髙橋 倫彦
(
たかはし ともひこ
)
50年余に及ぶ信託業務の経験を持つ。外資系信託銀行や信託会社の役員を歴任。信託会社の免許取得や登録のコンサルティングを行っている。プライベートバンキングの豊富な経験に基づき承継問題への信託を用いた画期的な解決策の構築を強みとしている。海外の信託にも通じている。著書は、『受益権複層化信託の法務と税務』『信託を活用した ケース別 相続・贈与・事業承継対策』(いずれも共著、日本法令)等、記事は『週刊T&A master』No.598「受益権複層化信託の所得課税」等。受益権複層化信託については、長い実務経験を生かし、深い理論研究を行っている。
※当記事は2024年7月の内容です。
前書き
受益者連続信託の受益権には停止条件ないし解除条件が付されていたり、信託収益が変動したり、給付が受託者の裁量に任されるような場合があります。わが国ではこのような受益権の評価方法が定まっていないので、遺留分侵害額請求の対象となる受益権の評価が困難です。これに対し相続・贈与税の課税では跡継ぎ遺贈の受益者連続信託の収益受益権の評価額を信託財産の全額と見なして過大な課税が行われています。
この受益権評価の困難性を米国ではどのように解決しているのでしょうか。米国の受益権の評価方法は主として内国歳入法と財務省規則に基づいて行われ、評価の実務は内国歳入法8520条に基づく保険数理表を利用して行われます。そこで、日本における受益者連続信託の受益権の評価の参考とすべく、前号では、「米国の受益者連続信託 -承継受益権の評価方法- その1」として、米国財務省規則等を紹介しました。今号では、「米国の受益者連続信託 -承継受益権の評価方法- その2」として米国財務省規則に掲載された評価事例と保険数理表の解説書に掲載された評価率の利用例を紹介します。
これらの事例と利用例はかなり技術的であり複雑ですから読みにくいのですが、評価の計算例を見ると米国の評価実務がどうなっているかが分かるので、お付き合いをお願いします。次号では、この米国の受益権の評価手法を日本における受益者連続信託の事例に適用したらどうなるかを紹介します。
1.保険数理表の種類
(1)保険数理表の解説書4Aに掲載されている保険数理表の種類
① 保険数理表S:年齢別の権利者1名の生涯に係る権利の種類別の評価率 ② 保険数理表R(2):残余権(remainder)を有する者2名の内最後に亡くなる者の適用利率別の残余権評価率 ③ 保険数理表B:特定期間の権利の種類別の評価率 ④ 保険数理表H:年令別の権利内容 の転換因子 ⑤ 保険数理表J:期初払いの年金の年間の支払方法別の金額調整率 ⑥ 保険数理表K:期末払いの年金の年間の支払方法別の金額調整率 ⑦ 保険数理表2010CM:2010年人口調査に基づく生命表
(2)保険数理表の解説書4Bに掲載されている保険数理表の種類
保険数理表U(1)等:ユニトラストの評価表
(3)保険数理表の解説書4Cに掲載されている保険数理表の種類
保険数理表C:減価償却の調整因子
2.評価事例及び利用例において参照する保険数理表の評価率又は因子
終身年金権又は有期年金権 (以下「年金権」 と言う)では 、年金支払額が信託収益を上回れば信託財産を取り崩し、信託収益を下回れば信託財産を増加させるので、残余権 は信託終了時の残余財産 を受領する権利となる。これに対し生涯不動産権又は定期不動産権 (信託収益のみを受け取る権利、以下「収益受益権」 と言う)では、信託収益のみを支払い信託財産を取り崩さないので、当初の信託財産(信託元本)が残る。そこで残余権 は信託終了時の信託元本相当の信託財産 を受領する権利である。 以下に評価事例又は利用例が参照する保険数理表の抜粋を掲記する。太字の数値は参照する数値である。
① 保険数理表S:年齢別の権利者1名の生涯に係る権利の種類別の評価率
生涯(終身)の権利の評価は保険数理表2010CMの生命表から計算される平均余命に基づく。生涯の年金権の評価率は年金額を年1ドルと想定した平均余命の複利年金現価率である。生涯の収益受益権の評価率は、信託収益率を適用利率に相当する率であるとみなして推算した信託収益の平均余命 の複利年金現価率である。生涯の権利者の死亡時に信託財産を受領する残余権の評価率は平均余命に基づく複利現価率である。収益受益権の評価率と残余権の評価率の和は1に等しい。
