※当記事は2025年1月の内容です。
本稿で用いる定義について
本稿では、受託者の営業のためではない信託で、信託業法が適用されない信託のことを民事信託であると定義します。そして、そのような民事信託のうちでも、親族を典型例とするような身近で信頼できる人々の間で行われる信託のことを家族信託であると定義いたします(その意味では、親友による信託も家族信託という範疇に入るかもしれません)。
ところで、家族信託には「家族のための信託」という意味で用いる場合には、信託銀行等を受託者とした営業信託としての家族信託もあり得ます。しかし、本稿では、「家族による信託」という意味で、民事信託としての家族信託に対してフォーカスを当てております。
日司連ガイドラインの公表
令和6年(2024年)11月付で、日本司法書士会連合会(以下、日司連と称します)から「民事信託支援業務の執務ガイドライン」(以下、日司連ガイドラインと称します)が公表されました。日司連のホームページから誰でも閲覧できます。なお、本稿は、日司連HP閲覧日2024年12月4日にプリントアウトした日司連ガイドラインの内容に基づいております。
家族信託の組成支援業務の占有率からみると、士業者では司法書士がトップランナーであると言われてきました。そのような家族信託の担い手である司法書士に対する執務ガイドラインであり、全国の司法書士に対する司令塔である日司連から発出されたものですので、極めて重要なものであると思われます。それゆえ、司法書士ではなくても、家族信託に携わる人々、そして、家族信託に関心をもつ人々も、一度は、日司連ガイドラインを一読して、その内容を分析しておくべきでしょう。
ところで、日司連ガイドラインに先駆けて、令和4年(2022年)12月16日に、日本弁護士連合会(以下、日弁連と称します)から「民事信託業務に関するガイドライン」(以下、日弁連ガイドラインと称します)が公表されております。日司連ガイドラインを理解するためにも、この機会に、先行する日弁連ガイドラインも再読し、二つのガイドラインを対比して、その内容の何が同じで、どこが異なるのか、などを考えて読んでみると、理解が深まるのではないか、と思います。
日司連ガイドラインと日弁連ガイドライン
日司連ガイドラインのタイトルでは、その対象について「民事信託支援業務」と表現しておりますが、日弁連ガイドラインでは、単に「民事信託業務」としております。
そのような表現の差異には、何らかの思想の違いが反映されているのでしょうか。司法書士は、本人訴訟支援で用いる「支援」のように、代理人とならないことを以て側面からの二人三脚による支援を行うとしており、自らを支援型法律家と定義することもあるので、支援という表現を用いたのではないか、と推察することもできるでしょう。
また、日弁連ガイドラインでは、作成責任者の表記として単に「日本弁護士連合会」としておりますが、日司連ガイドラインのほうは、作成責任者の表記として、「日本司法書士会連合会民事信託等財産管理業務対策部民事信託ワーキングチーム」としているところが違いです。このような表記の差について、どのような違いがあるのかは、よくわかりません。
なお、日弁連ガイドラインには存在しない、日司連ガイドラインの大きな特色としまして、監修者の表記があることです。弁護士、信託銀行員、税理士の三者が監修者となっております。この日司連ガイドラインに対する監修者の表記については、巷間、弁護士や司法書士の人々の間で話題となっているところのようです。
日司連ガイドライン策定の目的
日司連ガイドラインを読んでみますと、その目的として次のようなことが記されております。同ガイドラインの冒頭、民事信託が、国民の財産管理等について重要な役割を果たしているとの認識を示しております。
本ガイドラインは、民事信託が、高齢者・障がい者その他の国民の財産管理及び財産の承継について重要な役割を果たすことから、司法書士が民事信託支援業務を行うにあたり留意すべき事項を定め、もって国民の財産の適正な管理及び承継を支援することを目的とする。
そして、日司連ガイドラインは、民事信託の当事者を支援するための業務に関する基本的な事項を定める、としております。なお、日司連ガイドラインの記述によりますと、民事信託の当事者の支援とありますが、その当事者の支援という概念には、委託者に対する支援に加えて、受託者に対する支援も含まれるようです。
司法書士は、委託者が自らの意思を実現できるよう、当事者を支援することが重要である。また、受託者が財産管理に通暁しているとは限らないため、受託者が適切に信託事務や清算事務を遂行することを支援することも必要である。本ガイドライン においては、信託の設定から継続中、そして終了に至るまで、民事信託に関係する当事者を支援するための業務に関する基本的な事項を定めるものとする。
このような日司連ガイドラインの策定の趣旨に対して、日弁連ガイドラインが策定された目的・趣旨はどのようなものだったのでしょうか。
日弁連ガイドライン策定の趣旨
日弁連ガイドラインのトーンは、ある意味で激しく、一方の淡々と趣旨が記された日司連ガイドラインのそれとは異なります。冒頭、司法書士が家族信託の組成に関与した東京地判平成30年9月12日を具体的に挙げて、信託の濫用的な利用の事例であるとして、そのような利用が広まれば、民事信託は信用できない制度のイメージとなってしまうとして、日弁連としての危惧を表明しております。
東京地判平成30年9月12日(金融法務事情2104号78頁)の事案に代表されるように、民事信託を委託者の推定相続人の利益を実現するため濫用的に利用する事例が増えている。このような民事信託の濫用的な利用方法が広まるならば、民事信託は信用できない制度とのイメージが付いてしまうとの危惧がある。民事信託が信頼できる制度としてこれからも利用され続けるために、民事信託は正しく利用されなければならない。
そして、日弁連ガイドラインは、民事信託の正しい利用こそが重要であることを強調します。
