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一般公開

#諸外国の信託活用事情

第37回 信託の変更に不当な影響力の行使が疑われた米国の判例

一般公開期間:2026年7月1日 ~ 9月30日

※当記事は2026年7月の内容です。

1.信託の変更に不当な影響力の行使

 米国の最新の民事信託の裁判例に遺言代用信託の変更に不当な影響力の行使が疑われた事例がありました。
 この裁判例では受益者が当初は委託者の孫等の親族でしたが、その後の信託の変更によりその知人の医療従事者に変更になりました。孫等の親族は、医療従事者により委託者に対して不当な影響力の行使が行われた疑いがあると主張して、医療従事者に対して信託の変更の無効確認訴訟を提起しました。立証責任は通常これを主張する側にあります。
 しかし、不当な影響力の行使は密室で行われ、その行使を外部から知る由もないので、この立証は原告にとって至難の業です。原告は状況証拠により、委託者が晩年に心身ともに衰弱し医療従事者に精神的に依存する関係にあったことを証明すべく複数の証人を立てました。
 裁判所はこれらの証言から委託者に対し不当な影響力の行使があったとの事実上の推定が認められるとして、被告の医療従事者に反証を求めました。被告の反証が不十分であったので原告の勝訴になりました。

 不当な影響力の行使が疑われる事例は信託の変更に限らず遺言の変更でもあります。日本でこのような行使が疑われる場合は、どう立証するのでしょうか。今回はこの米国の裁判例を参考にこの問題を考えます。

2.この米国の裁判例の概要¹

(1)事実関係

① 信託の関係者
 Janet D. Kosmo(以下「故人」と言う)は2017年に亡くなった。故人には3人の子、Laura、Richard、Claudia と、2人の孫、Brent、Stevenがいた。Claudiaには障害があり、ニューヨーク州のグループホームにて医療従事者Donna Savinoの介護を受けて共同生活をしていた。2006年にClaudiaが亡くなり、2013年に故人の夫であるJoseph R. Kosmoも亡くなった。DonnaはClaudiaの介護を介して故人と知り合い、故人と親密な関係を持った。

② 信託の設定とその変更
 故人と夫のJoseph は1994年に信託宣言により両者を共同受託者とするコスモ家族信託を設定した。この1994年信託証書では、設定者が亡くなった時は信託を2分割し、故人の持ち分はその孫等に遺贈されることになっていた。2008年に両者は信託を変更し、故人の半分の持ち分は、その90%が故人の子のRichardに、10%が故人の甥に分配されることにした(以下「2008年信託」と言う)。2013年1月にJosephの死亡により彼の半分の持ち分は取り消し不能になり、彼の受益者は変更不能になった。
 2013年7月に故人は信託を変更し、Donnaと故人の友人それぞれに25000ドルの受益権を贈与し、残余権を孫のBrent、Stevenに贈与した(第1次修正)。故人は2015年の変更(第2次修正)を経て2016年の変更によりその信託財産の全部の受益権がDonnaに付与された(第3次修正)。また、Donnaが共同受託者に加えられた。2017年12 月に故人の死亡によりDonnaが後継の受託者になった。信託証書には受託者の住所地に拘わらず準拠法を選択できることになっていた。受託者となったDonnaは、故人の住所地であるカリフォルニア州の検認法に基づき、故人の相続人に「受託者の通知」( notification by trustee)を行った。

(2)訴訟経過

① 2018年3月
 故人の子のLaura(以下「原告」と言う)は、これらの信託の変更はDonna(以下単に「被告」と言う)が故人に対する不当な影響力の行使による結果であると主張し、故人の家族とその友人が受益者から排除され、信託財産の全てが被告に残されることになったのは不当であるとの理由により、信託の変更の無効確認訴訟を受託者である被告の住所地であるニューヨーク州の検認後見裁判所に提起した。被告は原告の原告適格、原告側の証人の証人適格を争った。

② 2021年4月
 被告は原告の請求の棄却を求めて簡易判決を請求する動議を提出した。同年 7月裁判所は簡易判決を行うことは認容したが、故人と被告の間に親密な関係があったかどうか等の、訴えの棄却を妨げる事実問題が存すると判断し、訴えの棄却を否認した。そこで被告は訴えの棄却を求めて検認後見裁判所の控訴部(以下「当裁判所」と言う)に控訴した。