② 保険数理表R(2):残余権(remainder)を有する者2名の内最後に亡くなる者の適用利率別の残余権評価率
夫婦連生終身保険のように夫婦2名とも死亡する確率に基づく評価率である。
③ 保険数理表B:特定期間の権利の種類別の評価率
特定期間の年金権(有期年金)の評価率は特定期間の年1ドルの年金の複利年金現価率である。特定期間の収益受益権の評価率は信託収益率が適用利率に相当する率であるとみなして算出した信託収益の特定期間の複利年金現価率である。特定期間の残余権の評価率は特定期間の複利現価率である。 特定期間の収益受益権の評価率と残余権の評価率の和は1に等しい。
④ 保険数理表H:年令別の権利内容 の転換因子
権利内容の変更(転換)とは年金権を一時金受領権に変更する場合とか、保険料を年次払いから一時払いに変更するような場合を言う。変更因子とは生命表に基づき保険数理の計算の便宜のために定義された計算基数のことである。権利内容の変更は計算基数を使って簡単に計算できる(後述の利用例9ないし10を参照)。 計算基数のℓx はx才の時に生存している人数であり、Dx因子 はx才の時の生存者数ℓx の0歳時の現価(以下単に「現価」と言う)である。Nx因子 はx才以降の生存者数の現価Dxの総和である。計算基数のdx はx才からx+1才までの間に死亡した人数であり、Cxは死亡した人数dxの現価である。Mx因子 はx才以降の死亡者数の現価Cxの総和である。
⑤ 保険数理表K:期末払いの年金の年間の支払方法別の金額調整率
⑥ 保険数理表2010CM:2010年人口調査に基づく生命表
人は年齢の経過と共に徐々に死亡するので、生誕者数を10万人として年齢x別の生存者数ℓxの表である。
3.遺産税に関する改正財務省規則20.2031-7条(d)「年金、生涯不動産権又は定期不動産権、並びに残余権又は復帰権の評価」に掲載の事例
事例1.生涯に渡り毎月末に支払われる年金権の評価額
被相続人の死亡時に生存する配偶者は75歳で年15000ドルの年金を毎月末に均等に分割して生涯受領する権利(年金権)を有した。被相続人の死亡時の適用利率は3.2%であった。保険数理表Sによれば適用利率3.2%で75歳の年金権の評価率は9.4053である。保険数理表Kによれば適用利率3.2%で年金の受給方法を毎月末受領へ変更するための調整率は1.0146である。従って、被相続人死亡時の年金権の現在価値は143139.26ドル(=15000×9.4053×1.0146)である。
事例2.死亡時に支払われる残余権の評価額
被相続人は、生存配偶者Aに信託収益を生涯受領する権利(収益受益権)を贈与し、Aの死亡時に50000ドルの価値の残余財産を受領する権利(残余権)を留保した。被相続人の死亡時にAは65歳と5か月で、適用利率は4.6%であった。保険数理表Sによれば適用利率4.6%で65歳の者の死亡時に期限が到来する残余権の評価率は0.45862である。従って被相続人死亡時の残余権の現在価値は22931ドル(=50000×0.45862)である。
事例3.生涯に支払われる収益受益権の評価額
親は長男Aに財産からの収益を生涯受領する権利を遺贈し、次男BにAの死亡時に残余財産を受領する権利を遺贈した。親の死亡時に、その財産の価値は50000ドル、Aは30歳と10か月、適用利率は3.2%であった。保険数理表Sによれば31歳の者へ遺贈する生涯の収益受益権の評価率は0.76267である。従って、親の死亡時のAの収益受益権の現在価値は38138.50ドル(=50000×0.76267)である。
事例4.生涯に支払われる年金受益権の評価額
