※当記事は2023年10月の内容です。
1.米国の受益者連続信託の意義と期間制限
親が子供や孫のことを心配し、夫婦がお互いの老後のことを心配するのは家族や夫婦の愛情の発露であり、米国ではそのために受益者連続信託が活用されてきました。この信託は相続対策にいわば当たり前のように使われてきたので、特段の名称はありません。日本では受益者連続信託の有用性が言及されることが少なく、逆にそれが相続法秩序の回避、遺留分侵害や節税のために使われると言った批判的論調が多く見られ、税法の制約もあって、その活用が残念ながら進んでおりません。受益者連続信託の関連条文はその跡継ぎ遺贈型に関する信託法91条と課税の特例を定める相続税法9条の3の2条しかありません。
米国の信託は英国のコモン・ローを承継した各州の信託法に準拠します。英国の近代的コモン・ローには超長期の受益者連続信託の期間を制限する「永久拘束禁止則」があり、この禁止則が米国でも適用されていました。しかし最近はこの永久拘束禁止則の緩和ないし廃止の議論が進み、米国各州の永久拘束禁止則に関する信託法を統一すべく、統一州法委員全国会議(以下「統一法委員会」と言う)が統一永久拘束禁止法を起草し、この統一法の採用州が既に過半数になりました。この統一永久拘束禁止法は旧来の永久拘束禁止則を大きく緩和しています。
今回は米国の信託法における永久拘束禁止則の緩和ないし廃止が進む状況を紹介します。日本でも超長期の受益者連続信託の期間を制限する信託法91条があります。本稿では日本の受益者連続信託の期間制限も併せて考えてみたいと思います。
2.コモン・ローによる信託の期間制限
(1)永久拘束禁止則の起源
英国ではコモン・ローにおいて受益者が連続する長期の信託の存続期間を制限する法理、「永久拘束禁止則」が発展しました。権利の確定的な帰属(以下「確定」と言う)が将来の期限の到来または条件の成就に依存する場合、この権利を将来権(future interest) と呼びます。この権利の設定者は遺言者や信託の委託者です。権利設定者から将来権を付与された者は受益者と称しても、将来権を付与された時時点では、現実に信託給付を受けることのできる権利(日本の信託法で言う受益債権)が確定していません。この権利の確定的な帰属が無期限の将来になる場合は、財産の所有者(例えば委託者)が自らの死後も長期にわたってその財産に関する権利の帰趨を支配できることになります。このような死者の手による財産の永久的な拘束を回避するために、コモン・ローにおいてその設定(例えば信託設定)後一定の期間内に権利が未確定のままであることを禁じる判例法、永久拘束禁止則ができました。この永久拘束禁止則は17世紀の判例(注1)にその起源を遡ると言われています。
(2)近代的永久拘束禁止則の内容
近代的な永久拘束禁止則は, いかなる将来権も、その権利設定時に生存している者(以下「基準生存者」と言う)の生存期間およびその後一定の期間(以下生存期間を合わせて「拘束許容期間」と言う)以内に、その帰属が確定しない可能性があるとき、当該,権利設定をその当初より無効とするものです。この権利の帰属が確定するとは, 現実に利益を享受することではなく、その権利が確実になることを指します。具体的には, ①権利を受ける受益者が確定し, ②受益者の利益の範囲が確定し,③権利帰属の条件が成就することです。近代的永久拘束禁止則は, 拘束許容期間内に権利の帰属が未確定のままであることを禁ずる法則であり、いったん確定された権利の存続期間を規律するものではありません。
(3)近代的永久拘束禁止則に対する批判
近代的永久拘束禁止則の拘束許容期間は基準生存者の生存期間+その後の21年間でした。例えば、 基準生存者の生存期間が20年とすると、その死後の21年を加えた41年の拘束許容期間内に, 権利が確定しない可能性が少しでもあれば, その財産処分は無効とされました。例えば権利設定者である遺言者が, ある財産をAの子のうち最初に結婚する者に遺贈すると遺言し, 遺言の効力発生時にAは生存しており、Aにはまだ子どもが一人もいなかったとします。Aが基準生存者であり、Aの死後21年以内にAの子が結婚することは確実ではないので、この権利設定による遺贈は近代的永久拘束禁止則により無効とされました。結果としてAの子がこの期間内に結婚したとしても、この権利帰属の確実性は権利設定時を基準として判断されるため、権利設定時に理論上わずかでも権利帰属が確定しない可能性があれば、その蓋然性の程度に関わらず, 理論上の可能性(リスク)のみにもとづいて権利設定全体を無効とします。これは権利設定者の意思を不必要に否定するものであり、世間の常識に反するので、予てから批判がありました。そこで、この禁止則の回避のための法理論が形成され法改正も行われてきました。
