※当記事は2025年10月の内容です。
1 公用文表記とは
公用文表記とは、日本の公官庁や公共機関が作成する公式文書(公用文)において使用される日本語の表記ルール(基準)をいいます。これは、行政文書、法律、通知、広報資料など公共性の高い文書において、分かりやすく、正確で、統一された表現を用いることを目的としています。公用文は、「全国民に対し分かりやすく正確であること」が求められます。誤読やあいまいさを排除し、公共性、公平性を重視しています。文書の都度、表記が異なっていると、正確性に欠け、公平でない場合も出てきてしまいます。
出版社や新聞社その他の報道機関にも統一的な表記ルールがあります。これは、「読者層・視聴者層に応じた分かりやすさ」を目的にしている点が公用文表記と異なります。具体的な相違を例示すると、①公用文表記では「行う」であるのに対し、出版社によっては「行なう」も許容する。②「及び」と「および」などの違い、③常用漢字でない漢字使用の可否などです(特に、文学作品では作者・作家の思想や意向に大きく左右されます。)。要するに、全国民に対して周知させる必要がある公用文と特定の読み手を意識している出版社やマスコミなどとの立場の相違です。
2 司法関係での公用文表記
公用文表記に従わない文書であっても、原則として法的な効力に影響はありません。ですので、公用文表記に従わない文書が不利益・不都合をもたらすことは基本的にありません(例外:「及び」、「並びに」などを誤用することで意味が異なってしまう場合あり)。
現実問題として、公官庁であっても公用文表記に忠実であるところと、比較的無関心(苦手)なところがあります。筆者の体感ですが、財務省、法務省、東京都などは公用文表記ルールに忠実(厳格)ですし、国土交通省、文部科学省、市町村レベルの自治体などは比較的ルーズです。ちなみに、偉そうにしている公官庁の公文書をつらつら眺めながら、公用文表記の誤用だけを探索するのは筆者の密かな楽しみです。
裁判所でも司法行政を担う部署における行政文書(最高裁の出す通達など。裁判官の起案する裁判文書とは異なる。)は、官僚組織でチェックが入るため、公用文表記ルールに忠実です。
他方で、事件部門を担う部署(裁判体)は、裁判官独立原則があり、公用文表記ルールチェックがない(又は弱い)ため、同ルールを軽視する裁判体も存在します。最高裁判所の判決や決定は、比較的公用文表記ルールに忠実ですが、高裁・地裁・家裁などの下級審における判決・決定や書記官の作成する文書は、裁判体によって重視派と軽視派でバラバラです(体感としては半々)。検察官も、公用文表記ルールに従うことよりも個々の事件処理の在り方を重視しており、重視派と軽視派でやはり半々という感触です(起訴状や冒頭陳述などの文書を見ての体感)。法務局など行政機関は、官僚組織ですので、内部チェック機能が働き公用文表記ルールに忠実です。訟務検事や訟務官を経験した人は、重視派が多い印象です。
公証人(多くは裁判所、検察庁、法務局長出身)が公用文表記ルール重視派と軽視派に分かれるのはそのような背景があります。
3 なぜ公用文表記ルールの習得を勧めるか?
このように、公証役場(公証人)ですら、公用文表記ルール重視派と軽視派に分かれており、公正証書などの作成に必須ではないにもかかわらず、筆者がなぜ公用文表記ルールの習得を勧めているのかを説明させてください。
公用文表記は、一度、覚えてしまうと維持するのは楽なのですが、他方で、完璧にマスターするのがそれなりに大変なので、軽視派の公証人は、「自己流の表記」で通してしまっている場合もあります。「公証人ですら遵守していないのに士業者まで遵守する必要はないでのではないか」「苦労するだけの価値があるのか」という疑問もあります。結論からいうと、マスターするのが苦痛で仕方がないという方は、習得の必要はないと思います。ただし、「文書の信用性(隠された信用性)を高めたい」と思われる方には習得して損はありません。
同じ内容の文書であっても公用文ルール重視派の文書は軽視派の文書に比べると、見る人(公用文ルールを習得した人)が見れば、その文書の信用性に見えない差がつきます。
その文書を信用できるという前提で閲読してもらえる傾向にあります。正直、筆者が、当事者から提出された公正証書案文や定款文案を読むとき、公用文表記ルールに忠実な文書は、読んでいてストレスを感じずにスラスラと頭に入る(高速道路を走っている)気分なのに対し、ルール軽視派の文書は、いちいちチェックしながら、つっかえながら読み進める(でこぼこ道を走らされている)気分になります。公用文表記ルール重視派は、相手のことを考えて手続を進めてもらえそうな人であるというバイアスを読み手に植え付けることができるのです。
副次的効果もあります。
① 表記方法で悩むことがなくなること
