親なきあと」の安心を築き上げようという担当チームの強い思いが伝わってきます。
レポート
  親なきあと相談室 山梨県事務局 後藤貴仁・吉村成実・岩波恭平

遺言による福祉型家族信託
資産のデューデリジェンスと所有型資産管理法人設立を経て
親なきあとの安定収入確保とその持続可能性を標榜した事例

■ 第 1 回

 本稿においては、障害ある子を持つ山梨県の旧甲州街道宿場町にある旧家の当主が、遺言公正証書による福祉型家族信託を基軸として、約8年の歳月をかけて不動産のデューデリジェンスによるスクラップ&ビルドや所有型資産管理会社の設立などを事業化し、親なきあとにおける安定収入の持続可能性を標榜した事例につき、時系列に4回に分割して紹介する。

事業の目的

本件事業が標榜するところを以下に記す。

第1目的 親なきあとにおける生涯ある子の安定収入確保
第2目的 「飲水思源(いんすいしげん)」¹


 当主の子には障害があり、隆々と承継された祖先からの資産を、単独で使用・収益・処分することが困難な状態にあった。従って、障害ある子の今後数十年に及ぶ生涯に対し、それらの資産を如何なる方法により有効に機能させることができるのかという全体構想の構築が最も重要視された。
 また、当主は、「飲水思源(いんすいしげん)」を旨とし、祖先に畏敬意を表し、承継した資産を丁重に取り扱い、近隣との調和を図ることに腐心した。最終的には、全体構想の構築に約3年を費やし、爾後、約5年をかけて以下に示す4つの段階を計画的に遂行することとなる。
1  「飲水思源(いんすいしげん)」とは、中国の故事成句であり、「水を飲む者は、その源に思いを致せ。」、また、「井戸の水を飲む人は、井戸を掘った人の恩を忘れない。」などの意味で用いられる。

全体構想の構築

 本件事業の全体像を要約すると、最終的な福祉型家族信託の設計に至るまでには、約8年の歳月を要し、以下に記す4つの段階を経た。

第1段階 全体構想の構築
第2段階 デューデリジェンスに基づく不動産スクラップ&ビルドと金融資産ポートフォリオ組み換え
第3段階 所有型資産管理法人の設立
第4段階 遺言公正証書と福祉型家族信託

 デューデリジェンスに基づく不動産のスクラップ&ビルドでは、旧家に存する建物(老朽化した商業ビルと連棟式商業施設)の除却(スクラップ)と、医療施設と大型月極駐車場の建設(ビルド)を行い、大規模な再開発(バリューアップ)を遂行した。所有型管理法人では、構成員として、当主が代表取締役に就任し、障害ある子が社員となった。
 今回の第1回では全体構想の構築、第2回ではデューデリジェンスに基づく不動産と金融資産のスクラップ&ビルド、第3回では所有型資産管理法人の設立、第4回では遺言公正証書と福祉型家族信託について詳しく説明する。なお、これら全ての段階を、親なきあと相談室山梨県事務局(特定非営利活動法人山梨県相続成年後見協会内。弁護士、司法書士、行政書士ほか法律系専門職、一級建築士、不動産投資顧問、宅地建物取引士ほか建設不動産系専門職、ファイナンシャルプランナーほか金融系専門職、(医師)、看護師、薬剤師ほか医療系専門職などにより構成。(2013年設立)のスタッフが受託し、遂行した。

■ 第2回

 第2回では、信託の設計に向けたデューデリジェンスに基づく資産のバリューアップ、具体的には、祖先から承継した資産、不動産についてはスクラップ&ビルド、金融資産についてはポートフォリオ組み換えにつき説明する。

不動産のスクラップ&ビルド

 本件事業が標榜するところは、親なきあとの障害ある子の安定収入確保であるが、後述のとおり、全体構想構築の初期段階においては、相続税評価額が高いにも関わらず、収益性は皆無に近い状態にあった。如何にして収益性の高い資産に生まれ変わらせるか、即ち、ポートフォリオの組み換えが、いずれ来る親なきあとの安定収入確保の要衝であった。
 結論、数千平米の土地に存する老朽化商業ビルと連棟式商業施設、いずれも空家特措法²の特定空家³ と認定される一歩手前にあった建物群を除却し、医療施設と大型月極駐車場を建設するに至った。なお、土地は当主個人の所有であるが、新築する医療施設(上述の特定非営利活動法人の会員が運営)は、第3段階で新規に発起設立されることとなる所有型資産管理法人の所有としてそれらを賃貸、当該法人には障害ある子を社員として迎え入れ、賃料収入を原資とする給与所得を得るとともに、厚生年金を含む社会保険などにも加入することが可能となった。
 代表表取締役には当主が就任するため、併せて法人契約の生命保険において諸般のリスクをヘッジし た。また、「飲水思源」につき、特定空家群の除却のほか、不調に終わっていた国土調査の完了や、それに伴う境界確定や塀などの構築物の補修など、障害ある子が相隣関係に巻き込まれないよう、法的な問題点を払拭しておくことが重要であった。また、それは近隣との調和といった祖先から受け継がれた家訓の一つでもある。当主の資産は、不動産、金融資産を含め、子が生涯を通じて相応に生活するに足りるものだったが、本計画の策定開始当初は、その経済的な効用は極めて脆弱なものであった。