AはAと配偶者Bの両方の利益のために年10000ドルを受領できる年金権を購入した。年金はAの死亡後Bに対してその生涯に渡り毎半期末に均等額の金額が支払われる。Aの死亡時に、Bは45歳と7か月、適用利率は3.2%であった。保険数理表Sによれば、適用利率3.2%、46歳の者の死亡時まで支払われる年金権の評価率は20.0146である。保険数理表Kによれば、年払いを半期末払いへ変更するための調整率は適用利率3.2%で1.0079である。従って、Aの死亡時の半期末払いのBの年金権の現在価値は201727.15ドル(10000×20.0146×1.0079)である。
事例5.一定期間に支払われる有期年金権の評価額
被相続人は年10000ドルの有期年金権を有していた。年金は5年間にわたり毎四半期末に均等額支払われる。被相続人死亡時の適用利率は2.6%であった。保険数理表Bによれば、適用利率2.6%の5年間支払われる有期年金権の評価率は4.6325である。保険数理表Kによれば、年払いを四半期末払いへの変更のための調整率は適用利率2.6%で1.0097である。この有期年金権の現在価値は46774.35ドル(10000×4.6325×1.0097)である。
4.保険数理表の解説書4Aに掲載されている保険数理表の利用例
A 2名の受益者の最後に死亡する者の評価率
利用例1
適用利率4.2%の場合、65才と60才の残余権者2名の内最後に亡くなる残余権者の死亡時に1ドル受領する残余権の現在価値は、保険数理表R(2)の適用利率4.2%、老年者65才と若年者60才の欄に掲載の残余権評価率0.35061である。
(保険数理表Sによれば適用利率4.2%の残余権率は60歳が0.42171,65歳が0.48706である。この残余権率は残余財産額1ドルに平均余命の適用利率4.2%の複利現価率を乗じて算出したものであるから、両者の平均余命は、60歳が約20年,65歳が約17年と想定したことが分かる。残余権者2名の内最後に亡くなる残余権者の死亡時までの期間は約24年と伸びるので、その残余権評価率は残余権者のそれぞれ単独の場合より低くなって0.35061となる)
利用例2
適用利率4.2%の場合、65才と60才の収益受益者2名の内最後に亡くなる収益受益者の死亡時まで、1ドルの信託財産から発生する収益を受領する権利の現在価値は、1.00000から保険数理表R(2)の適用利率4.2%、老年者65才と若年者60才の欄に掲載の残余権評価率0.35061を差し引いて得られる収益受益権評価率0.64939 である。
(信託収益率を適用利率4.2%とみなすと、1ドルの信託財産から発生する収益額は0.042となる。これに適用利率4.2%、期間約24年の複利年金現価率15.4617を乗ずると、収益受益権評価率0.64939が得られる)
利用例3
適用利率4.2%の場合、65才と60才の年1ドルの年金権者2名の内最後に亡くなる年金権者の死亡時まで受領する年金権の現在価値は、1.00000から保険数理表R(2)の適用利率4.2%、老年者65才と若年者60才の欄の残余権評価率0.35061を差し引いて得られる収益受益権評価率0.64939を適用利率4.2%で割って得られる年金権評価率15.4617 である。
(利用例2は年次の給付額を信託収益0.042ドルと見なした収益受益権の評価率であるが、利用例3は年次の給付額1ドルの年金権の評価率である)
B 2名の内長生きする者に支払われる信託収益又は年金
利用例4
適用利率4.2%で老年者65才と若年者60才の2名の収益受益者の内65才の者が60才の者より長生きして余分に受領する収益受益権の評価率の増加は次のように計算する。収益額は1ドルの信託財産から発生する収益である。
① 最後に亡くなる受益者の死亡時まで受領する収益受益権の評価率:上記利用例2 から0.64939
② 若年者60才の者の収益受益権評価率:保険数理表Sの適用利率4.2%の60才の収益受益者の収益受益権の評価率0.57829
③ 老年者65才が若年者60才より長生きして余分に受領する収益受益権の評価率の増加 :上記①-②=0.07110
(これに対して、残余権の評価率は長生きにより残余財産の受領時が先延ばしになるので、長生きする分について評価率が減少する。収益受益権の評価率の増加と残余権の評価率の減少は同額になる)
