家族信託普及のための実務に役立つ情報を会員の皆さまに定期発信中です!

一般公開

#諸外国の信託活用事情

第31回 収益元本分割信託の受益権の取得が租税回避になるか

一般公開期間:2025年1月1日 ~ 3月31日

※当記事は2025年1月の内容です。

前書き

 日本では個人による収益元本分割信託(いわゆる受益権複層化信託)について課税当局が租税回避行為になると警戒しているようです。現に受益者連続型信託の収益を含む受益権はこれを個人が有する場合に相続税法9条の3の受益者連続型信託の特例により非常に過大に評価され加重な課税が行われています。これに対し一般の収益元本分割信託はどうでしょうか。親が子に資産承継するために収益元本分割信託を設定しその元本受益権を子に贈与することがしばしば行われます。信託財産の評価額に比べて元本受益権の評価額が低くその贈与税が低くなるので、この信託を使った資産承継方法は魅力的ですが、それだけに課税当局の対応が懸念されます。
 このシリーズにおいて既に何回か紹介したように、米国では収益元本分割信託の受益権の課税が適切に行われています。これは収益元本分割信託が租税回避に使われるような不正な仕組みではないからです。筆者はこのシリーズの前回34号で受益者連続型信託の収益受益権の取得が租税回避にならないことを検証しましたが、今回第35号では一般の資産承継のための収益元本分割信託の元本受益権の贈与についても、資産の単純な贈与と比較して租税回避にならないことを検証します。

1.本稿の検討対象

 収益元本分割信託は現行法上租税回避行為なると規定されているわけではなく、課税当局も法令解釈通達等に於いて租税回避行為になると明言しているわけでわけではありませんが、多くの税の専門家が収益元本分型信託の活用を躊躇し、読者の皆さんも不安を感じておられると思います。収益元本分割信託の税務の論点としては所得税及び法人税に関するものと相続税及び贈与税に関するものがあります。
 本稿では、一般的な収益元本分割信託の元本受益権を親が子に対して相続させ又は贈与する場合の相続税又は贈与税の取り扱いに絞って検討します。親が子に資産承継するためには、単純に資産を贈与ないし相続させる方法もありますが、収益元本分型信託は親の世代の老後の生活を保障すると共に子の世代に適切に資産承継させる方法として非常に有用であるからです。読者の皆さんは専門家として資産家の方からこうした信託の活用の相談を受ける場合が多々あると思います。そうした場合に本稿の検証を参考にしていただければ幸甚です。

2.租税回避行為

 一般に脱税行為とは課税要件の充足の事実を隠蔽する行為であるのに対し、節税行為は、通常用いられる法形式により税負担の軽減を図る行為です。これに対し、租税回避行為は、通常用いられない法形式を選択し、通常用いられる法形式に対する課税要件の充足を回避することにより税負担を減少させる行為です¹。
 収益元本分割信託は脱税行為ではありませんが、租税回避行為かどうかは、上記の租税回避行為の定義に即して検討する必要があります。そこで、この信託が通常用いられない法形式であり、かつ通常用いられる法形式に対する課税要件の充足を回避しているかどうかについて検討します。
 まずこの信託が通常用いられない法形式であるかについては、読者の皆さんはそうは思わないでしょう。しかし課税当局はそう思っているのかもしれません。これに対し、通常用いられる法形式に対する課税要件の充足を回避しているかについては、この信託に対する課税の結果が通常用いられる法形式の課税の結果と比較して税負担が軽減しているかどうか確認すれば検証できます。
 そこで本稿では以下により、通常用いられる法形式である資産の単純な贈与の税負担額と収益元本分割信託による元本受益権贈与の税負担額とを事例の基づき比較して、この信託が租税回避行為に該当するかどうかを検討します。

1 租税回避行為については金子宏法律学講座双書「租税法24版」弘文堂135頁。相続税に関する租税回避行為については松岡章夫編「ゼミナール相続税法令和3年補訂」大蔵財務協会第8編Ⅱ第2節が詳しい。

3.資産承継の事例

3ー1 資産の単純な贈与と信託元本受益権の贈与の事例

 親が子へ資産を贈与し、その後に亡くなり、親の財産が相続される事例です。この事例では、子は資産の贈与を受け、その贈与税を負担するだけでなく、親が留保した資産の収益又は信託収益を相続し、相続税を負担します。そこで、資産の単純な贈与と信託元本受益権の贈与について、子への贈与額と相続額から贈与税と相続税を差し引き算出した子への合計純移転額を比較します。