2 「空家等対策の推進に関する特別措置法」 平成26年法律第127号。
3 空家特措法第22条により、基礎自治体の長は、特定空家等の所有者等に、除却、修繕、立木竹伐採その他の措置を助言又は指導をすることができる
金融資産のポートフォリオ組み換え

 当主の長年にわたる懸案事項であった障害のある子の親なきあとの持続的な安定収入を確保のためには、不動産のみならず、有価証券含む金融資産のポートフォリオ組み換えにより、最終段階となる福祉型家族信託の対象となる財産を、収益性が優れた資産に生まれ変わらせることが必要だった。
 当主が保有する金融資産のうち、収益性、安全性、生産性、成長性の4項目、特に、収益性の視点から分析して事業性評価を行い、それらが劣る金融資産を売却して、当主が単独の株主となる所有型資産管理法人の資本金に充当して発起設立(同じ金融資産であるが、収益性の劣るものから、自らが所有経営する株式会社に組み替えたこととなる)、当該法人名義にて福祉施設を建設し、貸出賃料は当該法人の直接的な収入とした。

■ 第3回

第3回では、金融資産ポートフォリオの組み換えにより捻出されたキャッシュを資本金とする、所有型の資産管理法人の発起設立につき説明する。

資産管理法人

資産管理法人は、主に以下に記す2つに大別される。

・所有型資産管理法人(所有型不動産管理会社)
・管理型資産管理法人(管理型不動産管理会社)

 所有型とは、読んで字の如く資産(本件では建物)を所有し直接的に賃料収入を得るがそれに反して、②管理型では、収納代行や苦情処理などの事務的な機能のみ具備する法人であり、基本的には管理手数料を主たる収入源としている。本件事業では、上述した収益性の低い金融資産を、医療施設の建設代金を賄えるまで売却し、それを資本金とすることで、建物の所有権を法人に帰属させ、即ち、法人が賃料収入を得る形態を採用することができた(なお、土地所有権は当主個人のまま残置させた)。構成員を当主と障害ある子とする所有型管理法人を設立することにより、当主の所得を法人に移行させ相続財産の一極集中を回避するほか、障害のある子を社員として迎え入れ、賃料収入を原資として給与の支給が可能となるほか、社会保険厚生年金に加入することにより、社会保障面での基盤安定にも繋がった。

アセットマネジメント(AM)とプロパティマネジメント(PM)

 プロパティマネジメントは、経営代行を意味するが、それに対して、アセットマネジメントとは、資産運用を意味し、長期的視点から複合的な資産に対する投資分析や助言を行う。プロパティマネジメントが個別の不動産の資産価値を最大化することを目的とするのに対し、アセッマネジメントでは、不動産以外の資産を含む、不動産を含む全体の資産の収益価値の最大化をその目的としている点で大きく異なる、本件事業における所有型資産管理法人は、当所有に係る医療施設の賃借人からの賃料を収入源とするほか、当主が個人として所有して使用料を得る大型駐車場のプロパティマネジメントによる管理委託報酬もその収入源としている。大多数の不動産オーナーには、清掃や設備管理を行うプロパティマネジメント的管理会社が一般的である。

アセットマネジメント 資産運用による収益最大化
プロパティマネジメント 経営代行による価値最大化

 その使命は各々異なるものの、資産価値の最大化(プロパティマネジメント)なくして資産全体の収益最大化(アセットマネジメント)はなく、両者は密接不可分な関係にある。

障害のある子の社会的帰属意識の醸成

 所有型資産管理法人には上述した経済的な利得があるほか、ともすると社会的に孤立しがちな立場にあるが、障害ある子が法人の従業員という地位を得ることにより、組織に溶け込み、帰属意識を醸成させることができるほか、精神面での効用を得ることも可能となる。当主が嘱望する親なきあとの持続的な安定収入確保という経済的な問題の解決のみならず、社会の一員であることを当人が認識し、自らの存在意義を自覚することにより、行動にも責任感が芽生え、自律した生活を営むといった効用も内包されているのではないだろうか。また、その仕事の対象が祖先から承継した財産の維持管理となると、尚更だろう。