その正しい利用方法が実務的に確立しておらず、また、十分に周知されていない状況にある。 そこで、本ガイドラインは、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)として、民事信託を取り扱う全ての会員に対し、民事信託を正しく利用するための指針を示すものである。
また、日弁連は、民事信託の正しい利用方法が確立され、十分に周知されていない状況にあるという認識を示し、日弁連の会員である弁護士に対して、民事信託を正しく利用するための指針を示す、と宣言しております。
日司連ガイドラインと日弁連ガイドラインの双方の策定の目的・趣旨を対比してみると、日司連ガイドラインでは、民事信託が財産管理等で重要な役割を果たしてことを指摘して、当事者を支援するための業務に関する基本事項を定めるとしております一方、日弁連ガイドラインでは、委託者の相続人のための信託利用という信託の濫用的事例を掲げて、民事信託を正しく利用するための指針を示すとしております。
🔲 日弁連ガイドライン ⇒ 濫用的利用の危惧から民事信託を正しく利用するための指針
日弁連ガイドラインは、その策定目的として一定の価値感が示されております。一方、日司連ガイドラインは、実直に業務の基本事項を定めるとしております。このような両者における策定目的の違いが、二つのガイドラインの位置づけと機能を分けることに繋がっているということができるのかもしれません。
日司連ガイドラインにおける業務の開始
日司連ガイドラインでは、相談から業務が始まるとして執務ガイドラインを開始しております。そして、日司連ガイドラインは、相談に応じる司法書士において親族関係、財産状況、収支状況、法的問題等を整序し、民事信託の利用が相談者の問題解決に寄与するかどうかを司法書士が見極め、そして、司法書士が問題解決に適しているかどうかを判断する、としております。
1.相談
相談者は、当初から、民事信託支援業務に関する相談を希望する場合もあれば、そうでない場合もある。相談者自身、解決すべき問題の整理ができていないことがあり、相談に応ずる司法書士において、親族関係、財産状況、収支状況、法的問題、身上保護の問題、将来の希望等を整序し、民事信託の利用が、相談者の問題解決に寄与するのかどうかを見極める必要がある。そして、民事信託の利用が委託者の意思に合致し、問題解決に適していると判断できる場合には、相談者に対し、民事信託支援業務の概要を説明し、事前調査へと進むこととなる。
司法書士による問題解決策の見極めと専門的な判断の必要性を示している辺り、従来の考え方と比較して、今回の日司連ガイドラインが踏み込んでいるところであると感じられます。これまで司法書士集団は、弁護士法等を意識することで、あくまでも「判断」は当事者が行うものであるとして、司法書士自らが、法的手続の選択を判断するという表現を避けてきたように思われるからです。
なお、通常は、相談者に対する説明や事前調査が先行する場合もあると思われるところ、日司連ガイドラインでは、司法書士による民事信託利用の適合性の判断が先行し、その後に、相談者に対する民事信託支援業務の説明、そして、事前調査に進むとしているところにも大きな特徴があります。
日弁連ガイドラインにおける委託者の意思確認
日司連ガイドラインの内容に対して、日弁連ガイドラインでは、弁護士に対して、依頼者は委託者であることの理解を求め、それを関係者にも説明することを求めております。そして、弁護士の具体的な執務として、委託者の意思確認を論じ、委託者が親族等から不当な影響を受けないように意思確認に配慮し、その方法を工夫することを求めております。委託者の意思確認こそが重要であるという認識を示しているものと思われます。
委託者が高齢の場合、信託契約の締結に際し親族等から不当な影響を受けたことを理由に、後に信託の効力が争われる危険がある。弁護士は、委託者が親族等から不当な影響を受けていないか慎重に見極め、委託者の信託を設定する意思を確認しなければならない……委託者が親族に伴われて相談に来たときには、親族の同席なしに個別に意思確認をする機会を設ける……日時(午前又は 午後等)、場所(法律事務所又は施設)、方法(面談、電話又は手紙)を変えるなどして、意思確認を複数回行う…
日弁連ガイドラインでは事後的な紛争発生の懸念から、高齢の委託者に対する具体的な意思確認の方法を示唆しており、業務に関するガイドラインとしての機能を果たしているように見えます。
日司連ガイドラインにおける司法書士の事前調査
日弁連ガイドラインが、その業務ガイドラインたる冒頭から、依頼者が委託者であることを強調し、委託者の意思確認の重要性を具体的に示唆しているのに対して、日司連ガイドラインは、その業務ガイドラインの中で、はじめに事前調査の重要性を論じるというコントラストを示しております。
民事信託の設計にあたっては……具体的には、当事者の戸籍や住民票、信託予定財産の不動産登記情報や固定資産評価証明書等を確認する。信託予定不動産については、現地調査を行い、物件状況も把握しておくことが望ましい…
冒頭から委託者保護の姿勢を徹底しようとする日弁連ガイドラインに比較して、日司連ガイドラインは、司法書士に対して、一般的な業務の指針として、戸籍等の公的資料をもちいての事前調査の必要性を示しており、実務家としての執務姿勢を論じております。なお、信託予定不動産については、司法書士が現地調査を行うことが奨励されていることが特筆されるでしょう。
このような双方のガイドラインの業務開始段階における関心事の差異は、弁護士と司法書士の気質の違いが出ているようにも感じられ、大変、興味深いところです。
信託予定不動産について調査した結果、信託の登記をする前提として、建物表題登記や所有権登記名義人住所変更登記、相続登記等を要することが判明した場合には、相談者に対し、その旨を事前に説明しておく必要がある
また、日司連ガイドラインでは、信託登記申請の前提として、各種登記申請を行う必要性があることが判明した時、司法書士が相談者に事前説明を行うことを求めておりますが、この辺りは登記の専門家らしい記述であるとの感想を持たれる人が多いでしょう。
(続く)