利用例5
適用利率4.2%で65才と60才の2名の年1ドルの年金権者の内老年者65才が若年者60才より長生きして余分に受領する年金権評価率の増加は次のように計算する。
① 65才60才の年金権者2名の連生の生存者年金権(joint and survivor annuity)の評価率:上記利用例3 より15.4617
② 若年者60才の年金権者の年金権評価率:保険数理表Sの適用利率4.2%の60才の年金権者の年金権評価率13.7689
③ 老年者65才が若年者60才より長生きして受領する1ドルの年金権評価率の増加 :上記①-②=1.6928
C 2名の受益者のいずれかが先に死亡する者の権利の評価率
利用例6
適用利率4.2%の場合、65才と60才の2名の残余権者の内先に死亡する者の残余権の評価率は次のように計算する。
① 保険数理表Sの適用利率4.2%の若年者60才の残余権評価率:0.42171
② 保険数理表Sの適用利率4.2%の老年者65才の残余権評価率:0.48706
③ 65才と60才の2名の残余権者の内最後に亡くなる残余権者の死亡時の残余権の評価率:上記利用例1 から0.35601
④ 先に死亡する者の残余権の残余権評価率 :上記①+②-③=0.55816
(利用例5は受益者2名の内長生きする残余権者の評価率であるが、利用例6は受益者2名の内先に死亡する残余権者の評価率である)
利用例7
適用利率4.2%の場合、65才と60才の2名の収益受益者の内先に死亡する者の収益受益権の評価率は次のように計算する。
① 先に死亡する者の残余権の評価率:上記利用例6 から0.55816
② 先に死亡する者の収益受益権の評価率 :1.00000-①=0.44184
利用例8
適用利率4.2%の場合、65才と60才の2名の年金権者の内先に死亡する者の年金権の評価率は次のように計算する。
① 先に死亡する者の収益受益権の評価率:上記利用例7 から0.44184
② 先に死亡する者の年金権の評価率 :①÷適用利率0.042=10.52009
D 1名の生命と一定の期間に関与する因子
利用例9
適用利率2.8%の場合、60才の年金権者が10年以内の生存中に毎年末に支払われる有期年金の評価率は、保険数理表Hの生存確率に関するNx因子を利用して次のように計算する。
① 保険数理表Hの60才適用利率4.2%のNx因子:271994.3
② 保険数理表Hの70才適用利率4.2%のNx因子:133677.8
③ 保険数理表Hの60才適用利率4.2%のDx因子:16911.03
④ この有期年金の評価率 :(①-②)÷③=8.1791
(年金権者が10年以内に死亡しても残存期間の年金の支払いがなく、10年を超えて長生きしても10年以降に年金の支払がない。この評価率は10年の生命年金を支払う保険の一時払い純保険料に相当する)
利用例10
適用利率2.8%の場合、60才の年金権者の10年以内の死亡時に支払われる残余権の評価率は保険数理表Hの死亡確率に関するMx因子を利用して次のように計算する。
① 保険数理表Hの60才適用利率2.8%のMx因子:9295.187
② 保険数理表Hの70才適用利率2.8%のMx因子:7537.826
③ 保険数理表Hの60才適用利率2.8%のDx因子:16911.03
④ この残余権の評価率 :(①-②)÷③=0.10392
(年金権者が10年以上長生きしても残余権者に残余財産は払われない。この評価率は10年の定期保険の一時払い純保険料に相当する)
利用例11
適用利率2.8%の場合、60才の収益受益者が10年以内の生存中に毎年末に支払われる収益受益権の評価率は次のように計算する。
収益受益権の評価率:上記利用例9 の有期年金の評価率8.1791×0.028=0.22901
(年次の信託収益率を適用利率2.8%と見なす)
利用例12
適用利率2.8%の場合、21才の者が生きて30才に達したら受領する残余権の現在価値は保険数理表Hの期待生存者数の現在価値Dxを利用して次のように計算する。
① 保険数理表Hの30才適用利率2.8%のDx因子:42794.49
