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一般公開

#諸外国の信託活用事情

第33回 日本の半公半私の信託

一般公開期間:2025年7月1日 ~ 9月30日

※当記事は2025年7月の内容です。

前書き

 前号では多くの社会的課題を国だけが主体となって解決していくことは困難であり、社会全体で解決する必要があること、そのために公益法人と共に公益信託の活用が期待され、新公益信託法が制定されたこと、米国では大規模なファウンデーションだけでなく、公益と私益の両方を目的とする小規模な半公半私の信託が活用されていることを紹介しました。このハイブリッド目的の信託は分割利益信託の仕組みを使います。

 本号では、最初に分割利益信託の仕組みをおさらいし、日本におけるこの信託の利用の可能性を、租税法学者の論考を参考に検討します。ただし、個人を委託者とする取り消し不能の受益者等課税信託を前提とします。

1.分割利益信託の仕組み

 信託財産から発生するキャッシュフローは多くの場合、年次の収益金と満期償還金です。受託者はこのキャッシュフローを原資にして受益者に対し年次給付と満期給付を行います。分割利益信託では多くの場合この給付の時期に応じて受益権を収益受益権と元本受益権に分割します。収益受益者は年次の収益金に権利があり、これを受領し所得税の課税を受けます(所得税法13条1項本文)。元本受益者は信託元本に権利があり新たな課税を受けることなく償還金を受領します¹。
 分割利益信託では年次の給付金を定額とする定期金受益権と残余財産受益権に分割する場合もあります。定期金受益権は、年次の収益金が多い場合は、定期金額までのキャッシュフローのみを受領する権利です。余った年次の収益金は残余財産受益者が受領します。逆に年次の収益金が少ない場合は、定期金の支払いに不足する額を信託元本の取り崩しで補填します。年次の収益金を受領した定期金受益者及びその一部を受領した残余財産受益者は所得税が課税されます。残余財産受益者が受領した収益金は直ちには給付されませんが、直ちに課税されます。定期金受益者は、定期金額までの信託元本の取り崩し額を受領する権利があり、その権利の取得時に既に課税されているので、信託元本の受領時に新たに課税されることはないと思われます。

1 収益受益権と元本受益権の定義は相続税法基本通達9-13による。

受益者への給付は贈与か
 定期金受益者による信託元本の取り崩し額の受領を残余財産受益者からの贈与と考えて課税すべきとの見解があります。この見解の根拠は、定期金受益者が受領する信託元本の取り崩し額の原資が残余財産受益者の課税済みの収益であるからと説明されています。しかし、定期金受益者は当初の信託元本から取り崩す限り、残余財産受益者の課税済みの収益を原資とする信託元本の取り崩し額を受領することはありません。例えば定期金額が信託元本に対し5%で、信託期間が20年以内であれば、信託財産の収益力が低い場合でも、当初信託元本が取り崩しにより枯渇することはありません。そこで、米国では後述のように寄付金控除を受けることができる要件として信託期間を20年以内と規定しています。信託財産の収益力が低い場合は、そもそも年次の収益金が定期金額を上回り、残余財産受益者が余った収益金を受領して課税を受けることは稀です。年次の収益金が多い場合は、年次の収益金から定期金を払えるので、信託元本の取り崩しは起きません。

受益権の評価額と信託財産の価額
 受益権の評価額はキャッシュフローを受益権割引率により割引いて算出した現在価値です。受益権割引率は日本の場合財産評価基本通達の基準年利率です。
 信託財産から発生する年次の収益は変動します。信託収益のみが給付される場合は、満期まで残余財産が当初信託元本の額のままです。しかし定期金の給付が行われる場合は、年次の収益が定期金の額を上回ったり下回ったりするので、残余財産が当初信託元本を上回ったり下回ったりします。
 年次の信託収益のキャッシュフローの現在価値と信託元本のキャッシュフローの現在価値の合計は信託財産の価値に一致します。受益権給付は信託財産から発生するキャッシュフローから行うので、収益受益権の価値と元本受益権の価値の合計又は定期金受益権と残余財産受益権の合計は信託財産の価値に一致します。
 次記は分割利益信託の信託財産のキャッシュフローと受益者への給付のイメージ図です。

