※当記事は2023年10月の内容です。
筆者は、司法書士兼行政書士として、家族信託を活用した認知症対策・争族対策に関する相談を日々受けており、実際に家族信託の組成をお手伝いしたケースは、累計で500家族(委託者となる老夫婦を2件分とカウントすれば、組成件数はもっと増えます)を越えています。何らかの事情で家族信託の組成に至らず、相談だけで終わっているケースは、その倍以上はあるでしょう。
加えて、一般社団法人家族信託普及協会(以下、「協会」と言います。)が提供する「セカンドオピニオンサービス」では、協会の研修修了者に加えて、連携する全国の地域金融機関からの依頼で信託契約書のチェックを行っており、これらは大小合わせて月間100件位で推移しています。
筆者は、協会が主催する家族信託専門士研修において、「家族信託契約書にはひな形は無い」と繰り返し説明しておりますが、やはり数をこなしていくなかで次第に、「似通った条文構成」になってしまうことはあります。また、一つ一つの条文の書きぶりも、特別な事情が無い限りは以前の契約書の条文と同じ文言となることも多々あります。
しかしそれは単に筆者なりの「個性」であったり、「好み」であったりしますので、他の専門職が作成した信託契約書の構成や書きぶりが筆者のそれと異なっていたとしても、そこは問題にはなりません。むしろ、「なるほど、こういう条文の書き方もアリだな」と参考になることもあります。
しかし、以前に作成した(あるいは、書籍等から引っ張ってきた)信託契約書例を、そのまま「ひな形」として引き写して作成された信託契約書は明らかに出来栄えが異なります。
観念論めいた事を申し上げて恐縮ですが、そうした信託契約書には「作成者の気持ちが入っていない」と感じることがままあります。
そして(ここが問題ですが)、そうした信託契約書には様々なリスクが潜んでおり、そのままだと、関係者(契約当事者はもちろん、その家族、口座開設を行う金融機関、取引関係にある不動産会社など)にとっての不都合が発生する可能性が予見されるものです。
既に信託公正証書で作成された契約書を持ち込まれた金融機関が、「とてもこれでは口座開設が出来ない」と嘆かれている話も稀ではありません。
本連載は、家族信託契約書を作成する立場ではなく、他人が作成した信託契約書をチェックする立場から、「あるべき家族信託契約書のかたち」を考えてみたいと思います。
1. 家族信託の契約書は「誰のため」にあるのか(①分かりやすいか)
家族信託の契約書において、「シンプルに分かりやすく書かれている」ことはとても重要な要素です。
ごく一般のご家族の間で、ご家族内の資産の管理や承継についての「取り決め」を記載するのが家族信託の契約書なのですから、契約書の読者は法的文書を読んだこともない「ごく一般の方々」であることを想定して書かれなければなりません。
ところが、法律専門職が契約書を作成すると、途端に難解な文言が列挙され、一読しただけでは言葉の意味はもちろん、主語と述語の関係性すら良く分からないものになりがちです。
最近チェックしたある契約書の表現を見てみましょう。
原案
1 本信託の計算期間は、毎年1月1日から31日までとする。但し、第1期の計算期間は、信託開始日からその年の12月31日までとする。
2 受託者は、信託事務に関する計算を明らかにするため、信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を記録しなければならない。
3 受託者は、第1項の計算期間に対応する信託財産目録及び収支計算書を当該計算期間が満了した月の翌月末日までに作成しなければならない。
4 受託者は、信託財産目録記載の信託不動産を第三者に賃貸することに関し、賃借人の退去、新たな賃借人の入居及び賃料並びに管理費の変更など賃貸借契約の当事者又は内容等に変更があった場合には、その経過報告書を作成しなければならない。
5 受託者は、第3項記載の信託財産目録及び収支計算書を、第3項に決められた期日までに受益者及び信託監督人に提出しなければならない。
6 受託者は、第4項記載の経過報告書を、その作成のつど、受益者及び信託監督人に提出しなければならない。
7 受託者は、第2項に基づき作成した信託帳簿を作成の日から10年間、第5項及び前項に基づき受益者及び信託監督人に提出した書類は信託の清算の結了の日までの間、保存しなければならない。
8 受託者は、第2項から第6項に定める記録及び信託帳簿の作成等の事務を信託事務処理代行者に委託することができる。
如何でしょう?。
一読されて「書いてある内容」が理解できましたか?。
実はこの条文と全く同じ書きぶりの信託契約書はあちこちに出回っているようで、何度も同じ条文を目にする機会があります。
確かに、法的には何も間違ったことは書いてありません。しかし、この信託契約書には、「お客様の目線」からみて分かりやすくしようという専門職の配慮はあまり感じられません。
「2 受託者は、信託事務に関する計算を明らかにするため、信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を記録しなければならない。」
とありますが、一般人である受託者は、何をすれば良いのでしょう??