(4)近代的永久拘束禁止則の事例
近代的永久拘束禁止則がどのような場合に適用され、どのような場合に適用されないのかを米国の資産承継対策の解説書からとった事例により確認します(注2)。
①信託が有効な事例:
委託者が遺産を信託に遺贈し、委託者の子に信託収益をその生涯に渡って受領する権利(生涯権)を付与する。子の死亡後は、その子の子(委託者の孫)で現存する者の誰もが21歳未満でなくなるまで(21歳になるまで)彼らに収益と元本を受領する権利(定期金としての将来権)を付与し、その時点で、残余する財産を、子の子孫で現存する者に均等に分配する(残余権としての将来権)。
この事例では委託者の子が委託者の死亡時に(基準時)に現存し、子(基準生存者)の死亡後21年が経過する以前に(拘束許容期間内に)、未確定の将来権が確定するはずであるから、子の生存子孫の全ての権利が有効である。
(つまり、子の死亡時にその子の子(委託者の孫)が現存するので定期金としての将来権は確定する。また子の死亡後21年が経過する以前にその子の子らが中途死亡者を除き全員が21歳以上になるので、残余権としての将来権も確定する。なお中途死亡者の失権がそれまでに確定する。)
②信託が無効な事例:
委託者が遺産を委託者の子のために信託に遺贈し、委託者の子に信託収益をその生涯に渡って受領する権利(生涯権)を付与する。その子の死後は子の子(委託者の孫)に信託収益をその生涯に渡って受領する権利(将来権である生涯権)を付与し、子の子の死後の残余財産の受領権(将来権である残余権)を子の子の子(子の孫、委託者のひ孫)に付与する。 この事例では、子は委託者より長生きしたが、子の孫に付与した未確定残余権(将来権である残余権)は禁止則に違反し、(この権利設定は)無効である。なぜなら、子の孫への未確定残余権の付与時(委託者が遺言により信託を設定した時)に子は現存しているが、この付与時に子の子又は子の孫のすべてが必ずしも現存しているとは限らないので、子及びその他の設定時の生存者(基準生存者)の全てが死亡した後の21年間に、子の孫の未確定残余権が確定しないかもしれないから。例えば委託者死亡後に子がもう一人の子(委託者のもう一人の孫)を設け、その子が子等の設定時の生存者の死亡後21年経過した後に子(委託者のもう一人のひ孫)を設けると仮定する(その時、永久拘束禁止則の違反がなければ、そのひ孫の未確定残余権が確定するはずであった)。そのひ孫の未確定残余権はそのひ孫が生誕するまでは確定しない。(将来権である残余権は未生誕の者には確定しないので)、この事例では、そのひ孫の生誕による権利の確定が設定時の生存者の全員の死亡後21年(拘束許容期間)を経過してからになる可能性があるので、禁止則に違反し、権利の確定が無効となる。
(5)英国における永久拘束禁止則の回避のための法理論と法改正
英国では、近代的永久拘束禁止則に対する批判を受けて、その回避のための法理論が形成され、「1964年永久拘束及び永久蓄積に関する法律」が制定されました。この法律では、拘束許容期間内に権利が確定するかどうかを待って観る(wait and see)と言う「待機静観法理」が導入されました。その後更に法律委員会の報告書の提案を受けて「2009年永久拘束及び永久蓄積に関する法律」が制定され、基準生存者の生存期間を廃止して、拘束許容期間が信託設定により将来権が付与されてから125年間に統一されました(注3)。
3.米国における永久拘束禁止則
(1)近代的永久拘束禁止則の緩和又は廃止