2.半公半私の信託の得失

この信託は次の2種類があります。

(1)公益先行信託

 この信託は、収益受益権又は定期金受益権を公益法人等に寄付します。先行する信託収益のキャッシュフローの受領権を公益に寄付するので公益先行信託と呼ばれます。この寄付が公益財団法人等に対するものであれば、この信託の委託者は寄付した収益受益権又は定期金受益権の価値について寄付金控除を受けることができます。 この信託の元本受益権又は残余財産受益権は委託者が留保するか又はその家族等に贈与します。贈与税の課税価額は元本受益権又は残余財産受益権の現在価値です。この受益権の価値は信託財産の価値から収益受益権又は定期金受益権の現在価値を差し引いた残額ですから、信託財産自体の贈与の課税価額より割安です。

(2)公益残余権信託

 この信託は、元本受益権又は残余財産受益権を公益法人等に寄付します。米国では元本受益権と残余財産受益権を区別しないで「残余権」と呼ぶので、公益残余権信託と呼ばれます。この信託の委託者は寄付した元本受益権又は残余財産受益権の価値について公益先行信託と同様に寄付金控除を受けることができます。
 収益受益権又は定期金受益権は、委託者が留保するか又はその家族に贈与します。贈与税の課税価額は収益受益権又は定期金受益権の現在価値です。この受益権の価値は信託財産の価額から「残余権」の価額を差し引いた残額ですから、信託財産自体の贈与の課税価額より割安です。

3.分割利益信託の利用のニーズ

 日本における半公半私の分割利益信託の利用ニーズについて、藤谷武史教授は富裕層が公益法人等に寄付する場合、寄付の決定は現時点で行いたいが、寄付先への財産の移転を相続発生時などの将来のある時点まで遅らせ、自分の老後の生活の経済的不安を解消し、家族が寄付に不満がないように相当程度の資産を家族に残したい場合に、この信託の利用のニーズがあると述べています。
 例えば、事業で財を成した資産家が母校へ自社株等の金融資産を寄付をしたいが、自分の老後に必要な資金を考えると現時点で直ちに自社株等の金融資産を寄付することにはためらいを感じる場合、自分の死後に残余の金融資産を公益に寄付する公益残余信託を利用するニーズがあります。また地主の資産家が土地をNPO法人に寄付したいが、土地以外のめぼしい資産がないので、相続の際に家族が遺留分を主張することを懸念する場合、土地から発生する地代を公益に寄付する公益先行信託を利用するニーズがあります²。このように半公半私の分割利益信託のニーズは生前信託だけでなく遺言信託にもあります。

2 藤谷武史「公益のための信託と税制」(「信託法制の新時代」弘文堂2017年379頁~)

4.過大な寄付金控除を受ける問題

 寄付金控除の税務上の恩典は、公益への寄付が公益を増進し社会貢献になることから、これを奨励するために設けられています。寄付者にとって寄付金控除はいわば自分の資産を公益に出捐した見返りであり節税ではありませんが、過去に米国では半公半私の利益分割信託の受益権を公益団体に寄付して、実際の寄付額に対して過大な寄付金控除を受けることが問題になりました。

(1)米国の受益権評価方法と過大な寄付金控除

 米国では信託の受益権の評価は、財務省規則に定める保険数理表の受益権評価率を適用して行います。分割利益信託の収益受益権の評価は信託財産の価額に収益受益権評価率を適用し、元本受益権の評価は信託財産の価額に残余権評価率を適用し、定期金受益権の評価は定期金額に定期金受益権評価率を適用して行います。

受益権評価率
 残余権評価率は信託元本1を受益権割引率iで割り引いた現価率vです。収益受益権評価率は受益権割引率iの複利年金現価率です。複利年金現価率=(1-v)/iですから、一般に収益受益権評価額=年次収益額×(1-v)/ iになります。しかし、保険数理表の収益受益権評価率は信託元本1から残余権評価率を差し引いて求めるので、米国の収益受益権評価率=1-vです。従って米国の収益受益権評価額=信託元本×(1-v)になります。一般の収益受益権評価額と米国の収益受益権評価額の右辺を等式で結ぶと、年次収益額×(1-v)/ i=信託元本×(1-v)になります。両辺を(1-v)/ iで割ると、年次収益額=信託元本× iになります。両辺を信託元本で割ると、年次収益率=iになります。
 つまり米国では収益受益権評価額の算定は年次収益率を受益権割引率iと見なして行っているわけです。
 受益権割引率は、1969年当時は年3.5%でしたが、その後徐々に引き上げられ、1989年以降は受益権の評価時点の金融市場における連邦中期金融機関取引利率の120%とされています。