③ 2024年6月
 当裁判所で事実審理が行われた。事実審理の後の和解協議が不調に終わったので、当事者は当裁判所に審理後の書面を提出し、争点事実を提出した。

(3)訴訟の関係者

1 Matter of Kosmo Family Trust 2024 NY Slip Op 24324. Decided on December 23,2024 

3.当裁判所における審理

(1)不当な影響力の推定要素

 カリフォルニア州の裁判例によれば、「遺言や信託(以下「遺言等」という)による財産の遺贈における不当な影響とは、遺言等を行う者(以下「遺言者等」という)の自由意志を抑圧し、遺言等による財産の処分に対し、直接的な圧力をかけ、事実上遺言者等の自由意志を破壊する強制であると定義される²」、「通常、遺言等に対する異議申立人は不当な影響力を証明する責任を負う」が、「特定の狭い状況下では、遺言等の文書に対する異議申立人は、『(1)[被申立人]が…[被相続人]と親密な関係(confidential relationship)にあった;(2)[被申立人が]文書の準備または執行に積極的に関与した;そして(3)[被申立人は遺言等の文書によって不当な利益を得る』」ことを証明することにより「不当な影響の推定(presumption of undue influence)」を主張することができる。
 推定を受けることができない場合、信託設定に対する異議申立人は「直接的または状況証拠を提出し、(1)信託行為の規定が不自然であった、(2)信託による遺贈が、信託設定の前後の被相続人の意図と矛盾している、(3)受益者が被相続人との親密な関係から被相続人の信託行為を支配する機会を得た、(4)被相続人の精神的および身体的状態が、その意志の自由を損なうほど脆弱であった、および(5)不当な影響力を有した者が、事実上、信託証書の作成に実際積極的に関与していた」ことを証明することにより、不当な影響を立証することができる。

(2)推定要素の証明

 原告は、不当な影響力の推定を主張するためには、(1)被告が故人と親密な関係を有すること、(2)被告が信託行為の第2次修正および第3次修正の準備または作成に積極的に関与したこと、および(3)被告が第2次修正および第3次修正によって不当な利益を得ることになったことを証明する必要がある。

① 第一の推定要素(親密な関係を有すること)
 カリフォルニア州の裁判例によれば、「 受託者関係や親密な関係の本質は、当事者が対等な条件で取引しないことにある。なぜなら、信頼と信用を託された受託者が従属する委託者に対して独自の影響力を行使する上で優位な立場にあるからである」。親密な関係の本質的な要素は「(1)一方の当事者が他方に対して脆弱(vulnerable)であること、(2)弱い側が強い側に権限を与えること、(3)強い側が権限を求めこれを受け入れ、(4)弱い側が効果的に自己を守ることを妨げることである」。
 提出された圧倒的な証拠は、故人と被告が親密な関係にあったという結論を支持している。第3次修正に関しては、被申立人はすでに委任状に基づく故人の代理人として、また被相続人の先端医療指令に基づく故人の医療代理人として指名されている。これは被告が故人と信認関係を持ったことを表示する。被告は故人の被相続人の内密の遺産および生涯計画を弁護士と共に把握していた。また、第3次修正の下で信託の共同受託者にも任命された。さらに、故人の弁護士はこれらの文書で被告を故人の「信頼できる友人」と位置づけており、信託修正条項には被申立人を被相続人の「良き」かつ「信頼できる友人」と明記したことは、被告と故人の親密な関係を推測させる。
(証言内容の詳細は省略)

② 第二の推定要素(信託行為の修正の準備または作成に積極的に関与したこと)
 カリフォルニア州の裁判例によれば、積極的関与の要素は、親密な関係から生じる遺言者等への影響力と不自然な文書との因果関係の証明を必要とする。単なる一般的な影響力の存在だけでは不十分である。異議申立人は、その影響力が遺言等の行為に直接及んだことを示さなければならない。第3次修正に関しては、被告自身の証言によれば被告が故人と共に弁護士グローの事務所にて第3次修正の準備および委任状について話し合っている。これは弁護士グローの証言で裏付けられた。両当事者が提出した証拠品に第三次修正の3か月前に署名された被告と弁護士グローの間の弁護士雇用契約書があり、この契約書に故人が弁護士顧客間の特権(Attorney-Client Privilege)を被告のために放棄したと書かれている。これらの事実から当裁判所は被告が積極的に関与したと判定する。
(証言内容の詳細は省略)