英国の近代的永久拘束禁止則の回避の動きを受けて、米国の多くの州でも永久拘束禁止則の緩和又は廃止がおこなわれました。米国信託及び遺産弁護士協会(American College of Trust and Estate Counsel)が行った米国50州とワシントンD.C.の調査によれば、近代的永久拘束禁止則を緩和することなく維持している州は僅か3州のみであり、これに待機静観法理による修正を加えて維持している州は3州のみです(注4)。
1979年の第2次信託リステイトメントがこの禁止則が合理的でないと断じて以来多くの州で近代的永久拘束禁止則からの離反が行われました。同信託リステイトメントは待機静観法理を推奨し、1986年統一法委員会による統一永久拘束禁止法(the Uniform Statutory Rule against Perpetuities)の承認に発展しました。この統一永久拘束禁止法は待機静観法理を採用し、拘束許容期間を90年間としました。統一永久拘束禁止法1条は権利がコモン・ローの拘束許容期間に、又は待機静観期間内に確実に確定するのであれば有効である、コモン・ローの拘束許容期間内に確定することが不確実な権利であっても、もし当該権利が設定時から90年の間に現実に確定すれば有効であると規定します。
つまり権利確定が不確実であるというリスクがあるから信託設定時に権利を無効にするのではなく、このリスクを容認して信託設定時に直ちには無効にしないで拘束許容期間を待ってから権利設定の効力を判断するというものです。もし権利が確定しなかった場合は、利害関係人の申し立てにより、裁判所が委託者の明示的な処分計画に最も近いところに沿って処分を改訂できます(注5)。
同法は米国の過半数の州が採用しました。2023年現在の採用州は全米50州の内28州とワシントンDC(コロンビア特別区)です。また8州は永久拘束禁止則を廃止し、9州は非常に長い拘束許容期間にしました(例えば1000年)。
注5:木村仁「永久拘束禁止則・永久蓄積禁止則と信託の変更-アメリカ法を中心にー」信託協会「信託研究奨励金論集」30号平成19年106-107頁
4.米国における世代飛越移転税と信託
1986年に信託財産に世代飛越移転税(Generation-Skipping Transfer Tax」と言う)課すべく内国歳入法が改正されました(注6)。世代飛越移転税は委託者が自分より2世代以上若い者又は親族関係がなく37.5歳超若い者に世代を飛越して財産を移転する場合に課税されます。米国では贈与税、遺産税及び世代飛越移転税を一連の流れとして把握する統一課税制度が採用され、世代飛越移転税における課税控除額(以下「免税枠」と言う)がインフレ率による調整の結果引き上げられ、2023年には1292万ドル(約19億円)になりました。
そこで、この大きな免税枠を信託に移転する財産に割り当てることにより、受益者である子孫への移転又は死亡に課される世代飛越移転税の課税を回避できます(注7)。世代飛越移転税には信託の存続期間の制限がないので、前述のようにコモン・ローの永久拘束禁止則の修正ないし廃止の流れを受けて、この免税枠を使って超長期の信託が設定されることになりました。この超長期の信託は永続信託(Perpetual Trusts)ないし王朝信託(Dynasty Trusts)と呼ばれます。この免税枠はだれでも利用でき、世代飛越移転税だけでなく贈与税、遺産税にも利用できるものです。しかし「王朝信託」と言う名称は超富裕層の資産税の回避の仕組みのイメージを呼び起こすので、この信託に対する批判が出ています(注8)。
米国の受益者連続信託に関する相続・贈与税及び世代飛越移転税については次号で詳しく検討する予定です。
注7:Morgan Stanley”Dynasty Trusts”Wealth Management 2016
注8:Institute for Policy Studies“Dynasty Trust: How the wealthy shield Trillions from Taxation Onshore”
5.日本における受益者連続信託の存続期間
(1)跡継ぎ遺贈型の受益者連続信託