② 表記での最高水準を保つことによって、ほかから指摘されるストレスを予防すること
③ 自信をもって文書を起案できること(内容に全精力を集中することができる)
④ 筆者は以前信託契約公正証書の別紙化を提案しました(2025年4月)が、公用文表記ルールに忠実な案文は、「別紙化」に耐えられる確率が上がってくること
があります。相手に、正しい公用文表記ができる人間であることを名刺代わりに説明できると同時に、信託契約その他の公正証書の作成、定款の認証などにおいて、特別な視線で見てもらえる確率が高まるメリットがあるということです。
4 5分で理解できる公用文表記ルール
一定のメリットはあるとはいっても、「完全な習得」を目指すと大変な努力を要することも確かですので、これから「なーんちゃって公用文表記」の習得法を紹介したいと思います。公用文表記ルールに忠実である「振り」をするテクニックです。
比較的簡単に習得できる、それでいて公用文表記に忠実な文書に見えるルール、「5分」で「理解」できてしまい、これをマスターすると公用文をかなり習得していると錯覚させる(魔法の)4つのワードです。確かに、「完全に習得」するのは5分では無理かもしれませんが、少なくともスタートダッシュにはなります。
この4つのワード。法律文書によく出てくる接続詞です。筆者は、これが正しく用いることができるかどうかで、書き手が公用文ルールに忠実な人(会社、団体)なのか(重視派)、そうでないのか(軽視派)なのかを識別(推定)していました。重視派については、基本的に、文書内容も信頼しながら、軽視派は、文書内容を念入りにチェックしながら読み進めていました。仮に、他の箇所で公用文表記の誤用があったとしても、重視派を目指している人なんだなと好意的に受け取っていました。
根拠は、内閣訓令第1号平成22年11月30日の「公用文における漢字使用等について」の「1 ⑵オ」です。
「オ 次のような接続詞は、原則として、仮名で書く。
例:おって、かつ、したがって、ただし、ついては、また、ゆえに、・・・
ただし、次の4語は、原則として、漢字で書く。
及び、並びに、又は、若しくは」
※注意:「又は」とは書きますが、「また」を「又」と漢字表記するのは公用文表記としては誤りです。
ひらがなで「また」と書きます。
例:バナナ 及び オレンジ 並び にほうれん草(〇) バナナとオレンジは果物、ほうれん草は野菜に分類されます。バナナとオレンジに比べると、ほうれん草は相対的に大きな括りに属します。
では、果物が3つ以上あった場合はどうなるでしょうか。 例:バナナ 、 オレンジ 及び パイナップル(〇) この3つは果物という点でいずれも同列の評価ですので、「バナナ」と「オレンジ」の間には「、」(以前は「,」(コロン)が多かったが、最近は、日本語性を重視して「、」(読点)を使用する傾向)を付します。 例:バナナ 、 オレンジ 並びに パイナップル(×) これは誤った使い方です。「並びに」という接続詞は、「及び」がある場合にそれよりも大きな括りがある場合に用います。 「及び」なくして「並びに」なしといわれます。
例:ほうれん草 又は バナナ 若しくは オレンジ(〇) 果物同志と野菜です。果物同志はほうれん草にくらべると、小さな選択的括りに分類されます。
では、果物が3つ以上あった場合はどうなるでしょうか。 例:バナナ、オレンジ 又は パイナップル(〇)
例:バナナ、オレンジ 若しくは パイナップル(×) 前者は正しい使い方です。なお、「又は」にしても、「及び」にしても、同列の括りの場合、「又は」「及び」は最後に用います。後者は誤った使い方です。「若しくは」という接続詞は、「又は」がある場合にのみ、それよりも小さな括りがある場合に用います。 「又は」なくして「若しくは」なしといわれます。
解答1:バナナ 及び オレンジ 並びに ほうれん草 並びに ごはん(〇)
解答2:ごはん 又は ほうれん草 又は バナナ 若しくはオレンジ(〇)
になります。
ルール4:「及び」よりも大きい括りの場合は、「並びに」を何回でも用います。
ルール5:「若しくは」は、3つ以上の比較がある場合に、一番小さな選択的括りのときに用います。
それよりも大きな括りは全て「又は」を用います。
・「及び」と「若しくは」は一回だけ
・「並びに」と「又は」は何回でも
といわれます。
ルール4と5が、本稿の中では、「ややっこしいところ」ですので、ここは我慢して覚えてください。
5 応用-株式会社の模範定款の例
第〇〇条 株主総会の議事については、開催の日時及び場所、出席した役員並びに議事の経過の要領及びその結果その他法務省令で定める事項を記載又は記録した議事録を作成し、議長及び出席した取締役がこれに署名若しくは記名押印又は電子署名をし、株主総会から10年間本店に備え置く。(〇)