3-1-1 単純な贈与の内容

⚫ 贈与は子に対する生前の一括贈与とする。連年贈与ないし相続時清算課税制度は利用しない。
⚫ 贈与者は親1名、推定相続人は受贈者である子1名のみとする。
⚫ 贈与してから10年後に親の相続が発生する。
⚫ 贈与資産は利付債券。
⚫ 贈与資産の相続税評価額=債券の時価
⚫ 債券の利息=債券の利札(クーポン)
⚫ 債券のクーポン利率は債券額面に対するクーポンの利率
⚫ 債券の利回りは債券時価に対するクーポン及び償還損益の複利の利回り

3-1-2 信託受益権贈与の内容

⚫ 親が委託者としてその資産に信託を設定し、元本受益権を子に贈与し、収益受益権は自分に留保する。
⚫ 信託収益=債券の利息
⚫ 信託期間=債券満期10年。
⚫ 信託財産の相続税評価額=債券の時価
⚫ 受益権評価は財産評価基本通達202に基づき行う。
⚫ 収益受益権の評価は信託収益に基準年利率による複利年金現価率を乗じて計算する。
⚫ 元本受益権の評価は信託財産の評価額から収益受益権の評価額を差し引いて算出する。

3-1-3  計数基礎

⚫ 基準年利率1.5%、10年の複利年金現価率9.222、複利終価率1.161、複利年金終価率10.703。
⚫ 所得税及び住民税は考慮しない。贈与税率を20%、相続税率を50%とし、控除額は考慮しない。

3-2 比較する事例の種類

① 債券のクーポン利率及び利回りが基準年利率と同じ場合
② 債券のクーポン利率が基準年利率より高いが利回りが基準年利率と同じ場合
③ 債券のクーポン利率も利回りも基準年利率より高い場合
④ 債券のクーポン利率も利回りも基準年利率より低い場合

3-2-1 債券のクーポン利率及び利回りが基準年利率と同じ事例

贈与又は信託の資産:新規発行利付国債、債券額面100=時価=評価額、満期10年
クーポン利率=利回り=信託収益率=基準年利率1.5%
債券利息=信託収益=債券額面100×0.015=1.50
収益受益権評価額は信託収益1.50×複利年金現価率9.222=13.833
元本受益権評価額は信託財産評価額100−収益受益権評価額13.833=86.167

資産の贈与
親が利付債券100の内、債券13.833を留保し残債券86.167を子に贈与する。
信託受益権の贈与
親がこの利付債券100を満期10年で信託して、収益受益権13.833は親が留保し、元本受益権86.167を子に贈与する。

親の子に対する贈与の贈与税額と純受贈額
親が留保した債券又は受益権の相続税額と純相続額
親の子に対する贈与及び相続による税負担額と合計純移転額
資産承継方法の違いによる税負担額と合計純移転額の差の有無

 資産承継方法について資産の単純な贈与と信託受益権の贈与のそれぞれの税負担額を計算し、これを差し引いた税引き合計純移転額を比較した結果、資産承継方法の違いによる差がなかった

3-2-2 債券のクーポン利率が基準年利率より高いが利回りが基準年利率と同じ事例

贈与又は信託の資産:既発行利付国債、債券額面100、時価=132.28=評価額、満期10年
クーポン利率年5.0%=信託収益率
利回り=基準年利率1.5%
債券利息=信託収益=債券額面100×0.05=5.00
収益受益権評価額は信託収益5.00×複利年金現価率9.222=46.11
元本受益権評価額は信託財産評価額132.28-収益受益権評価額46.11=86.17

資産の贈与

 親が利付債券132.28(額面100)の内債券46.11(額面34.86)を留保し、残債券86.17(額面65.14)を贈与する。

信託受益権の贈与

 親がこの利付債券132.28を満期10年で信託して、収益受益権46.11は親が留保し、元本受益権86.17を子に贈与する。

親の子に対する贈与の贈与税額と純受贈額
親が留保した債券又は受益権の相続税額と純相続額
親の子に対する贈与及び相続による税負担額と合計純移転額
資産承継方法の違いによる税負担額と合計純移転額の差の有無

 資産承継方法について資産の単純な贈与と信託受益権の贈与のそれぞれの税負担額を計算し、これを差し引いた税引き合計純移転額を比較した結果、資産承継方法の違いによる差がなかった

3-2-3 債券のクーポン利率も利回りも基準年利率より高い事例

贈与又は信託の資産:信用度の低い私募社債、クーポン利率年5.0%=年利回り、満期10年、
債券額面100=時価=評価額
クーポン利息=信託収益=額面100×0.05=5.00
収益受益権評価額は信託収益5.00×複利年金現価率9.222=46.11
元本受益権評価額は信託財産評価額100-収益受益権評価額 46.11=53.89

資産の単純贈与

親がこの私募社債100の内
事例A:社債29.97を留保し、社債70.03(>元本受益権評価額)を贈与する場合
事例B:社債46.11を留保し、社債53.89(=元本受益権評価額)を贈与する場合