信託財産の不当な運用により結果として寄付金控除額が過大になる
 米国では上記のように元本受益権の評価額は受益権割引率で割り引いた現価率で算定され、収益受益権評価額は信託財産の実際の収益率ではなく評価時点の受益権割引率で評価されるので、例えば、公益団体に元本受益権を寄付し元本受益権評価額相当額の寄付金控除を受けた場合に、高リスク高利回り資産に投資することが行われました。そうすると収益受益権を有する親族は高い収益を享受し、元本受益権を有する公益団体は元本が毀損して低収益になるので、結果として寄付金控除額が過大であるとの批判が出ました。
 また逆に公益団体に収益受益権を寄付し、収益受益権評価額相当額の寄付金控除を受けた場合に、低リスク低利回り資産に投資することが行われました。そうすると元本受益権を有する親族は元本を保全し、収益受益権を有する公益団体は低収益になるので、結果として寄付金控除額が過大であるとの批判が出ました。

財務省規則に基づく受益権評価を支持する判例
 この判例では、委託者が1956年(後述の税制改正前)に株式を信託し、その収益受益権を公益団体に寄付し、元本受益権を委託者の子供たちに贈与し、財務省規則³に基づき受益権を評価し税務申告したところ、内国歳入庁が信託財産である株式の実際の収益率が低いと推測して、財務省規則に基づく元本受益権の評価による贈与税申告を否認しました。しかし裁判所は内国歳入庁の主張を退け、財務省規則に基づく受益権評価を承認しました⁴。この判例は寄付金控除の否認事例ではありませんが、実際の収益率を排し財務省規則に基づく受益権評価を承認したことに意義があります。

米国は1969年に税制改正
 米国は1969年の税制改正により半公半私の信託の受益権の寄付による寄付金控除は、収益受益権又は元本受益権の寄付に対しては認めないことにし、定期金受益権又は残余財産受益権の寄付は一定の規制をして認めることにしました。なお、定期金受益権の評価は実際の定期金額に定期金受益権評価率を適用するので、不当な運用による操作をすることはできません。残余財産受益権の評価は信託財産の評価額から定期金評価額を差し引いて算出します⁵。

3 Table Ⅱ, Treasury Regs. 25.2512-5条
4 HIPP v. UNITED STATES 215 F. Supp. 222(W.D.S.C.1962
5 Treasury Regs. 1.664-2条(c)

 (2)日本の受益権評価方法と寄付金控除

 日本では受益権評価は財産評価基本通達202に従って行われます。収益受益権評価額の算出については、米国が、まず信託元本を受益権割引率により現在価値に割り引いて元本受益権評価額を算出した後に、信託財産の評価額からこれを差し引いて収益受益権評価額を算出するのに対し、日本は、まず信託収益の見積もりを行い、基準年利率によりこれを現在価値に割り引いて収益受益権評価額を算出した後に、信託財産の評価額から収益受益権評価額を差し引いて元本受益権評価額を算出します。米国では実際の信託収益率にかかわらず収益受益権評価額が評価されるのに対し、日本では実際の信託収益率に基づいて収益受益権評価額が評価されます。

収益受益権の悪用の余地
 日本では米国と異なり実際の信託収益率の見積もりが適正であれば、受益権評価も適正になり、受益権を寄付した場合の寄付金控除額も適正になります。例えば、高リスク高利回りの投資をする場合、収益受益者が得をして元本受益者が損しますが、この実際の損得が適正に見積もりされて受益権評価額に反映していれば寄付金控除に問題はありません。
 これに対し、例えば信用格付けの高い債券に投資すると見せかけて受益権評価を行い、公益法人等に元本受益権を寄付し、寄付金控除を受けたが、その後高リスク高利回りの投資に変更し、公益法人等に元本の毀損による損害を与えたとすれば、これは信託の受益権評価の問題ではなく、運用を行う受託者の受益者に対する忠実義務違反であり、受益者間の公平義務違反の問題です。