② 保険数理表Hの21才適用利率2.8%のDx因子:55336.02
③ 残余権の評価率 :②÷①=0.77336
利用例13
20才の者が30才まで生きる確率は生命表2010CMから次のように計算する。
① 保険数理表2010CMの30才の生存者数ℓ30:97989.90
② 保険数理表2010CMの21才の生存者数ℓ21:98824.20
③ 30才までの生存確率 :①÷②=0.991558
(生存率は通常パーセントで示される)
利用例14
適用利率2.8%の場合、60才の年金権者が10年以内の生存中に毎月支払われる年1ドルの有期年金の評価率は、保険数理表Kの年払いを毎月末払いへの変更のための調整率を利用して次のように計算する。
① 上記利用例9の有期年金の評価率:8.1791
② 保険数理表Kの適用利率2.8%毎月払いへの変更の調整率:1.0128
③ 毎月支払いの有期年金の現在価値 :①×②=8.2838
E 2名の生命と一定の期間が係る因子
利用例15
適用利率2.8%の場合、10年後に60才と65才2名の内少なくとも1名が生きていた場合の1ドルの残余権の評価率は保険数理表2010CMを利用して次のように計算する。
① 60才から70才になるまでの10年間の生存者数の変化率:保険数理表2010CMの70才の生存者数77957.53÷60才の生存者数88665.95=0.87923
② 同10年間の死亡者数の増加率:1-①生存者数の変化率0.87923=0.120773
③ 65才から75才になるまでの10年間の生存者数の変化率:保険数理表2010CMの75才の生存者数69174.83÷65才の生存者数84221.59=0.82134
④ 同10年間の死亡者数の増加率:1-③生存者数の変化率0.82134=0.178657
⑤ 保険数理表Bの適用利率2.8%期間10年の残余権評価率:0.758698
⑥ 10年間に2名とも死亡する確率: ②60才から70才の間の死亡確率0.120773×④65才から75才の間の死亡確率0.178657=0.0215769
⑦ 10年後に少なくとも1名が生きていた場合の残余権の評価率 :(1-⑥)×⑤=0.74233
5.贈与税に関する改正財務省規則25.2512-5条「年金権、ユニトラスト権、生涯不動産権又は定期不動産権、並びに残余権又は復帰権の評価」に掲載の事例
贈与者は年金権者に年額10000ドルを半期末に均等にその死亡まで支払うことを約した。約定時に年金受領者は68歳5か月、適用利率は3.2%であった。保険数理表Sによれば、適用利率3.2%で68歳の者が死亡するまで支払う年金の評価率は12.2552である。保険数理表Kによれば、年払いから半期末払いへの変更の調整率は適用利率3.2%で1.0079であるから、受贈者の年金の現在価値は123520.16ドル(=10000×12.2552×1.0079)。
6.贈与税に関する改正財務省規則25.2702条: 「信託受益権移転の評価特例」に掲載の事例
委託者が信託を設定し年次の信託収益又は定期金の受領権を留保(以下「留保受益権」と言う)して残余権を贈与した場合の贈与税の課税価額は、原則は信託財産の価額から留保受益権の価額を控除した残額になるが、委託者の親族に残余権を贈与した場合は、特例により税制適格要件を満たしている場合に限り留保受益権の価額を控除できる。税制適格要件を満たしていない場合は控除できない。
事例1
被相続人Aは財産を取り消し不能信託に移転し、10年間信託収益を受領する権利を留保した。10年後は信託が終了し信託元本はAの子に支払われることになっているが、10年間にAが死んだ場合は信託元本の全額がAの遺産に支払われることになっている。この信託は留保した収益受益権の給付額が定額ではないので、税制適格要件を満たさない。収益受益権の評価額を控除できないので贈与税の課税価額は信託財産の価額の全額になる。
事例2
被相続人Aは財産を取り消し不能信託に移転し、10年間信託から年金を受領する権利を留保した。10年後に信託が終了し信託元本はAの子に支払われることになっている。この信託の留保受益権は給付額が定額であるから税制適格である。贈与税の課税価額は信託財産の価額から留保受益権の価値を控除した残額になる。