信託受益権の贈与

 親がこの私募社債100を満期10年で信託して、収益受益権46.11は親が留保し、元本受益権53.89を子に贈与する。

親の子に対する贈与の贈与税額と純受贈額
親が留保した債券又は受益権の相続税額と純相続額
親の子に対する贈与及び相続による税負担額と合計純移転額
資産承継方法の違いによる税負担額と合計純移転額の差の有無

 資産承継方法について資産の単純な贈与と信託受益権の贈与のそれぞれの税負担額を計算し、これを差し引いた税引き合計純移転額を比較した結果、事例A社債の贈与額が元本受益権評価額より多い場合は資産承継方法の違いによる差がなかった。しかし、事例B社債の贈与額が元本受益権評価額と等しい場合は信託受益権の贈与の税負担額が少なく合計純移転額が多かった。

3-2-4 債券の利回りが基準年利率より低い事例

 資産の単純な贈与と信託受益権の贈与を比較すると、信託受益権の贈与の税負担額が多く合計純移転額が少なかった。事例の計算は省略する。

4.債券のクーポン利率及び利回りに関する4事例の税負担額と合計純移転額の比較

4-1 資産の単純な贈与と元本受益権贈与の事例のそれぞれの受贈額と相続額から税負担額を差し引いた税引き合計純移転額

4-2 比較の結果の要約

 贈与財産が国債の事例①、②では、利回りが同じであるために債券利札(クーポン)の利率の高低に拘わらず、税負担額に差がなく、その結果、合計純移転額に差はありませんでした。従って、通常用いられる法形式である資産の単純な贈与の税負担額と収益元本分割信託による受益権贈与の税負担額に差がないので、収益元本分割型の利用が原則として税回避行為に該当しないと考えられます。
 しかし、例外的には、贈与財産が私募社債のように信用度が低くその分利回りが高くなる事例③では、事例A単純な贈与の額が元本受益権贈与の額より相当高い場合は差が出ませんでしたが、事例B同額の場合は元本受益権贈与の税負担額が少なく純移転額が多くなりました。そこで、高利回りの資産を同額で子に贈与する場合は、資産の単純な贈与よりも資産を信託財産としてその元本受益権を贈与する方が有利になります。なお逆に贈与財産の利回りが低い事例④では、元本受益権を贈与する方が不利になります。

4-3 世の中に安全確実で高利回りの資産はない

 世の中に安全確実で高利回りの資産はなく、リスクとリターンはトレードオフの関係にあります。もし、市場において本当に低リスクで高利回りの債券があるとすれば、その資産の価額が高騰し、その利回りが市場金利まで低下します。国債は、その信用度が高く低リスクですから低利回りになります。
 前述の3ー2ー2の事例のような既発行のハイクーポンの利付国債がその典型例です。クーポン利率が高いので、市場においてその価額が高騰し、その利回りが市場金利である基準年利率まで下がりました。これに対し中小企業の私募社債は、その信用度が低く高リスクですから高利回りになります。
 このような債券は、発行時には高利回りに見えますが、償還時には元本が毀損して償還損が発生するので、結果として利回りが市場金利迄低下します。世の中にうまい話はありません。

5.見かけ上高利回りの資産の信託の受益権贈与は有利ではない

5-1 高利回りの外貨証券の信託

 円証券の金利が零に近い水準であるのに対して外貨証券の中には高金利のものがあるので、この高金利の外貨証券を信託財産にする場合があります。しかしながら、収益受益権の評価を行うためには、受益者が将来受けるべき外貨収入額を円貨額に換算し、換算額に基準年利率を適用して行う必要があります。この換算に伴って発生するヘッジ・コストは通常は金融市場における円貨の銀行間金利と当該外貨の銀行間金利との金利差ですから、当該外貨証券の信用度が銀行の信用度と同等であり、当該外貨証券の投資利回りが当該外貨の銀行間金利と同じであれば、自由な市場におけるリスク・ヘッジ後の当該外貨証券の円貨換算後の利回りは円貨の銀行間金利と同じになります。
 外貨証券の信託の収益受益権の評価額は円貨ベースでは高くはならないので、元本受益権の生前贈与は有利にはなりません。

5-2 高利回りの減価償却資産の信託

 賃貸住宅等の減価償却資産を信託財産にする場合は、賃貸料の中に減価償却費相当額の賃料が含まれているので、賃貸料からなる信託収益が見かけ上高利回りになります。高利回りの収益受益権は評価額が高くなるので、信託財産評価額から差し引き計算で算出される元本受益権の評価額が低くなり、元本受益権の生前贈与が資産の単純贈与より有利に見えます。しかし、信託期間の経過とともに減価償却が進んで信託元本が減少するので結果として有利にはなりません。これを下記の事例で検証します。