(3)米国の税制改正後の寄付金控除の適格要件

適格な公益残余権信託
 信託期間に定期金(又は信託財産の時価の一定割合の額)の給付(定期金等)を行った後の残余財産を受領する権利(残余権)を公益法人等に寄付する取り消し不能の信託であり、かつ信託期間は20年以下、定期金等の額は信託財産の評価額の5%以上、残余権の評価額は信託財産の評価額の10%以上の信託⁶。

適格な公益先行信託
 信託期間に定期金(又は信託財産の時価の一定割合の額)を受領する権利(定期金等受益権)を公益法人等に寄付する取り消し不能の信託。

6 米国財務省規則26CFR1.664-2(a)(5)

5.藤谷武史教授の論考「公益のための信託と税制」2017年⁷

 藤谷武史教授は新信託税制の下で半公半私の信託について次のように述べておられます。

7 前出、藤谷武史「公益のための信託と税制」(「信託法制の新時代」弘文堂2017年379頁~)

(1)分割利益信託の設定時の寄付金控除の可能性

① 公益残余型の信託
 信託財産に属する資産及び負債はそれぞれの受益者がその有する権利の内容に応じてこれを有すると見なし、信託財産に帰せられる収益及び費用はそれぞれの受益者の有する権利の内容に応じてそれぞれの受益者の収益及び費用と見なすので(所得税13条1項、同法施行令52条4項)、信託受益権を寄付した場合に、公益法人等に対する寄付金控除(所得税法78条2項2号)とみなし譲渡課税(所得税法59条1項1号)の適用がありそうである。しかし寄付財産が2年以内に公益目的事業の用に直接供され、又は供される見込みがあることが要件とされるので、譲渡所得の非課税の特例(租税特別措置法40条)は受けることができないと考えられる。

② 公益先行型の信託
 設定時の寄付金控除:現行法上は信託収益の受益権を寄付した場合に、公益法人等に対する寄付金控除とみなし譲渡課税の適用があろうが、先行して受領する信託収益の現在価値算定の不確実があるので、立法的には現実の支払い額に応じた寄付金控除を与える方式も考えられる。

(2)現行法の解釈と立法措置の必要性

分割利益信託の課税関係については、特段の立法措置を伴うことなく、既存の制度の下で活用が可能と言うのが暫定的な結論であるが、次のような立法措置の必要性がある。
① 信託財産として金銭以外の拠出が行われた場合はみなし譲渡課税が行われるので、公益法人に対する寄付の租税特別措置法40条の特例の適用
② 所得課税における受益権複層化信託の取り扱いの明確化
③ 寄付金控除の対象となる受益権の価額算定ルール

6.佐藤英明教授の論考「受益権分離型信託を用いた公益的寄付をめぐる税制」

 この論考は旧信託税制時代の2001年書かれたものですが、新信託税制の下でも基本的には当てはまるので、同教授の著書「新版信託と税制」弘文堂2020年 312頁以下に収録されています。同教授は「分割利益信託」を「受益権分離型信託」と呼び半公半私の信託について次のように述べられております。

(1)受益権分離型信託の設定による寄付金控除の可能性

 所得税法基本通達78-1が「法78条1項に規定する『特定寄付金を支出した場合』とは『現実に支払った』ことを言うと解しているので、受益権分離型信託を設定し、特定寄付金となることが明らかな公益法人等(所得税法施行令217条1項1号掲名法人)を受益者とした場合に、所得税法上の寄付金控除を受けることに疑念があるが、他益信託を設定した場合は設定時に課税されるので、信託財産が委託者の手を完全に離れた場合には公益法人等に贈与され特定寄付金の支出があったものと解釈するのが適当である。これに対し信託財産が委託者の手を完全に離れていない場合は、信託財産が現実に引き渡された時に特定寄付金の支出があったものと解釈すべきである。

(2)受益権分離型信託の類型と課税関係

 検討の対象は有期・撤回不能の生前信託とし、信託期間中に信託財産から発生する収益の全部を受益者へ給付する信託と、発生収益の額に拘わらず一定額(定期金)を受益者へ給付する信託とに分け、委託者が受益者になっているか否かに分けて以下のように検討する。