「4 受託者は、信託財産目録記載の信託不動産を第三者に賃貸することに関し、賃借人の退去、新たな賃借人の入居及び賃料並びに管理費の変更など賃貸借契約の当事者又は内容等に変更があった場合には、その経過報告書を作成しなければならない。」
とありますが、「経過報告書」とは何でしょう?
恐らくこの専門職は、賃貸物件を信託財産とした際の信託業務の実務や受託者の負担をあまり考慮しておらず、ただ参考にした文例をそのまま引き写して信託契約書を作成されたのではないかと思います。
このように、一読しても「何が書いてあるのか分からない」「何をせよと言っているのか分からない」という契約書は、いかに法的に正しくとも、依頼人家族に寄り添ったシンプルで分かりやすい契約書とは言えないでしょう。
2. 家族信託契約書は「誰のため」にあるのか (②受益者のための信託か)
高齢の親世代を支えることを目的としていても、実際の家族信託の設計から具体的内容の検討の場面で、支える側の子世代も、主体的に意見や要望を述べることは大切です。
しかし、それが行き過ぎると、いわゆる「受託者主導」と言われる問題のある信託契約になりかねません。
その「行き過ぎ」が端的に表れるのが、
・受託者の権限に関する条文
・利益相反に関する条文
です。
事例を見てみましょう。
第●条 受託者は、以下の信託事務を行う。
(1)信託財産目録記載の信託不動産を管理、運用、処分すること。
(2)信託財産目録記載の信託不動産を第三者に賃貸し、第三者から賃料を受領すること。
(3)前号によって受領した賃料を、上記1号の信託不動産を管理、運用するために支出すること。
(4)信託土地上に建物を建築すること。
・・・以下略
これでは、受託者は信託財産に対し「何をやっても良い」こととなります。
受託者は、受益者の心情に配慮した上、受託者の裁量により、信託財産の管理又は運用を行う。
2信託不動産につき賃貸借契約を締結する場合、受託者は、自らの裁量において賃料その他の諸条件を決定するものとする。なお、受託者は、信託の目的に反しない限りにおいて、信託不動産の一部を自ら使用し、又は第三者に使用貸借させることができる。
・・・以下略
3また受託者は、受託者が相当と判断する範囲内で、受益者の扶養家族・親族に対して非課税・課税を問わず金銭を贈与ことができるものとする。
信託財産を無償で貸与(使用貸借)したり、贈与してしまう行為は、受益者の利益には結びつきません。
使用貸借させるならば、その前提条件や相手先の範囲など具体的な記載をすべきですし、そもそも受託者が信託財産を受益者以外の第三者に給付や贈与する行為は、忠実義務に反する恐れがありできないと考えるべきです。
一部専門職の中には、「贈与行為にせよ、使用貸借にせよ、それを委託者(受益者)が望んでいるのであれば、信託の仕組みの中で行っても良い」という主張があるようです。
しかし、信託は、信託法という法律を根拠とした「受益者のための財産管理の仕組み」ですので、受益者の利益に結び付かない受託者の行為は、信託法のそもそもの立法趣旨や法的整合性から見て好ましいとは言えません。法律専門職が関与していながら、法的観点からみて好ましくない信託契約書を作ることは、絶対に避けるべきです。
本稿で取り上げた事例は、ほんの一例にすぎませんが、家族信託の適正な普及には、法律専門職の正確な法的知識・実務知識の習得だけではなく、受益者と受益者を支える家族・親族のためにどういう設計がベストかを模索すると共に、シンプルで分かりやすさを追求していく姿勢が求められると考えます。