贈与又は信託の資産:賃貸建物
賃貸建物評価額は固定資産評価額100=簿価
償却期間20年、残存価値0、減価償却率は評価額に対して5%、年償却額は評価額100×0.5=5、年償却額の複利年金終価額を控除した後の10年後の簿価は100−5×10.703=46.49
実質賃料率=基準年利率1.5%
賃貸料は減価償却5+実質賃料1.5=6.50
信託収益=賃貸料
信託期間10年、複利年金現価率9.222、複利終価率1.161、複利年金終価率10.703
収益受益権評価額は信託収益6.50×複利年金現価率9.222=59.943
元本受益権評価額は信託財産評価額100−収益受益権評価額59.943=40.057

資産の贈与

 親が賃貸建物簿価100の内、簿価59.943 相当の建物を留保し、簿価40.057相当の建物を子に贈与する。賃貸建物の10年後の簿価は複利年金終価控除後46.49である。簿価59.493相当建物の10年後の簿価は46.49×59.943÷100=27.87。簿価40.057相当建物の10年後の簿価は46.49×40.057÷100=18.62

信託受益権の贈与

 親がこの賃貸建物100を満期10年で信託して、収益受益権59.943は親が留保し、元本受益権40.057を子に贈与する。10年後の信託財産の簿価(元本)は複利年金終価控除後46.49である。

親の子に対する贈与の贈与税額と純移転額
親が留保した賃貸建物又は収益受益権の相続税額と純移転額
親の子に対する贈与及び相続による合計純移転額

 上記の減価償却資産の事例において、見かけ上高利回りな資産の単純な贈与と信託受益権の贈与のそれぞれの税負担額を計算し、これを差し引いた税引き合計純移転額を比較した結果、資産承継方法の違いによる差はありませんでした

6.収益元本分型信託の組成の留意点

 以上の検討の結果、収益元本分型信託がその仕組みにおいて租税回避行為にならないことが分かりました。課税当局が同信託の仕組みそのものを否認した事例は寡聞にして知りません。
 しかし、前述のように、高利回りの資産は、資産の単純な贈与よりも信託元本受益権の贈与の方が有利ですが、その高利回りの資産が、信託財産を不当に低く評価する等の不正な行為の結果による場合は税務当局から否認される危険があります。

6ー1 信託財産である国債の評価額を時価ではなく額面にした場合

 例えば前述の3ー2ー2の事例のような既発行のハイクーポンの利付国債の時価が額面より相当程度高いにもかかわらず、この国債を信託財産とする場合に、その評価額を額面とするとすれば、信託財産の不当な評価であり税務当局から否認される危険があります。

6ー2 同族会社発行の高利回りの私募債を信託財産とする元本受益権贈与

 生前贈与は遺贈と比べて資産の利回りが高いほど有利です。そのことは資産の単純な贈与であろうと、元本受益権贈与であろうと同じです。そこで同族会社のオーナーが自社の発行する高利回りの私募債を信託財産にして子に元本受益権贈与を行うことは不正な行為でしょうか。この会社が信用度の低い中小企業であり、取引金融機関から高金利でしか借り入れができない場合は、その社債の利回りは高くて当然です。その倒産リスクを考えると、この元本受益権贈与は不正な行為であるとは思われません。

6ー3 信託業務の適正な管理

 財産評価基本通達202に基づく元本受益権の評価は、「課税時期における信託財産の価額」から収益受益権の評価額を控除して算出します。収益受益権の評価は「課税時期の現況において推算した受益者が将来受けるべき利益の価額」により評価します。従って、信託受益権の評価では「信託財産の価額」と「受益者が将来受けるべき利益の価額」を適正に評価する必要があります。また受益権の贈与又は遺贈後にこの「利益の価額」又は信託期間を変更することは原則としてできません。信託業務の適正な管理を確保するためには、信託監督人の設置又は信託会社等の営業受託者への信託等の対応が必要です。

結論

 本稿は課税当局の「収益元本分型信託が租税回避行為になるのではないか」との疑問を払拭すべく、通常用いられる法形式である資産の単純な贈与の税負担額と資産の収益元本分割信託による受益権贈与の税負担額を事例に基づき比較検討しました。その結果、税負担額を差し引いた税引き純移転額が、資産の単純な贈与と収益元本分割信託の元本受益権による贈与に違いがないことを確認できました。従って収益元本分割信託は租税回避行為に該当するとは言えないと考えます。しかしながらこの信託の組成には課税当局に疑念を持たれないよう慎重な対応が望まれます。
 筆者は信託銀行勤務の時期を含め30年以上に渡り収益元本分型信託の設定にかかわってきました。読者の皆さんがこの信託について不安を感じる場合はご遠慮なくご相談ください。