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一般公開

#信託契約書のチェックポイント

第6回 残余財産の帰属先

一般公開期間:2025年1月1日 ~ 3月31日

※当記事は2025年1月の内容です。

 家族信託の設計の重要な要素として、信託契約終了後に残った信託財産の承継先の指定をどうするか、いわゆる、信託の残余財産の帰属権利者を誰にするか、というポイントがあります。
 そこで、本稿では、「残余財産の帰属権利者」の指定に関する条項(以下、「帰属権利者指定条項」と言います。)について取り上げたいと思います。

(1) 信託契約書に帰属権利者を指定するのが原則

 家族信託は、老親の生前の財産管理・活用と円満円滑な資産承継の実現ということを目指して設計・実行することが典型的なケースとなります。
 したがいまして、老親を看取った場合など家族信託の役割を果たし信託契約が終了した時点で残った正味の信託財産(これを「信託の残余財産」と言います。)を誰に渡すかという帰属権利者の指定を明記することが一般的です(敢えて指定したくないケースについては後述します)。
 いわゆる“遺言代用機能”と言われるものです。
 信託契約の終わらせ方(信託の終了事由)の設計にもよりますが、老親を看取ったタイミングで終了する場合と、任意のタイミングにおいて受益者・受託者間の合意で終了する場合とで場合分けをして、帰属権利者を指定することが実務上一般的と言えます。
 受益者(受益者連続の場合は受益者全員)の死亡で信託契約が終了する設計の場合、遺言と同様に、残余財産を構成する各財産(自宅、賃貸アパート、貸駐車場、現預金など)ごとに自由に承継者を指定できます。
 一方、受益者(当初受益者だけでなく後継受益者も含む)が生きている間に受託者と受益者の合意で信託契約を終了させる設計の場合は、「信託終了時の受益者」に指定しておくことが一般的です。「信託終了時の受益者」以外の者を帰属権利者に指定することは、理論上できます。しかし、信託契約を終了した時点で、生きている受益者から帰属権利者に財産が無償で移転したことになりますので、“みなし贈与”として高額な贈与税が課税されるリスクがあります。この点を考えますと、「信託終了時の受益者」以外の者を帰属権利者に指定することはあまり想定できません。

  以下は、特段論点の多くない受託者と受益者の合意で信託契約を終了させる設計ではなく、受益者全員の死亡で信託が終了する設計の家族信託についての帰属権利者指定条項に関し、掘り下げたいと思います。

(2) 信託財産が組み変わっていることも想定すべき

 受益者全員の死亡で信託契約が終了した場合、残余財産を構成する各財産について、細かく帰属権利者を指定することが可能であり、それが望ましいというのは前述のとおりです。
 その一方で、信託契約中に信託財産の内訳が変わっている可能性も想定して、指定をする難しさも一部にあります。
 つまり、老親の存命中(信託契約期間中)に受託者が信託不動産を売却したり、信託不動産を買い替えたり、信託財産たる建物を建替えたり、といった資産の組換えが想定される場合は、帰属先指定の条項を工夫しないと(信託契約締結時の不動産を特定して帰属権利者を指定するだけだと)、帰属先指定をしていない残余財産が存在することになります。
 残余財産の帰属先指定が無い財産の取扱いについては、信託法第182条第2項により「信託行為に委託者又はその相続人その他の一般承継人を帰属権利者として指定する旨の定めがあったものとみなす」とされます。つまり、最終の受益者の法定相続人が承継する権利を持つことになり、その結果として法定相続人全員による協議をしなければならないことになりますので、注意が必要です。

(3) 帰属権利者間で柔軟に協議できる余地を残すことも可能

 残余財産を構成する各財産ごとに帰属権利者を指定した場合でも、信託契約が終了した時点での各帰属権利者のおかれた状況や相続税の課税予測を踏まえ、帰属権利者指定条項とは別の承継方法を模索したいケースもあり得るでしょう。
  そのような事態も想定して、「ただし、各残余財産の具体的な権利帰属先及び帰属割合について、当該帰属権利者間で合意した場合はそれに従うものとし、その合意は本件信託終了時に遡って効力を生じるものとする。」という規定を盛り込んでおくことで、柔軟な承継を実現することを目指すことも良策だと考えます。

(4) 帰属権利者が権利放棄するという選択肢

 上記(3)のような帰属権利者間で柔軟に協議できる旨の条項を置かなかった場合、帰属権利者指定条項と異なる承継の余地がないかというと、必ずしもそうではありません。
 帰属権利者として指定された者が最終の受益者の法定相続人である場合は、柔軟な承継ができる余地があります。
 信託法第183条第3項により「信託行為の定めにより帰属権利者となった者は、受託者に対し、その権利を放棄する旨の意思表示をすることができる。」とありますので、帰属権利者に指定された者が、残余財産を受け取る権利を放棄すれば、改めて最終受益者の法定相続人による協議で承継先を決定することができるようになります。
 ただし、信託法第183条第3項但書には、「ただし、信託行為の定めにより帰属権利者となった者が信託行為の当事者である場合は、この限りでない。」とありますので、帰属権利者の中に受託者がいる場合は、当該受託者は遡及効のある権利放棄はできないことになりますのでご注意ください(この「受託者」の範囲については、信託終了時の受託者のみを対象とすべきか、受託者の任務を退いた旧受託者までも含めるべきかは定かではありませんが、受託者業務を担ったことがあれば、信託契約の内容を承知の上で受託者を引き受けたと考えるのが自然でありますので、旧受託者も遡及効のある権利放棄は難しいと考えるべきかもしれません。)。