③ 第三の推定要素(不当な利益)
 カリフォルニア州の裁判例では、不当な利益とは、被申立人である受益者が故人の遺産の処分から利益を得たかどうかではない、利益が『過剰』であったことである。
 文書証拠は、第三次修正の下で被告が信託財産の全額を、第二次修正の下では被申立人が25,000ドルを除き信託財産の全額を遺贈されたことを証明している。これに対して、第一次修正条項の下で被告には25,000ドルが遺贈され、修正前の2008年信託では何も残されていなかったから、第三次修正および第二次修正による被告への遺贈額が過剰であることが分かる。
 以上により原告は、故人と被告が内密な関係にあったこと、被告が信託修正案の作成に積極的に関与したこと、その結果として被告が不当な利益を得たことを証明したので、立証責任が被告に転換された。被告は信託の修正が不当な影響によって得られたものではないことを、証拠の優越性によって反論する必要がある。

(3)被告による反論

 被告は不当な影響力を疑わせるような態度をとったことはなかったと主張する。しかし、証言によれば、故人の隣人が故人を見守りをしてくれているにも拘らず、被告が隣人から故人の家の鍵を取り上げ、家族から故人への電話を妨害して、故人の自分への依存を強める振る舞いをしている。当裁判所は、被告のしぐさ、まなざし、顔の表情、声の抑揚が正直さに似つかわしくない態度であると観察した。最後に故人がその家族に対し愛情を持っていたことを考えると、信託財産の全部が故人の家族ではなく被告に残された結果は公平性に欠けると認定する。
 当裁判所は被告が裁判の終盤に行った証言は、不当な影響力の推定に関する原告の立証に対する反論として不十分であると考える。

(4)当裁判所の判決

 当裁判所は、結論として原告が被告による被相続人への不当な影響の結果として第二次修正および第三次修正が行われたことを立証し、被告がこの原告の立証を覆すことができなかったと認定する。
 よって、第二次修正および第三次修正は無効であり、信託財産は2013年の第一次修正に定められた通り受益者に分配される。

2 カルフォルニア州の検認法86条が準用する福祉法人法15610.70条にも同様の定義がある。

4.筆者のコメント

(1)遺言証書作成における不適切な関与

 この米国の不当な影響力の行使が疑われた裁判例に類似する日本の裁判例として遺言証書作成に不適切な関与が行われた事案があります³。この事案では遺言者は会社のオーナーで、自社株を後継者の親族の者に移転したいと考え、遺言書の作成を顧問弁護士に相談しました。遺言者は認知症初期症状にあり、自分の体力・知力の衰えや孤独感から、信頼している顧問弁護士に精神的に依存していました。顧問弁護士はこの遺言者の精神状態を利用して、自分に全財産を遺贈する旨の遺言書の作成を行うよう積極的に誘導し、不当な利益を得たというものです。法定相続人はこの顧問弁護士を被告として本件遺言の無効確認訴訟を提起しました。裁判所は一審では遺言者に遺言能力が欠けていたとして、遺言の無効を認めました。控訴審では遺言能力を欠く状況とは認められなかったとしましたが、顧問弁護士の行為が公序良俗に違反し遺言を民法90条により無効であるとして顧問弁護士の控訴を棄却しました。
 なお、詐欺脅迫、錯誤等の瑕疵ある意思表示を理由とする取り消しは遺言者が死亡している場合はできません。

(2)無効の立証責任と事実上の推定

 日本の民事訴訟では原則として自分に有利な法律効果の発生を求める者はその法律効果の要件事実について証明責任を負うものと考えられています。自筆証書遺言の無効確認訴訟において、遺言者本人の自署の立証は被告が行いますが、遺言能力の欠缺、公序良俗違反などは原告が立証責任を負います。しかし直接に要件事実を証明することができない場合は、間接事実の証明によりこれを推定させることになります。この推定には講学上、事実上の推定と法律上の推定があります。事実上の推定では、主要事実の存在について、間接事実の立証により、裁判官に、主要事実の事実性を推定させることになりますが、証明責任の転換を伴わないので、相手方による反論が認められます。これに対し法律上の推定では、前提事実の存在が立証されたときに要件事実について証明責任が相手方に転換されます。この米国の裁判例では原告の証明責任が被告に転換されました。

3 大阪高判平成26年10月30日、本橋総合法律事務所篠田大地判例批評