■ 第4回

 最終となる第4回では、本丸である公正証書遺言と福祉型家族信託について説明する。全体構想を経て、不動産のスクラップ&ビルドと金融資産のポートフォリオ組み換え、所有型資産管理法人の設立により、基盤は整備された。残る問題は、当主亡きあと、如何にして本件事業 の持続可能性を探求することであった。

遺言主旨

 公正証書遺言の主旨は以下のとおりである。

その1 居住用土地建物は遺言執行者に帰属先を委ねる(又は換価分割する)
その2 事業用土地(駐車場)は特定非営利活動法人に負担付遺贈する
その3 金融資産は障害ある子の経済的安定のため福祉型家族信託の信託財産とする
その4 事業用建物(医療施設)を所有する資産管理法人の株式は監査役に遺贈する
その5 付言

 全体を通してその企図するところは、親なきあとの障害を持つ子の持続的な安定収入確保であること は論を待たない。しかしながら、障害を持つ子の生涯設計を遺言作成時に確たるものとすることはできないため、生活の拠点となる居住用財産の帰属先を遺言執行者に委ねる ( 又は換価分割する)ほか、土地(駐車場)を障害ある子の生活資金を定期給付または緊急予備的に拠出するために負担付遺贈し(負担には、経済的拠出のほか療養看護も含まれる)、そして、金融資産を信託財産に組み入れて受託者が障害ある子の環境変化に対応すべく拠出できるなど、可能な限り柔軟に運用できるよう設計された。
 また、所有型資産管理法人の株式については、現在の監査役に遺贈することにより、当主の生前と変わらぬ法人経営が付託され、信託契約については、その終期を障害ある子の死亡までと定め、残余財産の帰属先は特定非営利活動法人とされた。
 障害ある子には子がなく、そこには、これまで当主の祖先が隆々と築き上げてきた資産、特に不動産を、今後も絶やすことなく、未来永劫、周囲と調和した街づくりに寄与させたいという願望が込められおり、それは、遺言公正証書の付言にも詳細に認められている。

世代間倫理

 「大地は、先祖から譲り受けたのではなく、我々の子孫から借りているのだ。」⁴とは、ネイティブアメリカンの格言である。余談だが、先述の「飲水思源」とは対極にあるところが興味深い。類似するものに、「どんなことでも7世代先のことを考えて決めなくてはならない。」⁵との格言もある。過去世代と将来世代の中間にいる私たち現代世代が持つべき世代間倫理につき、当主は、これまで説明してきた諸段階を経て、遺言と信託により体現したのである。

4 ネイティブアメリカンであるナバホ族の格言とされる。
5 同じくネイティブアメリカンであるイロコイ族の格言とされる。
法律・建設不動産・医療の専門家集団による 「One Team」

 信託においてはその設計が重要であることは自明だが、その対象となる信託財産が脆弱だった場合には、信託契約は砂上の楼閣となる危険性がある。本件事業においては、信託の設計のみならず、その対象となる資産の潜在能力を最大限に発揮させる法律、不動産、金融などの専門家がOne Teamとなり、知見を高度に集積させ、全工程を掌握した点が特色として挙げられ、成功裏に導いた大きな要因の一つであったと思慮する。
 一時的に複数の企業が集団化される組織横断型のJV(共同企業体)とは異なり、日常的に複数のプロジェクトを同時並行させている一つの法人は、知識集積的な実務的側面のみならず、事業主の理念や価値観を共有できる理念的側面においても鋭くその能力を発揮することが可能である。

 本稿を通じ、本件事業の情報を広範に提供することで、親なきあとの支援を深耕させることができたら大変幸甚である。

(個人情報保護を目的に主旨を変えない範囲においてデフォルメしています。)

親なきあと相談室 山梨県事務局
後藤貴仁・吉村成実・岩波恭平

親なきあと相談室 山梨県事務局 プロフィール

後藤貴仁
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社会構想⼤学院⼤学実務家教員養成課程修了、住友不動産株式会社都市開発事業本部を経て株式会社クロスリアルティコンサルタンツ代表取締役、⽇本不動産学会会員、⽇本相続学会元副会⻑
吉村成実
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都留⽂科⼤学卒、かんぽ⽣命を経て株式会社FPパートナー所属、親なきあとのファイナンシャルプランに従事
岩波恭平
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明治⼤学卒、地⽅銀⾏を経て外資系⽣命保険会社所属、親なきあとのライフプランに従事