7.保険数理表に関する改正財務省規則20.7520-3条:保険数理表の適用制限
事例1.非生産的財産
被相続人Aが遺言により株式を信託しBにその生涯の間信託収益を支払い、Bの死亡後は信託を終了させ信託財産をCに交付することにした。信託は明文で受託者に株式の保持の権限を付与したが、保持を義務付けなかった。会社はAの生前も死後も株式配当をしなかった。Aの死後に配当政策の変更の指図はなかった。適用州法を含む事実関係から見て、Bに受託者に対して信託財産を収益資産に変更するように強制する法的権利がなかった。この事例ではBの収益受益権は生産的でないと考えられるので、Bの収益受益権を本条に基づいて保険数理的に評価してはならない。
事例2.信託を生産的にする受益者の権利
この事例の事実関係は事例1と同じであるが、異なる点は信託証書の明文の規定で受託者が信託株式の保持の権限を有せず、収益受益者であるBが受託者に対し信託財産を生産的にするよう要求する権限を有していたことである。この事例では、Bの収益受益権が7520条の想定する普通の収益受益権と考えられるので、Bの収益受益権の算定のために7520条の標準評価率を使用することができる。
事例3.信託元本の恣意的侵害
この事例では被相続人Aが財産を信託しAの子にその生涯の間信託収益を支払い、残余財産をAの孫に交付することにした。信託は受託者に無制限にAの配偶者に信託財産を交付する権限を与えた。受託者の権限行使により信託元本が侵害され、Aの子の収益受益権が終了する危険性がある。Aの子の収益受益権は普通の収益受益権とは考えられないので、保険数理表を利用して評価してはならない。
事例4.信託元本の限定的な侵害
被相続人Aが財産を遺言により信託しAの子にその生涯の間信託収益を支払い、残余財産をAの孫に交付することにした。信託は子に信託元本から年5000ドルを引き出す権限を与えた。子によるこの権限の行使の結果、信託元本が侵害され子への信託収益の源泉である信託財産が徐々に減少することが予想されるので、子の収益受益権は普通の収益受益権とは考えられない。子の収益受益権は保険数理表を利用して評価してはならない。
しかしながら、子の収益受益権の現在価値は、当初の信託元本額、基準年利率、並びに子の年齢に対応する死亡率及び子の生涯に渡り年5000ドルの割合で信託元本が減少することを考慮にいれて保険数理に基づく、特別な計算(保険数理表を利用しない)をすることができる。この事例では年次5000ドル以下の信託元本の引き出し権が行使されても、子が110歳に達するまでに信託元本が枯渇することはない。
事例5.信託財産の消費権限
被相続人Aが3区画の土地の収益受益権をAの生存配偶者に、その残余権を子に遺贈した。その子が生存しなかった場合はその子の遺産に遺贈する。Aはまた生存配偶者に財産の一部または全部を売却しその代金を生存配偶者の生活、慰安、幸福、その他の目的に使用することを含む無制限の財産消費権限を付与した。生存配偶者の死亡時に残存する財産又は代金の一部は法律に基づきその時点に生存する子に給付することになるが、もし子が生存配偶者より先に死亡した場合は、生存配偶者の元本消費権限は無制限となり、その権限の行使は残余財産の全額を枯渇させる可能性がある。子の遺産に帰属可能な残余権は、普通の残余権とは考えられないので、保険数理的に評価してはならない。
事例6.末期の病気
被相続人は1000000ドルを信託に遺贈し、受託者は信託証書の条項に基づきその子の生涯に渡って公益団体に年103000ドルを支給し、その子の死亡によりその残余財産をその孫に給付することにした。子は60歳で不治の病にあり、1年以内に死亡する確率は50%以上あると診断された。公益団体の定期金の受給権の現在価値の算定には、子が1年以内に死亡する確率が50%以上あるので、60歳の者の普通の生涯の年金権の評価率を適用してはならない。代わりにこの余命が短い現実を考慮に入れて特別の評価率を適用すべきである。