① 収益の全部を受益者へ給付する信託
● 収益公益分配型の信託
 残余権者が委託者以外の個人の場合は、公益法人等が受領する将来収益の現在価値につき信託設定時に特定寄付金の支出をしたものとして寄付金控除の適用が受けられる。
 これに対し残余権者が委託者の場合は、信託財産が信託終了後に委託者に復帰することから、信託財産が委託者の手を完全に離れたとは言えない。むしろ自益信託を設定して毎年受領した収益を特定寄付金として支出しているとみる余地が大きい。従って収益は委託者に帰属し、毎年の公益法人等への分配を寄付金控除の対象とすべきである。

● 残余権公益帰属型信託
 収益受益者が委託者以外の個人の場合は、信託設定時に収益受益者にみなし贈与課税が行われ、信託期間中は同受益者に信託収益が帰属するものとみなして所得税が課税される。また信託設定時に委託者は公益法人等が取得する元本受益権の現在価値につき特定寄付金の支出をしたものとして寄付金控除の適用が受けられるが、みなし譲渡があったものとして課税される。現在は残余権の寄付を受ける公益法人等が租税特別措置法40条の特例の対象になっていないが、現物の寄付が行われた場合と税務上の差異を設ける合理的な理由がないと言うべきである。
 これに対し収益の受益者が委託者の場合は、信託収益が委託者に帰属し課税され、信託設定時に元本受益権の寄付について寄付控除を受ける余地はなく、信託終了時に残余財産を公益法人等に現実に引き渡した時にその時の時価に基づき寄付控除を受けることになる。この公益法人等への引き渡しは、みなし譲渡になり租税特別措置法40条の特例の対象になる。

② 一定額(定期金)を受益者へ給付する信託
 一定額(定期金)を受益者へ給付する信託(以下「定期金給付信託」と言う)では、定期金額に対し実際の収益額に過不足が生じる。現行所得税制は「留保収益」や「元本分配」の観念を入れていないので、この過不足額につき受益者間に贈与課税の問題が生じる。
 そこで年次の収益は残余権者に帰属するものとし、残余権者が定期金権者に対し定期金支払い債務を負う構成と考える。残余権者が委託者以外の個人の場合、信託設定時に残余権者に対しみなし贈与があったものとされ、その際の受益権の評価額は信託財産の評価額から定期金債権の現在価値を控除した純額となる。
 定期金公益分配型の信託では、委託者は定期金債権の現在価値につき公益法人等に対する特定寄付金を支出したものとして寄付控除の適用を受ける。信託期間中の年次の収益は残余権者の所得として課税される。定期金の分配を受ける公益法人等は贈与を受けたものとされる。
 残余権公益帰属型の信託では、残余権者である公益法人等が年次の信託収益の権利を有し、定期金支払い債務を負担する。信託設定時に公益法人等に対しみなし贈与があったものとされ、その際の受益権の評価額は信託財産の評価額から定期金債権の現在価値を控除した純額とされる。委託者は公益法人等に対しこの純額の特定寄付金を支出したものとして寄付控除の適用を受ける。
 なお、佐藤教授は以上の残余権者が定期金権者に対し定期金支払い債務を負う構成とする解釈は後述のように信託税制改正後は困難とされます。

寄付先の公益法人等が特定されている場合の課税関係は次のように整理できる⁸。

8 佐藤英明「新版信託と税制」弘文堂2020の340頁付表を加工した。

(3)立法措置の提案

 収益の全部を受益者へ給付する信託では、信託財産が寄付金控除のための評価の際に用いられる数値と異なる利回りの運用を行うことにより、公益法人等が実際に受け取る金額が少なくなり、寄付金控除が過大になる恐れがある。
 そこで、暫定的な立法措置として信託設定時の委託者の寄付金控除の適用を、一定額(定期金)給付信託に限定し、収益の全部を受益者へ給付する信託の場合は寄付金控除を受けることができないようにすることを提案したい。これは米国が寄付金控除を受けることのできる信託を、定期金又は一定割合の額の給付を受領する権利の信託に限定しているのと同じ措置である。 なお、収益公益分配型の場合は、信託収益が非課税になる。残余権公益帰属型の場合は、信託財産の公益法人等への現実の引き渡しをもって寄付金控除を受ける。みなし譲渡課税については、公益法人等に寄付する場合の租税特別措置法40条の特例の対象になるように立法措置をすべきである。