日本の信託法では、跡継ぎ遺贈型の受益者連続信託が、「受益者の死亡により他の者が新たに受益権を取得する旨の定めのある信託の特例」として規定されています(91条)。この信託は永久に存続することが禁止され、「当該信託がされた時から30年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、その効力を有する」とされます。この条文の解釈は難解であり専門家の間で説が分かれています(注 9)。この「現に存する受益者」とは、将来権は有するが受益権を現に有しない者です。また「30年を経過した時以後に」が「現に存する受益者」にかかるのか、「受益権を取得した」にかかるのかが明確にはわかりません。立法担当者は信託設定後30年以降の一回目の跡継ぎ遺贈で受益権を取得した受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、その効力を有すると解し、これが通説になっています(注10)。法制審議会の議論では、その存続期間について信託設定後30年目に既に出生している者が70歳ぐらいで死亡するという想定の下に、約100年とする趣旨であったようです(注11)。人生100年の時代であればその存続期間はもう少し長くなります。これに対し、英国の2009年法は拘束許容期間を125年、米国の統一永久拘束禁止法は拘束許容期間を90年としていますが、これらの期間は権利の確定のための期間を言うので、英米における信託の存続期間は日本より長くなります。
(2)跡継ぎ遺贈型以外の受益者連続信託
跡継ぎ遺贈型の受益者連続信託(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)以外の受益者連続信託(例えば死亡以外を契機とする受益者連続信託)については規定がありませんが、その存続期間が超長期に及ぶ場合は跡継ぎ遺贈型の受益者連続信託の規定の趣旨を考慮して公序良俗違反になる場合があると解されています(注12)。
なお、この条文はこの信託の存続期間を定める規定であって受益権の取得自体は制限していないと解されています。
注10:村松秀樹他「概説新信託法」きんざい2008年219頁
注11:道垣内弘人編「条解信託法」弘文堂P.478
注12:道垣内弘人編「条解信託法」弘文堂P.477
(3)受益者連続信託の受益権が分割された事例
後継受益者が取得した受益権が分割されていた場合、信託は何時終了でしょうか。以下場合を分けて検討します。
①量的分割の場合:
例えば兄弟が後継受益者としてそれぞれ新たに受益権の半分を取得し、信託設定後30年経過して、兄の死後兄の子が新たに半分の受益権を取得し、その後弟の死後弟の子が新たに半分の受益権を取得した事例において、弟の子が兄の子より先に死亡した場合は、兄の子がまだ生きていても、弟の子の死亡時点で信託が終了するとの説が有力です(注13)。
②質的分割の場合:
上記の事例に於いて、兄の子が収益受益権を取得し、弟の子が元本受益権を取得した事例に於いて、元本受益権を有する弟の子が兄の子より先に死亡した場合は信託が終了するでしょうか。信託法に質的分割の場合の規定がありませんが、相続税法9条の3は元本受益権を有する弟の子の死亡により信託が終了せず、収益受益権を有する兄の子の死亡により信託が終了すると考えているように思われます。
③信託財産の種類による分割の場合:
上記の事例に於いて、兄の子が不動産の受益権を取得し、弟の子が有価証券の受益権を取得した事例に於いて、弟の子が兄の子より先に死亡した場合は信託が終了するでしょうか。信託契約を1個の契約と見るか、信託財産の種類による2個の契約と見るかによって終了の時点の結論が異なると思われます。
6.信託の変更と終了に関する規律
超長期の信託では信託設定時に予期できない事情の変更が将来起きることが多いので、近年の米国の学説では、予見できない将来の不確実性に対処する必要から信託の変更・終了要件の緩和を提案する見解がみられます。
受益者にとって裁判所に信託の変更・終了を申し立てることは受益者にとって負担が重いので、委託者が知っていた受益者が皆死亡した時は裁判所の許可を得なくても残存受益者に信託の変更・終了を行う権限、及び受託者を解任できる権限を付与すべきであるとの主張がみられるとのことです。日本の信託法でも第6章及び第7章に信託の変更・終了の規定がありますが、この点についての検討は別の機会に譲ります。
(民事信託活用支援機構代表理事 高橋倫彦)