(5) 予備的帰属権利者

 前述のとおり、帰属権利者指定条項は遺言代用機能がありますので、遺言と同様、予備的条項を盛り込んでおくことは、とても重要です。
 つまり、帰属権利者として指定された者が信託契約終了時に既に死亡していた場合の予備の承継者を指定しておくことは、法的安定性の観点から重要になります。
 また、帰属権利者の指定には、条件付きとすることもできます。例えば、「○○と婚姻関係にあることを条件に」、「××の養子であることを条件に」、「△△株式会社の取締役であることを条件に」というような条項です。条件付指定条項を置く場合は、条件不成就の場合の予備的帰属権利者の条項も必須となります。

(6) その他の注意すべき点

 帰属権利者指定条項に「信託終了時の受託者に」という記載をするケースがみられます。この場合、受託者及び後継受託者に何らかの不測の事態が発生し、受託者が当初予定していなかった者になる可能性もあるため、そのような事態も想定した上で、敢えて信託終了時点における受託者に残余財産を承継させて良いのかを検討すべきです。そこまでの深い意図が無いようであれば、普通に人名で帰属権利者を指定しておく方が無難と言えるでしょう。
 また、帰属権利者の指定条項に「受託者 ○○に」という記載をするケースもみられます。受託者を担う○○に残余財産を承継させる意図は分かるのですが、○○が信託終了時において受託者であることを条件とした趣旨であるとも解釈でき得るので、もし○○が途中で受託者を交代(辞任)した場合に○○に受け取る権利があるのかどうか疑義が生じ得るとも言えます。解釈が分かれるリスクのある表現は避け、「前記 ○○」とだけ記載する方が良いでしょう。

(7) 帰属権利者を指定できない場合・指定したくない場合

 受益者全員の死亡で信託契約が終了する際の帰属権利者の指定について、敢えて信託契約書の中では具体的に指定はせず、最終受益者の法定相続人全員で協議して決めてほしいというニーズもあります。
 この場合、帰属権利者指定条項自体を置かないのではなく、指定条項の中で、「信託終了時の受益者の法定相続人に帰属し、残余財産の具体的な権利帰属先及び帰属割合については当該帰属権利者間の合意に委ねる」旨を規定するのが良いでしょう。なお、その合意の効力は信託終了時に遡って効力を生じる旨も併せて規定しておくこともお勧めします。

(8) 遺言の記載に委ねたい場合

 既に遺言を作成している親が、今回、保有財産の一部を信託契約で管理を託すが、自分が亡くなった後の承継先の指定は、遺言内容と変更がないので、信託契約書の中に帰属先を具体的に明記する必要はない、又は明記したくない、というケースがあります。あるいは、信託契約公正証書と同時に遺言公正証書を作成する場合、秘匿性の高い遺言の方にだけ承継者を指定しておきたいという要望を受けることもあります。
 これらの場合には、注意が必要です。
 もし委託者側の要望を真に受けて、信託契約書の中に帰属権利者指定条項を置かなかった場合、自動的に遺言の規定が適用されるとは考えにくいからです。遺言を作成した後に、信託契約を締結している場合は、遺言対象財産(民法上の財産)から一旦信託財産という別次元の財産に切り分けた取扱いになりますので、信託契約書に帰属先の指定が無いことをもって、自動的に遺言の規定が適用される解釈は無理があると考えます。

 つまり、結論としては、信託契約書に帰属権利者指定条項は設けた上で、敢えてそこに帰属権利者の名前は明記したくないのであれば、過去に作成した遺言書又は同時に作成する遺言書を信託契約の中で特定して記載すべきと考えます。具体的には、例えば、「令和○年○月○日付遺言公正証書(××法務局所属公証人 ××××作成 令和○年第○号)第○条記載のとおり」というような記載をして、紐づけすると良いでしょう。

 また、信託契約締結後に遺言を作ることを想定している場合は、日付での遺言書の特定はできませんので、本日以降に作成する有効な遺言書の指定に従う旨を記載するとよろしいのではないでしょうか。
 なお、信託契約締結後に遺言を作成して、その遺言の中で残余財産の帰属先を指定する場合は、単に「不動産Aは長男に相続させる」という記載ではなく、「令和○年○月○日付信託契約書に基づく信託の残余財産の帰属先については、下記のとおり指定する」旨を記載して、こちらも明確に信託契約書と遺言を紐づけるのが良いでしょう。

 以上、帰属権利者指定条項の重要ポイントをご紹介しました。
 信託契約が終了するのは、何年も先、あるいは10年以上先のことになるかもしれません。
 いざその時が来て、家族信託設計時・信託契約締結時の老親や家族の想いが実現できないような事態に陥らないように、細心の注意と万全の備えが求められます。