7.佐藤英明教授の信託税制の改正後の見解

 佐藤教授は平成19年の信託税制の改正後も、収益の全部を受益者へ給付する信託の場合は、前述の「受益権分離型信託を用いた公益的寄付をめぐる税制」と変わらないが、定期金給付信託の場合は、残余財産受益者を全受益者とし一定額の給付義務が付随した信託と解することが改正後は困難であり、収益の全部を受益者へ給付する信託の場合に準じた課税関係になると考えられる。そこで立法による下記のような租税回避の防止策が必要であると述べておられます。

● 残余財産受益権等を委託者が留保する信託は、信託の存在を無視して、委託者課税信託と見なして、公益法人等へ収益の現実の分配に応じて委託者に対する寄付金控除を認めるべきである。
● 委託者課税信託以外の信託(残余財産受益権等が委託者以外の個人である信託)については、公益法人等の受益の内容が信託収益であれ残余財産であれ、それが現実に公益法人等に移転した時点で実際の移転額の特定寄付金の支出があったものとして委託者に寄付金控除を認めるべきである。
● 信託終了時に公益法人等が帰属権利者として収益受益者から信託財産の給付権を贈与により取得したと見なされる場合は、収益受益者に寄付金控除を認めるべきではない。委託者に寄付金控除を認めるべきである。

みなし譲渡の明文化と非課税要件の充足については、信託受益権の公益法人等への寄付がみなし譲渡になることは改正所得税法により法人が贈与により受益権の取得した場合が信託財産の贈与になることが明文化された(同法67条の3第3項)ので明確になった。公益法人等への資産の寄付による譲渡所得の非課税要件(租税特別措置法40条1項)の充足については、株式等の寄付が配当金等の全部が公益事業の用に供されるか又は供される見込みである場合は非課税要件を充足するとされていること{税特別措置法(所得税関係)通達40条13(財産等が公益目的事業の用に直接供されるかどうかの判定)}に照らし、収益受益権の寄付を受けた公益法人が今後受け取る信託の収益の全てが公益事業の用に供されるか又は供される見込みである場合は、非課税要件を満たすものと考えられると述べておられます。

9 前出、佐藤英明「新版信託と課税第Ⅱ部第6章Ⅳ」578頁以下

8.定期金給付目的の信託の仕組みの提案

 定期金給付目的の信託の仕組みとして、佐藤教授の残余財産受益者を全受益者とし一定額の給付義務が付随する仕組みの代替案として、信託元本から定期金の給付を受ける受益権(「定期金受益権」)と残りの元本の給付と全ての収益を受ける受益権(「収益一部元本受益権」)に分割する仕組みを提案したいと思います。この信託の仕組みでは、収益の所得課税の漏れがなく、定期金受益権の評価が容易であり、寄付金控除が過大にはなりません。また、負担付受益権評価を行う必要がなく、収益一部元本受益者が公益法人等になる場合は受益者連続型信託の課税の特例の適用がありません。

本稿のまとめ

 藤谷教授も佐藤教授も共に、利益分割信託(受益権分離型信託)による半公半私信託は、現行税制において、委託者に対する寄付金控除が認められると述べておられます。しかし、日本ではこの信託の寄付金控除に米国のような規制がないので、立法による規制を提案しています。
 しかし、収益受益権評価方法が米国では実際の収益額と関係なしに評価されるのに対し、日本では実際の給付額の予想に基づき評価されるので、予想が適切であれば寄付金控除が過大になる可能性はありません。また、定期金給付が残余財産受益者の課税済みの収益金から支払われる問題は、信託期間の規制等により解決できると思います。
 日本においては米国のような寄付文化がなく篤志家の数が残念ながらごく少数です。国家財政が逼迫している現状において、社会的課題の解決には民間の協力が必要です。税制上の過度な規制により民間の慈善活動を抑圧することは避けなければなりません。半公半私信託は公益寄付の部分が少なくても、公益寄付がある以上、この信託を普及させることが望ましく、前述の代替案などの工夫をしていきたいと考えます。